「現状維持は衰退」――新規サービスの創出に挑戦するカゴメがDXで学んだこと最も大切なのは「自分たちがどう変われるか」

2021年5月11日、12日に開催された「AWS Summit Online」でクラウド移行や新規サービスの創出を目指すカゴメがDXの取り組みで学んだことを語った。

» 2021年06月17日 05時00分 公開
[高橋睦美@IT]

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 カゴメといえば「トマトケチャップ」「トマトジュース」のイメージを抱く方が多いだろう。だが同社は今、トマトだけではなく「野菜」の会社に生まれ変わり、健康寿命の延伸に貢献する使命に取り組んでいる。

 その過程で不可欠だと捉えているのが、ITを活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)だ。100年以上の歴史を持ち、市場でも大きなシェアを持つ同社だが、日本の人口減少で市場自体が縮む中で「現状維持は衰退」と言い切る。

カゴメアクシス 業務改革推進部 DXグループの村田智啓氏は、AWS Summit 2021のセッション「カゴメが進めるデジタルトランスフォーメーション(DX)の軌跡」を通して、危機感を持ってどのようにDXに取り組んでいるのかを、カゴメの専務執行役員、渡辺美衡氏のコメントを随所で紹介しながら説明した。

カゴメDXの推進力はトップと現場の掛け合わせ

 カゴメは2016年からデジタル変革を進め、市場変化適応力を高めるために基幹システムの刷新を進めてきた。オンプレミスのレガシーシステムからクラウドサービスへ移行を図り、1000以上あったアドオンを9割削減するとともに、従業員の働き方改革も進めてきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として出社削減をした際にも、スムーズにテレワークに移行できた素地となったという。

カゴメアクシス 業務改革推進部 DXグループ 村田智啓氏 カゴメアクシス 業務改革推進部 DXグループ 村田智啓氏

 ただ、あくまで業務効率化を中心とした守りのIT、いわゆる「モード1」の取り組みが中心だった。「DXとは、既存の概念にとらわれない新しいビジネスモデルを構築し、事業者自身はもちろん、人々の暮らしをより良いものに変革すること」という定義からすると、攻めのIT、いわゆる「モード2」に着手する必要があると感じていた。

 ちょうど2018年に発表された経済産業省の「DXレポート」も後押しとなり、「これまでのやり方や取り組みを継続するだけでは、会社の売り上げや利益が中長期的に下がることが予想されます。これまでのレガシーシステム刷新の取り組みに手応えを感じていたこともあり、今までの概念に縛られず、新しいものを作り上げていくモード2の必要性を感じました」(村田氏)

 「変わらなくてはいけない」と考える企業は多いだろうが、踏み出そうとするとなかなか勇気がいる。

カゴメ 専務執行役員 渡辺美衡氏 カゴメ 専務執行役員 渡辺美衡氏

 渡辺氏は「カゴメの味を愛し、買ってくれているコアなファンの人たちを大切にする一方で、世の中の動きに追従しなければいけません。つまり、守りのレベルを上げつつ、攻める力も増やすという矛盾を実現していかなければならない。その実現には僕ら自身の働き方を変えていくしかありません。陳腐といわれるかもしれないが、ITの力で生産性を上げていく必要があります。機械にできることは機械にやらせ、もっとクリエイティブなことに時間を利用する、それがカゴメにとってのDXの理想的な捉え方だと考えました」と述べた。

 会社勤めにはよくあることだが、新戦略といってもどうしても既存の路線の延長線上で考えがちだ。そもそも成功するかどうかも分からないDXプロジェクトとなれば、失敗したらどこが責任を取るのか……といったことも頭に浮かび、動きも鈍ってしまう。だがそれをトップダウンで進めることになれば、DXは「やった方がいいもの」から「やらなければいけないもの」になる。カゴメの場合もまさにそうで、企業方針にも明記された。

