日本企業のAI導入が「検討」から進まない理由――「AIマップβ」のこれから「AIマップβ3.0」の展望

人工知能学会では外部発信活動の一つとして「AIマップβ」を公開している。本記事ではAIマップβ3.0のリリースに向けた2020年度のAIマップタスクフォースの活動内容とAI技術の発展に関する課題、今後の展望を概観する。

» 2021年09月24日 05時00分 公開

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 前編の記事では、人工知能学会の外部発信活動の一つとして公開している「AIマップβ」作成のいきさつとこれまでに公開してきたβおよびβ2.0の概要を解説した。後編では、β3.0のリリースに向けた2020年度のAIマップタスクフォースの活動内容とAIマップの活用事例や、人工知能学会セッションの参加者アンケートから見えてきたAI技術の発展に関する課題、今後の展望を概観する。

産学連携のタスクフォースで「AI課題マップ」を公開

 2020年度の活動は、2020年6月にオンライン開催された人工知能学会全国大会の企画セッションでのAIマップβ2.0の公開に対するフィードバックを基にして開始した。企画セッションでは、AI課題マップとその活用法のチュートリアルを紹介したが、セッション参加者のコメントとして「自社で抱える実案件にどうAI技術を適用できるか」「実現手段を誰に相談すればよいか」が大きな課題として提示された。

 この課題に対応するために、立ち上げ時のメンバーに加えて、戸上氏(LINE)、友野氏(凸版印刷)、吉岡氏(富士フイルム)、松尾氏(東京大学)、そして筆者がタスクフォースに合流し、「AI課題マップ」を作成、公開した。反響は大きく、2020年度中に人工知能学会に対して多くの問い合わせがあり、AIマップの紹介依頼を頂くことも増えてきた。

 特に、学会外の人々とAIマップを議論する機会が増えたことはタスクフォースメンバーにとっても非常に有意義であり、AIマップの次のステップを考える際に、その可能性を広げる大きなきっかけになった。

 AIマップタスクフォースおよび学会外の人々との議論のまとめとして、世の中で急速に発展しているDX(デジタルトランスフォーメーション)とAIの接点を検討し、その方向性を示すことがβ3.0のコンテンツとして重要になると考えた。DXとAIの接点を語るためには、社会課題に対してどのようにAI技術を適応するか、さらに複合的なAI技術が必要となる分野においては誰にどのように相談すれば最適なAI技術を探し当てられるかという情報が次のβ3.0のコアになると考えている。

人工知能学会参加者アンケートから見えてきたAI活用の課題

 2021年6月に開催された人工知能学会全国大会の企画セッション「AIマップβ3.0に向けて」で、タスクフォースは2020年度の活動成果とβ3.0に向けた方向性を、事例紹介とパネルディスカッションともに報告した。アジェンダは次の通り。

  1. オープニング〜AIマップTFの2020度の活動成果について〜
    • AIマップβ2.0の活用事例
    • AIの活用事例から逆算して考える、今後のAI研究
    • ITU-Rでの放送におけるAI活用に関する調査研究について〜AIマップへの期待〜
  2. AI課題マップの活用手法紹介
  3. AIマップβ3.0に向けて〜DXとAIの接点〜 パネルディスカッション
  4. クロージング

 本セッションには約150人が参加し、セッションの進行中に実施したアンケートで非常に多くの有用な情報が収集された。

 図1に、参加者の属性分布を示す。ベテランと中堅を合わせると30%程度がAI研究者であり、40%弱がAIを実ビジネスとして活用する実務者だと分かった。また、15%程度はAIに関心のある異分野研究者であり、AI初学者も15%程度参加していた。従来のAI研究者だけではなく、新しくAIを学ぼうとしている人、さらにはAIをツールとして活用しようと考える実務者など、幅広い参加者がいたと考えている。

図1 あなたの属性は? に対する回答 図1 あなたの属性は? に対する回答(回答人数:73人)

 参加者の属性を考慮すると、人工知能学会が発行するAIマップをほとんどが知っていて、多くの人に利用してもらえていると期待していたが、AIマップの活用に関する質問に対しては、期待に反して40%程度の方々がAIマップの存在を知らず、存在は知っているがどこにあるかを知らなかった方を含めると半数近くいることが判明した。

図2 AIマップβを活用していますか? に対する回答 図2 AIマップβを活用していますか? に対する回答(回答人数:77人)

 図3に、参加者がどのようなAI技術に興味を持っていたかを示す。自動運転やロボットのようなAI技術の組み合わせによる複雑なシステムよりは以前から研究が盛んだった画像認識、生成や音声認識のような要素技術に興味を持つ人が多かった。AI技術の応用範囲の広さを伺わせる結果であるとともに「基礎研究から応用研究につなげることが難しい」とされているAI研究の課題を再認識させられる結果となった。

図3 最近気になるAI技術は? に対する回答 図3 最近気になるAI技術は? に対する回答(回答人数:26人)

 最後に、実務者に向けて現場でのAI活用を阻む要因も尋ねた。「既存の仕組みの中にAIをどのように取り込んでよいのかが分からない」という意見が最多であり、「取り込むための活動を進めようとしても活用できるデータが取得できていない」「問題点を相談する人材が社内にいない/社外の誰にどのように相談すればよいかが分からない」というような状況が多いと再確認できた。

図4 AI活用を阻む要因は何か? に対する回答 図4 AI活用を阻む要因は何か? に対する回答(回答人数:33人)

