2022年9月8日にSORACOMが開催したイベント「はじめよう、現場のデータ活用」でカワサキ機工、住友ゴム工業の2社が、新規サービスの提供に向けたIoTの活用事例を紹介した。
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業種や企業規模を問わず、IoTを活用した新たなサービスの提供に向けた取り組みが活発化している。クラウドインフラを容易に利用可能となった背景もあり、専門人材の有無にかかわらず、スモールスタートで取り組みを始めることもできる。では、国内企業はどのようにIoTやデータを組み合わせてサービスを提供しているのだろうか。
2022年9月8日にSORACOMが開催したイベント「はじめよう、現場のデータ活用」に、カワサキ機工と住友ゴム工業の担当者らが登壇した。カワサキ機工では、IoTで位置情報を取得、可視化できる農作業機を開発し、茶畑における茶葉摘み取り作業の効率化を実現。住友ゴム工業では、IoTでタイヤのライフサイクル向上を目指した空気圧、温度管理サービスを開始し、点検の効率化や異常時のアラート通知を可能にする取り組みに挑戦している。
本稿ではカワサキ機工 開発部 課長 桜井昌広氏による講演「中小企業の生存戦略としてのIoTサービス −カワサキスマートコネクト−」と住友ゴム工業 タイヤ国内リプレイス営業本部 ソリューション営業部 寺本雅紀氏による講演「ダンロップ『タイヤ空気圧・温度管理サービス』事業化への道のり」の模様をレポートする。
カワサキ機工は、静岡県掛川市に本社を置く創業1905年の産業機械メーカーだ。静岡の主要農産物である緑茶関連の生産設備に特化し、茶園の管理から茶葉の生産、加工、管理までさまざまな機器を提供している。
「現在は農業とロボット、IoTなどの技術を組み合わせた『スマート農業』の実現に向け、研究開発に従事しています。その1つとして取り組んだのが、IoTで位置情報を取得、可視化できる農作業機を活用し、茶畑での茶葉摘み取り作業を効率的に管理するIoTサービスの提供です」(桜井氏)
新たなIoTサービス提供の背景には、深刻な労働力不足と高齢化、経営面積の拡大、GAP(農業生産工程管理)やHACCP(危害要因分析重要管理点)といった品質管理規格への対応、気候変動による原料品質への対応などがあったという。従来技術だけでは解決できないこれらの課題を解消し、さらなる生産性の向上を図る必要があった。
「そうした取り組みの中でSORACOMのサービスを導入しながら立ち上げたのが『KAWASAKI Smart Connect』です。茶生産者専用のクラウドサービスで、作業や製品に関するデータを迅速、正確に収集管理することで、従来の管理とは別次元の管理を果たすとともに、新しい付加価値の提供を目指します。具体的には、茶園で管理履歴を自動収集するために、茶葉管理機にスマートゲートウェイ、GNSS(全球測位衛星システム)トラッカーなどを搭載。位置情報や作業内容(日時、摘採機の収穫位置情報、薬剤散布量、移動履歴など)を自動的にクラウド上に蓄積します」(桜井氏)
生産者が保有する茶園は広範囲に点在し、1日のうちに車両を畑から畑へと移動させながら作業をこなすことがほとんどだ。作業内容をクラウド上に自動収集することで、データ管理の負担をなくすことができる。また、ライブリッツが提供する農業日誌アプリ「Agrion」とAPIでデータ連携することで作業データも一元管理する。収穫作業、防除作業だけでなく、剪定(せんてい)更新、施肥、深耕などの管理作業内容をスマートフォンから入力することで、茶園の作業内容をリアルタイムに把握できるという。
「Agrionと連携しながら、どの機械がいつからいつまでどの畑で作業したかを日誌で自動生成します。Agironで作成した日誌は、当社の生葉データ管理システム『データキーパー』とデータ連携し、正確なトレーサビリティーを作成できます。用紙上での手動でのデータが不要になり迅速かつ正確なデータ作成が可能になっています」(桜井氏)
実際、利用企業の1社である掛川中央茶業では、作業の入力の自動化によって、記憶違いや記録ミス、ストレスの軽減でき、忙しい収穫期でも収穫作業に集中でき、トレーサビリティーの確保が容易になったとして評価しているという。
KAWASAKI Smart Connectでは、通信サービスやデバイスへの転送、送信データの加工、外部連携サービスへのデータ送信、通信データの一時保存などで、SORACOMのさまざまなサービスを活用している。
「開発に当たって課題になったのは、必要となる技術、リソースの不足、今後の成長を見越したパートナーの選定、短期間での製品開発要求です。SORACOMのサービスは、実現したいIoTシステムに対応したサービスが多数用意されており、開発領域を拡大しやすいことがメリットでした。また、情報が多数公開されており、どのようにサービスを利用すればよいか理解できました。さらに、利用者側が対応すべき要件が少なく、開発工数を削減でき、短期間での製品開発が可能でした」(桜井氏)
KAWASAKI Smart Connectは、自動入力やデータの連携、収集管理を実現しているが、今後も、機能を拡張していく予定だ。まずは稼働状況の把握による予防保全・予知保全の実現、管理データから加工データまであらゆる情報の結合、作業・加工データの分析による効率化・省エネ化を図っていくという。
「IoTで実現できるサービスは幅広く、有用なものです。SORACOMと強みと当社の強みをうまく組み合わせることで茶の生産におけるサービスを効率的に開発できました。今後も、KAWASAKI Smart Connectを核としたシームレスな情報提供とより良いサービスを提供していきます」(桜井氏)