 ただ、いくらトップが旗を振っても、会社はそれだけでは動かない。動き始めるには、社員たちの「変わりたい」という強い思いも不可欠だったという。

 「どんなに背中を押しても、それを待っている人がいなければ意味がありません。普段から会社の中で『こういうことをやりたいよね』と話をし、変わらなければいけないという思いを持ち、背中を押されるのを待っている人がいてはじめて効力を発揮できます」と渡辺氏は述べた。

 カゴメの場合、トップダウンで「今だ」という空気ができたことに加え、社員たちにも「変わりたい」という強い思いが土壌としてあったからこそ、変革の種が一気に芽吹いたという。この経験を踏まえ「推進を進めるためにはトップダウンと社内の意識を掛け合わせることが重要だ」と村田氏は述べた。

システムの変革だけでは実現できないDX、組織文化や人々の変化も必要

 その中でAmazon Web Services(AWS)とのパートナーシップが生まれた。渡辺氏はシアトル本社にも足を運び、AWSについて、さらにAWSの示す世界観を知ることで「カゴメはもっと良くなれる、もっと早く変われることに気付くきっかけになった」という。

 そしていよいよ、AWSとのプロジェクトに取り組み始めた。「全社員からやりたいことを募集したところ、あらゆる部署から、わずか2週間で46件のDXの種が集まりました」(村田氏)

 カゴメはDX推進以前から、年に一回「新規事業コンテスト」を開催し、新たなチャレンジのチャンスを用意してきた。しかし基本的には紙をベースにするこれまでのやり方を踏襲しており、アイデアの実現までに多くの労力と時間を要していたという。

 これに対しDXプロジェクトでは、AWSやカゴメIT課のサポートを前提に、発案者と一緒に進めていく体制を整えた。合わせて、迅速にプロトタイプを作り修正していくアジャイル開発も取り入れることで社員の心理的ハードルを下げ、「具体的なことは分からないけれど、こんなアイデアはどうだろう」と気軽に応募できる体制を整えた。この結果、これまでに300件以上のアイデアが寄せられている。

 ただ、アイデアの多くは「この業務をAI(人工知能)を使って便利にしたい」「これが実現できたら、作業時間が短くなるのではないか」といった業務効率化視点に立ったもの、いわゆるモード1の取り組みが主だった。村田氏らはそうではなく、これまでのカゴメの殻を破り、何か新しいものが生まれる可能性を秘めたアイデアを複数プロジェクト化したという。

 その1つが、イノベーション本部が提案した「パーティ作成アプリ開発」だった。会社では一般に、配属された先の部署で仕事をする。これに対しこのアイデアでは、「仕事の内容は遠いけれど、性格の似通っている人が一緒に仕事をすれば、これまでにないアイデアが創出できるのではないか」という仮説に基づき、社員ごとに目標を記す「目標シート」の内容を「Amazon ElasticSearch」を用いて解析、類似性を判定し、部署をまたいで「相乗効果の出る可能性の高いマッチング」をするアプリを作成した。

 コンセプトの検証とアプリの開発自体は、AWSを活用し、疎結合のマイクロサービスを組み合わせることで、最小のコストと期間で実現できた。ただ、課題も見えてきた。現業、そしてその背後にある社員の考え方や企業文化とのギャップだ。

 アプリを使って「いい感じになりそう」なメンバーをマッチングすることはできた。しかしその彼ら、彼女らも現在の部署での仕事を抱えており、調整に苦労したという。どうしても現業を優先せざるを得ないこともあり、このアプリが使われる頻度はだんだん減ってしまった。

 この経験を踏まえ、「DXには、文化と人々のトランスフォーメーションが必要である。それがない限り、たとえ魅力的なシステムを構築しても、その潜在的な効力を発揮できないことに気付かされました」(村田氏)。システムだけではなく、自分たちも変わっていくという強い思いがないとDXは進まないと痛感し、その後のプロジェクト選定における判断基準としても大切にしているという。

知らないことに出会っても動いてみることも大切

 もう1つ、DXプロジェクトに取り組む中で学んだことがある。それは、「DXは知らないこと、新しいことの連続。つまり、壁の連続だということ」(村田氏)。半歩進んでは壁にぶつかり、どうすればよいのかと足踏みしてしまう状況だったというが、そこで業務効率化的な思考に逃げるのではなく、歯を食いしばって分からないことをとことん深掘りしていった。燃えるような熱意を持ち「知らないことに出会ったら、とにかく動く」という精神で壁を乗り越えてきたそうだ。

