「日本企業のテクノロジー活用度は江戸時代レベル」――ガートナーが語る“IT維新”のヒント2030年までにやるべきこと、今見直すべきこととは

クラウドコンピューティングという言葉が登場して15年以上が経過した今も、クラウドは「コスト削減」の手段と見なされ、経営とITの分断が起きている。デジタルの戦いに国境はない以上、このままでは国力低下をも加速させかねない。本稿ではガートナージャパンの亦賀忠明氏に、アイティメディア統括編集長の内野宏信がインタビュー。ITに対する認識を持ち直すトリガーとして「Newオンプレミス」に着目しつつ、ビジネス=システムの在り方、それに携わるIT部門の役割、今目指すべきステップを聞いた。

» 2023年06月28日 05時00分 公開
[齋藤公二インタビュー・構成:内野宏信/@IT]

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登場から15年超も、クラウドは「コスト削減」の手段

 Amazon EC2がリリースされ、GoogleのCEOだったエリック・シュミット氏が「クラウドコンピューティング」という言葉で新しい時代を表現したのが2006年。それから15年以上が経過した今、世界中の企業が“クラウドネイティブ”を実践してビジネスの在り方そのものを変革しつつある。

 だが、日本国内に目を向けると、クラウド活用は進展しているとは言い難い状況だ。

 @IT編集部の読者調査において、「クラウドネイティブを実践する目的・理由」として毎回上位に入るのは「コスト削減」「効率化」だ。「競合優位性の獲得」「ユーザー満足度の向上」「ビジネスモデルのデジタル化」といったビジネスに関する項目は例年、顕著に低い傾向が見られる。

 これは@IT編集部の別調査「クラウド活用の目的」や「運用管理の課題」でもほぼ同じ傾向だ。「重視すること」の上位は決まって「コスト削減」「効率化」であり、ビジネス貢献に関する項目は低い傾向にある。これはクラウドが収益向上の手段でありながら「サーバ仮想化の延長」「オンプレミスの代替」と捉えられてきたように、クラウドネイティブもまた「コスト削減の手段」と捉えられている証左といえるだろう。

 背景にあるのは、言うまでもなく「経営とITの分断」だ。多くの日本企業において、ITはビジネスから切り離され、「既存業務を効率化するもの」という認識が続いてきた。コロナ禍をきっかけにそうした認識にも一定の変化は見られたが、「ITの世界に閉じたコスト削減」に走る、あるいは、走らざるを得ない傾向は根強く、「IT予算の8割を既存システムの維持、運用に割く」状況が続いている。“クラウドネイティブ”に対する関心は高まっていても、多くの組織において、ITやIT部門の位置付けは変わっていないようだ。

「ランザビジネス」ではなく「ランザシステム」にコストをかけ続ける企業群

 だが、「ビジネス価値向上というゴール」を視野に入れてクラウドやクラウドネイティブに取り組み、成果を挙げている企業は存在する。特に昨今は、オンプレミスをクラウド化し、クラウドネイティブアプリケーションを迅速に開発、デプロイできるCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)基盤を備える、各種パブリッククラウドと活用・管理体制をシームレスに連携させる、といったガートナーが提唱する「Newオンプレミス」を実現し、ビジネス展開を支える収益基盤としている企業が増えつつある。中には、収益向上を担うアプリケーション開発者を「顧客」と見立て、彼らの満足度、生産性を高められるよう開発、運用基盤を設計する“プラットフォームエンジニアリング”に取り組む企業も現れている。共通のゴールを起点に、ビジネス、組織、ITを最適化しているわけだ。

 こうした企業と、経営とITが分断され、コスト削減自体が目的化している企業や、“ランザビジネス”ではなく“維持・運用”にコストをかけている企業との差は急拡大している。デジタル企業を中心に、グローバルの勢力図が書き換えられてきたように、2023年以降は国内でもさらに選別が加速することだろう。特に昨今はChatGPTに象徴されるように、ビジネスの在り方そのものに“産業革命”の萌芽(ほうが)が顕(あらわ)れつつある。

 デジタルの戦いに国境はない以上、このままでは国力低下をも加速させかねない。本稿ではガートナージャパン ディスティングイッシュト バイスプレジデントの亦賀忠明氏に、アイティメディア統括編集長の内野宏信がインタビュー。ITに対する認識を持ち直すトリガーとして「Newオンプレミス」に着目しつつ、ビジネス=システムの在り方、それに携わるIT部門の役割、今目指すべきステップを聞いた。