続いて、タイヤ事業、スポーツ事業、産業品事業という3つの事業を展開する住友ゴム工業が、タイヤ事業における新たなIoTサービスを開発した事例が紹介された。
住友ゴム工業は「DUNLOP」「FALKEN」ブランドのタイヤを展開している。普通乗用車からトラック、バスなど多くの自動車用タイヤの他にも、建設車両、農耕機、産業車両、レース・ラリー、モーターサイクル向けのタイヤまで提供する。タイヤ事業は同社の事業の中で最も売り上げシェアが大きい事業だ。
そんな中、新たなIoTサービスとして開発したのが、IoT機器やクラウド通信を活用した法人向けの「タイヤ空気圧・温度管理サービス」だ。
「『TPMS』というタイヤの空気圧をモニタリングするサービスと、住友ゴムのクラウド環境である『住友ゴムクラウド』を連携させることで、タイヤの空気圧をタブレットやPC端末からインターネット経由で確認できる仕組みを開発しました。このサービスを活用することで、タイヤ空気圧、温度を適切に保つことができ、事故防止、タイヤライフ向上、点検時間短縮、燃料費削減といった効果に期待できます」(寺本氏)
TPMSセンサーで取得したデータは車載通信機(テレマティクス機材)などを通じてクラウドにアップロードされる。測定項目としては、空気圧、温度数値、位置情報などで、それらの情報を顧客に提供することで、運転中に数値を確認したり、出庫前や入庫前に行う点検作業を簡素化したりできるようになる。開発に当たっては知識が全くない状態からのスタートだったという。
「クラウドや通信、サイバーセキュリティ、SIM、SaaS、アプリ開発といった領域は、当社にとって未知の領域で、新規事業をどう立ち上げ、推進していくかは大きな課題でもありました。そこで、社外のベンチャー企業との仲間作りを進めながら、社内から上がる不安や懸念の声を受け止め、お客さまのために何ができるかを考えて開発を進めていきました」(寺本氏)
顧客視点で開発を進めるとき、特に重要だったのがセキュリティだ。サービス開発に当たっては、第三者からのサイバーアタックによる検証や脆弱(ぜいじゃく)性の確認、改善を徹底。また、通信の基盤として、SORACOMのSIMを導入し、強固なセキュリティのもと安全にサービスを提供できるようにした。
「SORACOMのSIMを閉域網で利用しています。車載通信機からの通信は閉域網経由で当社に送信され、インターネットを経由しません。これによりセキュリティリスクを大幅に低減しています」(寺本氏)
タイヤ空気圧・温度管理サービスの開発に当たっては、大きなテーマとして「現場力の向上」があった。タイヤ事業は、巨大なラインと数億円単位の製造設備を備える設備産業の側面が強い。その意味では、海外の資本力のある企業と競合することになるが、そんな中でも日本市場はシェアを奪われていない状況だという。その理由の一つに「現場力」がある。
「製造や営業、作業、品質、サービスといった当社の現場力と、作業メンテナンス、メンテナンス工場、ドライバー、購買、修繕などお客さまの現場力を掛け合わせることで、圧倒的な現場力を実現してきました。ただ、少子高齢化や労働問題、各種法規制、機械高度化、IT化など、さまざまな社会課題の中で、人だけに頼った現場力だけでは限界があります。そこで、さらなる現場力向上と新しいモビリティービジネスへの対応を目指すことが重要で、それが新規事業の狙いでもありました」(寺本氏)
空気圧を適性に保つといった現場が毎日行っていた仕事について、現場の経験や勘を見える化し、より効率化することで、現場力の向上を目指したわけだ。
「今後は、データを基に現場力を向上させる取り組みを進めていきます。例えば、お客さまの現場では、最後までタイヤをムリムダなく利用可能にすること、営業現場では最適なタイミングで最適なタイヤを提案すること、製造現場では過剰品質を防止しコストを低減することに取り組んでいきます。また、タイヤ空気圧・温度管理サービスで得られたデータを市場の生きたデータとして製造や開発現場でも活用することでより良い製品、サービスに仕上げていこうとしています。得られたデータを製品やサービスづくりに生かす良い循環を発展させていきます」(寺本氏)
2社の講演の後は、SORACOM担当者を司会に桜井氏と寺本氏のパネルディスカッションが開催された。ディスカッションのテーマは「IoT取り組みの第一歩としてどこから手を付けたか」「IoT取り組みを振り返って一番難関だったこと」「IoT取り組みはどうビジネスに貢献しているか」だ。
どこから手を付けたかについて桜井氏は「自社製品の自動化、効率化から進めました。機械のロギングやデータ分析を進める中で、データをクラウドに送りお客さまに提供しようという考えに至りました」と説明。寺本氏は「100年に一度の変革期といわれる中、タイヤはどのような車になっても必要不可欠です。『だからピンチでなはくチャンスだ』という経営の意思決定が大きかったと思います」と振り返った。
IoTを活用した新規サービスの提供を検討する上で最も難関だったことについては「お客さまに対してベネフィットをできる限り数字で示すこと、社内に対して考え方や仕組みを説明すること」(寺本氏)、「何も分かっていないところからスタートするため、IoTの知識やリテラシーをどう伝えていくかです。実際にデモを作ってやってみせることが効果的でした」(桜井氏)とした。
ビジネス貢献については「製造業ですが、これからサービス業、創造業に進化していく上で非常に役立つと考えています」(桜井氏)、「タイヤの売買から、IoTを活用したタイヤの従量課金モデルへの移行なども進めています。顧客接点も増え、非常に貢献度が高くなると期待しています」(寺本氏)とした。
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