 一連の試行錯誤の中であらためて感じたのが、パートナーであるAWSの存在だった。

 抱えるエンジニアが多いわけでもなく、専門的な知識も不足していたカゴメだが、「AWSはパートナーとして、私たちの分からないことに寄り添い『こういう場合はこうしたらどうでしょう』と、背中を押してくれる存在でした。特に、AWSのおかげで手を動かせるようになったことは大きかったです」と村田氏は述べた。今はやりの内製化とは程遠い状態だったカゴメだが、AWSの技術的な支援やパートナー紹介で最初の一歩を踏み出すことができたという。

「発注元と下請け」ではなく、「仲間」としてのパートナーが不可欠に

 AWSから紹介されたパートナーの力を得てともに作り上げたプロジェクトが「野菜あるある言いたいシステム、開発プロジェクト」だ。

 営業の最前線に立つ社員はそれぞれ「野菜が高騰すると野菜ジュースが売れる」といった独自の常識を定性的、感覚的に持っている。ただ、なぜそうなるか納得感を持って説明できる手段に欠けていた。そこで、ML(機械学習)でさまざまなデータを解析すれば、営業現場における「野菜あるある」がなぜそうなるかが見えてくるし、カゴメ独自の武器になるのではないかと考えたことが、プロジェクトの出発点だった。

 ただ、データ解析はカゴメにとって未知の分野だった。そこで、ゴールを共有し、ともに考えてくれるパートナーが必要だと考えた。

 「これまでカゴメとパートナーの関係は、こちらが作ってほしいものを忠実に形にしてもらう『発注元と下請け』という形でした。しかし今回のようなチャレンジングなプロジェクトにおいては、ともに作っていく仲間であることが理想です。ただ発注したものを形にするだけでなく、ともに議論し、私たちの知らない世界を見せてくれるパートナーを求めていました」(村田氏)。村田氏は、この「パートナーは『共創者』である」という経験をDX実現のポイントとして挙げた。

 求めるパートナー像を明確にした上でAWSに相談したところ、適切な企業を想像以上の早さで紹介してもらい、プロジェクトを進めることができた。分析対象データやアルゴリズムの選定においても、「時に提案してくれるし、時には私たちの提案をきちんと否定してくれました。この共同作業の中で、私たちはこれまで知らなかった世界に足を踏み入れることができ、視野が広がりました」(村田氏)

 機械学習のアルゴリズムを確定し、約2000万件のデータをAIに解析させた結果は明白だったという。「今までの『野菜あるある』をデータで証明できた他、私たちの知らなかった野菜あるあるまで発見できました。しかもそれらは、営業現場の感覚にも当てはまるアウトプットでした」(村田氏)

 今後は、公開されているデータとカゴメに蓄積された大量のデータを掛け合わせながら「Amazon SageMaker」で学習と推論を行い、技術やMLの知識がない営業現場担当者でもデータ分析ができるシステムの構築を目指していく。これにより、野菜に関する情報から得られる洞察を営業現場の強みとして生かすとともに、同時にデータを活用してフロント業務の効率化も実現していきたいとする。

 こうしてAWSとともにさまざまなプロジェクトを経験し、徐々に成長してきたカゴメ。2020年10月には専門組織としてDXグループを立ち上げ、DXのスピードを加速させるとともに、既存のビジネスの枠組みを取り払い、野菜の会社に変貌を遂げるべく進んでいくという。

 渡辺氏は「DXの本質は、デジタルを使って、僕らが変革をすることです。つまりDXで最も大切なのはITやツールではなく、それを使って自分たちがどう変われるかにあります」と述べた。そして、社員が活発にワイルドなアイデアを出し、数字や保守の壁があっても経営が背中を押してあげられるような、良い意味での「腰の軽さ」や変革の文化が鍵ではないかとした。

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