日本企業のテクノロジーに対する認識は「江戸時代」

ガートナージャパン ディスティングイッシュト バイスプレジデント 亦賀忠明氏 ガートナージャパン ディスティングイッシュト バイスプレジデント 亦賀忠明氏

内野 ここ数年で「DX(デジタルトランスフォーメーション)」「デジタル化」が注目されましたが、言葉だけが氾濫し、今や意味を失っているように思います。クラウドの利用目的を聞いた読者調査にもそれは表れており、主目的はコスト削減で、15年以上前から変化が見られません。営利組織である以上コストは重要ですが、ビジネスとは切り離された状態で「コスト削減」自体が目的化しているように思います。

亦賀氏 私が最近よくお話しするのは、日本企業のテクノロジーに対する認識は「江戸時代」だということです。最初にお断りしておきますが、これは、決して江戸時代が悪い時代であるなどいうことを意図しているわけではありません。多くの企業におけるマインドセット、振る舞いが、昨今のテクノロジーの時代感覚と照らして、相当にギャップがあるということで使っています。昭和でも明治でもなく江戸です。そのぐらいマインドや振る舞いが変わっていません。今は昭和から令和に変わったような変化ではなく、江戸から明治に変わったような変化が必要です。この間には富岡製糸場が稼働を開始し、日本の近代化の原点となりました。エンタープライズITの世界でも、これと同等の産業革命が求められています。

 クラウドも従来型のアウトソーシングや仮想ホスティングの延長と捉えず、考え方を変えなければなりません。クラウドはサービス部品の集合体です。クラウドを「利用する」とは、サービス部品を理解して回路を設計、駆動させることです。目的に応じて自ら使いこなすものであり、運用してもらうものではありません。オンプレミスの延長ではないので、オンプレミスのやり方をクラウドに持ち込んでしまうとほとんど効果を発揮しません。

クラウドはサービス部品の集合体(提供:ガートナージャパン) クラウドはサービス部品の集合体(提供:ガートナージャパン)

 ただ、ここで注意したいのは、オンプレミスを止め、完全にクラウドに移行すれば全ての課題が解決するわけではないことです。Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureなどを見ても分かるように、クラウドベンダーがオンプレミス環境向けのサービスやソリューションを提供しています。そもそも彼らもオンプレミスを否定していたわけではありません。目的に応じて使い分けるものであるにもかかわらず、企業側が古い考え方に縛られ続けてきたために、「オンプレかクラウドか」の議論から脱却できないまま、「Oldオンプレ」「Oldクラウド」のままで議論と実践を継続しているのが現状です。

内野 ビジネスプロセス/モデルは従来のまま。ITはコスト削減、効率化の手段。企業側の認識が変わらず、経営環境にビジネス/システムが追従できていない。これはセキュリティにも影を落としている印象です。

業務ファーストでクラウドネイティブ化しても効果はでない

亦賀氏 早急に検討すべきは、何も変化しない状態で残っている江戸時代のOldオンプレやOldクラウドを、クラウドネイティブの要素を取り入れた「Newオンプレ」「Newクラウド」に変革していくことです。

従来型のオンプレミス技術(Oldオンプレ)から、クラウドネイティブの要素を取り入れたオンプレミス技術(Newオンプレ)に変えていくべき(提供:ガートナージャパン) 従来型のオンプレミス技術(Oldオンプレ)から、クラウドネイティブの要素を取り入れたオンプレミス技術(Newオンプレ)に変えていくべき(提供:ガートナージャパン)

 その際には江戸時代の作法を持ち込んではいけません。ITに対する既存の考え方や業務の在り方を変えずに新しいテクノロジーだけを導入しても状況はほとんど変わりません。従来の作法のままトラディショナルSIにAWSやAzureでのクラウド化の提案を依頼すれば、ほとんどコストは下がらないか、場合によってはオンプレミスよりも高い見積もりを提示されます。こうしたことを真に受けて多くのユーザーが「クラウドにしてもコストは下がらない」と思い込んでいます。

 「オンプレ回帰」という言葉があります。これは、クラウドが駄目だからオンプレに戻るといったような意味で使われますが、それは、明治に行けないから江戸に戻るといったようなことであり、そうした時代変化に逆行することを行っている時間的な猶予はもはやありません。そうしたケースのほとんどはクラウドに適さないものをクラウド化しようとしたものです。この意味ではそもそものアプローチが誤りであり、回帰とは言えません。

 クラウドネイティブ推進に当たっても、江戸の作法を持ち込むケースは数多く見られます。Azureを使ってコンテナやマイクロサービスを実装していく場合、Azureが提供するサービス部品を組み合わせて利用することになります。サービスは「Azure Container Apps」や「Azure Kubernetes Service」「Azure Functions」などで十数個に上ります。