 自由記述された回答内容から多くの賛同を集めた意見の上位項目を共有する。AI活用を阻む背景の詳細な情報が得られた。

  • AIがどこまでできるかを事前把握することが難しく、AI導入のリターンを見積もりにくいです。大企業内で導入するためのコツなどは、ありますでしょうか?
  • ブームで言いはやすほどには、AI活用は進んでいない、と私も思います。
  • AI技術ごとの入出力「どういうデータ=入力から、どういう情報=出力が得られるのか?」を知っておくのは大事かな、と思います。
  • 複雑かつ急速に変化する時代においてAIを活用することは、企業の今後の競争力という点で非常に重要であると考えています。ただし、学ぶことに時間をかけてしまっては本末転倒になってしまうと思うのですが、どのように学ぶ、活用することが事業の高速化につながるでしょうか?
  • デジタル技術は何でもDXとまとめられていて、知識技術も全てAIとしてまとめてしまうと、最後はデジタル時代の哲学になりそうで、実課題から離れていきそう。やっぱり具体課題に落とす手法が大切ですね。

 続いて、企業担当者による企画セッションが実施された。

 最初のセッションは、タスクフォースと議論を重ねてきたメディアの一つであるAINOW 編集長 小澤氏だ。講演では、AIマップβの可能性に言及し「今後は産官学のAI研究を媒介する存在になるべきだ」とした。またAI分野の産官学連携が進んでいない実態やその原因を考察した上で、AIマップの今後の方向性について「課題マップを中心とした事例提供の拡大と、融合していく多くのAI研究テーマを、技術カットだけでなく研究者マップとして充実させていくことが重要」(小澤氏)と助言した。

AIマップが産学連携に活用されるために(出典:小澤氏の講演資料より) AIマップが産学連携に活用されるために(出典:小澤氏の講演資料より)

 次のセッションは、NHK技研の小森氏と日本テレビの甲斐氏による「ITU-Rでの放送におけるAI活用に関する調査研究について〜AIマップへの期待〜」だ。

 小森氏や甲斐氏は実務でAIマップを活用した事例を紹介した。小森氏は「AIマップによる技術分類が世界の共通言語として活用できるため、多言語対応も重要」と指摘。小森氏からのフィードバックを受け、2021年9月1日にAIマップβ2.0の英語版をWebサイトで公開した。

AIマップの活用(出典:NHK技研小森氏らの講演資料) ,AIマップの活用(出典:NHK技研小森氏らの講演資料)

 最後のパネルディスカッションでは、参加メンバー全員が、課題事例のさらなる充実と人材マップの実現がAIマップを多くの人々が利用するきっかけになることを再認識するとともに、学会外のより多くの方々にAIマップを知ってもらう活動が必要だと結論付けた。

 本稿もAIマップを知っていただくきっかけの一つになることを願って執筆しており、2021年度中には放送大学のAI関連の講座内でも「AIマップ」に触れていただく予定だ。

AIマップβ3.0の実現に向けた課題

 今後、人々にAIマップを活用してもらうために、3つの観点で考えている。

 1つ目は、AI課題マップの発展だ。AI課題マップはこれまで大きな反響を得ているが、よりAI技術を活用してもらう手助けになるにはどうすればよいか。企業がDXを実現したいと考えたときに、AIの各技術とどのような関係にあるか。あるいは、脱炭素化といった一見関係ない話題とAIの技術はどのように関係しているのか。多くの人の興味関心と照らし合わせてAI技術の関係を理解しやすいような情報を提供することが重要だと考えている。

 2つ目は、人材マップの実現だ。AI技術の背景にさまざまな研究者の研究活動があること、専門的な知識を持っている人がたくさんいることを示したい。それが結果的に、研究者の研究活動をより社会で広く認知されること、そして企業との共同研究などにつながっていくことに貢献できればと考えている。

 一方、研究者の個人名を人材マップで取り上げることはどのような形でやるにせよ、問題点が大きい。学会側が何らかの客観的な基準で個人名を挙げたとして、挙げられる人、挙げられない人の両方で、それを快く思わない人がいるだろう。また研究者が主体的に登録するような形にすると「情報源として的確なのか」という問題につながる。どうバランスを取っていくかが重要となる。

 3つ目は、AIマップをより広く認知してもらうことだ。これは検索エンジン最適化やランディングページの最適化をはじめできることは多いだろう。インターネットで探しものをしていたら、信頼できる情報として人工知能学会のコンテンツにたどり着ける機会を増やしていきたい。AIマップに限らない共通の課題ではあるが、コンテンツの充実度に比べて、社会の認知度はかなり低いと感じており、有効なアクションを取っていければと考えている。

 人工知能学会はもとよりAI技術を扱う大学や研究所が抱える人材や要素技術を社会に知ってもらう活動は今後さらに求められるものだ。AIマップが、人工知能学会のコミュニティーのために、また社会全体のために、広くそのブリッジとなる未来を作っていければと考えている。

著者紹介

谷口恭弘

本田技術研究所 ライフクリエーションセンター チーフエンジニア。電機メーカーで画像認識アルゴリズム、車載画像認識LSIに関する研究開発を推進。2017年8月より現職。現在は、画像認識を活用したロボットシステムの開発を進めている。人工知能学会理事(2019〜2020年度)。画像センシング技術研究会組織委員(2019〜)。

松尾 豊

東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授。産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、2007年より、東京大学大学院工学系研究科准教授。2019年より現職。専門分野は、人工知能、深層学習、ウェブマイニング。人工知能学会では、編集委員長、倫理委員長等を務め、2020年から理事。


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