「ローカル5G」は、エリアカバレッジがお寒い状況の「5G」を救い、日本のデジタル化を進めるかものになるモノ、ならないモノ(88)

携帯電話事業者の5Gエリア展開の遅れを補完する制度「ローカル5G」。その概要と活用事例、Wi-Fi 6との違いについて解説する。

» 2020年11月09日 05時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]

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 「iPhone」が「5G(第5世代移動通信システム)」に対応した。発表イベントを報じる各メディアも、5G対応を強調しており、国内で大きなシェアを確保するiPhoneが対応したことで、5Gに対する関心がさらに高まったように見える。5Gは、わが国が目指すべき未来社会を支える通信基盤の中心的な存在として位置付けられている。

 しかし、携帯電話大手4社が公開する5Gのエリアカバレッジをチェックすると現状では、まばらな「点」でしかない。2020年の春から正式サービスが始まったばかりなので、過度な期待は禁物であることは理解しているが、それにしても、数々の前のめりの報道や5G対応端末の宣伝などから受ける印象とのギャップに戸惑うことは事実だ。

当面は、4G LTEと5Gの組み合わせ

 現状のエリアカバレッジについてはお寒い状況の5Gだが、将来エリアが「面」で展開された暁には、未来社会を支える通信基盤としての期待に応えてくれるのだろうか。5Gには、3.7GHz帯、4.5GHz帯、28GHz帯という従来の携帯電話より高い周波数帯域が割り当てられている。それだけ電波の直進性が高く遮蔽(しゃへい)物があると圏外になりやすいという欠点がある。スマホの画面で5Gのピクトが立っているのを確認したものの、数歩歩いただけで4G表示に切り替わるという話も耳にする。さらに、「ミリ波」と呼ばれる28GHz帯ともなると、より光に近い性格を帯びるので、降雨でスループットが落ちるといった現象も起こり得るそうだ。

 そんな5Gエリアの不備を補完するための策として、当面は、「NSA方式(Non-Stand Alone)」と呼ばれる4G LTEと5Gを組み合わせたエリアカバーを行っていく。NSA方式は、既存のLTE基地局を高度化し、5Gの基地局と連携して一体的に動作するネットワーク構成のことだ。早い話が、普段は、4G LTEで接続し、5Gのスポットに入ったときだけ5Gでの通信が可能となる方式だ。4G LTEと5Gの切り替えはシームレスに自動で行われるという。

当面は、4G LTEと5Gを組み合わせたNSA方式(Non-Stand Alone)でエリアカバーを実施(図左)。5Gだけのネットワークは、「SA(Stand Alone)構成」と呼ばれる(令和2年版『情報通信白書』から抜粋)

 総務省の令和2年(2020年)版の『情報通信白書』には、カバレッジについて「コストを抑えつつ、円滑な5G導入を実現するため4G LTEと連携した形でのエリア展開を行う」と明記されている。総務省が、2020年6月に公開した「ICTインフラ地域展開マスタープラン プログレスレポート」によると、5G基地局の整備数として、2023年度末までに、当初の開設計画の3倍に当たる21万局以上を整備すると上方修正された。大手携帯電話各社は、3年程度の時間をかけて、現在の4G LTE並みにエリアを拡張するとしている。ただ、日進月歩のデジタル分野において、3年とは悠長な気もする。そんな携帯電話事業者(キャリア)のエリア展開の遅れを補完する制度がある。「ローカル5G」がそれだ。

5G版のプライベートネットワークを構築可能な「ローカル5G」

 ローカル5Gとは、5Gの仕組みを利用した無線のプライベートネットワークのこと。専用に割り当てられた周波数免許を企業や自治体などが自ら取得し、工場や敷地内といった、許可されたエリアに限定してプライベートな5Gネットワークを構築・運営することが可能な制度だ。少し乱暴なたとえをすると、5G版のWi-Fiネットワークのようなものだ。ただし、大きな違いは、Wi-Fiは認証機器を導入すれば、無線周波数免許なしで利用可能だが、ローカル5Gは、総務省に周波数免許を申請し免許を受ける必要がある。

 公衆無線LANと、逆の考え方を取り入れた制度といえる。本来、プライベートな無線ネットワークを構築するためのWi-Fiを街中に展開し、公衆に対し通信サービスを提供するのが公衆無線LANなら、ローカル5Gは、その逆にライセンスが必要な周波数をプライベート接続に利用しようという考え方だ。

ローカル5Gは、あらゆる産業分野での導入が期待されている(総務省「ICTインフラ地域展開マスタープラン プログレスレポート」から抜粋)

 ローカル5Gは、キャリアが構築する5Gネットワークと同等の技術を用いているため、「大容量・超高速」「超低遅延」「多数同時接続」という特徴をそのまま持ち合わせている。このような5G通信のメリットを生かすことで、Wi-Fi、有線LAN、4G LTEでは実現できなかった活用が可能になる。

生産ラインのレイアウト変更にも柔軟に対応するローカル5G

 例えば、製造工場の「スマートファクトリー化」を進める企業にとってローカル5Gへの期待は大きい。産業ロボットが導入された工場の生産ラインを事例にローカル5G導入のメリットを説明しよう。自動車工場の生産ラインにおいてロボットが、かなりの速度でアームなどを動かしてスポット溶接や部品の取り付けを実施している映像をご覧になった方もいるだろう。

 生産ラインに居並ぶロボットは、ネットワークで相互接続されており、生産ラインが滞りなく流れるように協調制御されている。この協調制御における通信遅延は、約6ミリ秒以下に抑える必要があるという。ロボットが協調して高速に動作するためには、そのような高精度なリアルタイム制御を必要とするのだ。

 現状、このネットワークには、有線LANが用いられているという。仮にWi-Fiを導入すると、無線区間において通常で20〜30ミリ秒程度の遅延が発生するばかりか、工場内で利用されているタブレットなど他のWi-Fi機器などからの影響を受け、パケットの再送信が発生すると、さらに遅延が積み重なることになる。そうなると、ロボットの協調制御に乱れが生じ生産効率が悪化するという。ローカル5Gの遅延は、無線区間だけを見ると1ミリ秒程度といわれているので要件を十分満たしている。

 このような通信遅延に対する厳しい要求から、現状では有線LANが導入されているのだが、有線LANにも配線工事という課題がある。工場では、新しい製品に対応するために生産ラインのレイアウトを変更するような場合がある。その際、有線LANだと配線の変更が必要になる。工場の配線は、オフィスのLANケーブル敷設のような手軽なものとは異なり、かなりシビアな工事を必要とするので、専門業者に依頼することで、それ相応の時間とコストが必要となる。この部分をローカル5Gで無線化すると、最小限の時間とコストで柔軟なレイアウト変更を可能にできる。超低遅延と無線ネットワークの柔軟性の両方を兼ね備えたのがローカル5Gというわけだ。

 このようなスマートファクトリーの例は、ローカル5Gの活用事例のほんの一部にすぎない。物流倉庫、ショッピングモールのような大規模小売店、建設現場、大規模農業など、あらゆるエンタープライズ分野でこれまでの通信が抱えていた課題を「大容量・超高速」「超低遅延」「多数同時接続」という特徴を備えたローカル5Gが解決してくれる。

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