 ここで、江戸時代の作法を持ち込むと、「Azure Container Appsに相当するのは江戸システムでは何か」「どのサービスがよりパフォーマンスがいいか」を1年かけて比較検討する、といったことになりがちです。ユーザー企業が江戸から脱却するためには、テクノロジーとの向き合い方を変える必要があります。クラウドは早く始めて早く失敗も含めた経験をするアジャイルが基本です。議論ではなく実践と経験が大切なのです。よって、ガートナーでは、以前からクラウドは自分で運転が基本、と伝えてきました。そうしたことを実践する企業は増えてきましたが、まだ、「自分たちはユーザーだからそんなことはできない」と言っている企業がいます。完璧な計画を作らないと先に進めない企業も多いです。こうした企業では、クラウドネイティブを使うことはできません。当然、本番での失敗は迷惑がかかるのでダメです。よって経験はSandboxと呼ばれる実験場で行います。そうしたアプローチをクラウドのイニシアチブでは行う必要があります。しかし、そうしたマインドセットやスタイルの浸透には予想以上に時間がかかっています。

内野 システムも江戸なら、業務プロセス、ビジネスモデル、システムに対する考え方も江戸。オンプレ回帰はシステムだけ新しくした“勘違い“の結果であることが多いと。

亦賀氏 江戸業務―江戸システムに、明治テクノロジーを入れようとする。だから極端な例を挙げると、「印鑑突き業務をマイクロサービス化する」というおかしなプロジェクトも立ち上がってしまう。そもそも「印鑑突き業務を止める」という発想が持てない。江戸業務を前提にプロジェクトを進めるため、業務要件ファーストでクラウド化、あるいはクラウドネイティブ化しようとしてしまう。結果、効果は出ず、江戸業務は残り続けるわけです。

New Worldに向けた次世代ITロードマップとは

アイティメディア 統括編集長 内野宏信 アイティメディア 統括編集長 内野宏信

内野 盛んにモダナイズが叫ばれてきたERPも同じですね。システムだけ新しくしても効果は限定的です。とはいえ、“業務要件ファースト”には根深いものがあります。IT部門も社内での立ち位置の問題や、業務知識が限定的なこともあり、業務を変えてはいけないと思い込んでしまいがちです。

亦賀氏 既にあるテクノロジーを利用して業務そのものを変えればよいのに、それを行うリーダーシップがいません。IT部門も経営や事業部門の下請け組織であるかのような状態に置かれ続けているため、業務を変えるなどという発想も持ちません。それも含めて江戸のようなものとみています。

内野 そうした組織的な問題も、コロナ禍でクローズアップされたように思います。目的を示さないまま「DXで何かやれ」と現場に丸投げしてしまう経営層の話や、ベンダーに丸投げしてしまうIT部門の話などもよく聞かれました。

亦賀氏 丸投げしておいて、現場担当者が「これでいいですか」とお伺いをたてると、役員などが「それはもうかるのか」「できるのか」「事例はあるのか」などと応えるから担当者のモチベーションも下がってしまう。経営層は無意識のうちに「現状を変えない」という前提に立っていることも珍しくありません。IT部門が「変革」につながるアイデアを起案してきても、既存業務がなくなる、変わるといった変革に伴う痛みを避けようとするから、いかにインパクトある提案をしても「業務の人が困ることはできない」と言って通らない。DXといっておきながら、トランスフォームしたいのかしたくないのかが分かりません。経営者ははっきりさせないとダメです。経営者がはっきりさせようにも、実行力がなければできませんし、現場が真に納得しなければ、無理やりにやっても失敗するリスクも大いにあります。そうした決断力も実行力も圧倒的に不足しています。

内野 一方、IT部門も目的が不明瞭なままキーワードに流されてしまえば、ベンダー、SIerは「もし動かなかったら」というリスクヘッジの意味も含めてリッチな提案をする。それを主体的に判断できないためにコスト高になる、というパターンもいまだによく聞かれます。IT部門には優秀な人が多いので、目的が示され一定の裁量が与えられれば、適切な手段を選べることが増えると思うのですが。

亦賀氏 このままでは、いずれ企業側も体力がなくなり共倒れになりかねません。

People-Centricなサービスファクトリを目指す

内野 ただ、Newオンプレミス、Newクラウドを実践するような企業も出てきています。ビジネスや業務を変える発想が大切という話でしたが、Newオンプレミス、Newクラウドへの変革とは、技術とともに、それを使う人の認識を変えていくことだと思います。具体的には、どう変革していけばよいのでしょうか。

亦賀氏 それは「業務の見直し」レベルでは済みません。Old Worldである江戸時代から、New Worldへの産業革命的な変革が必要です。ガートナーでは、New Worldに向けた次世代ITロードマップを作成しています。このロードマップでは、「安定稼働」から「試行的実践」「継続的改善」「新しい構想」といったフェーズを設け、オンプレミスのカスタムアプリのIaaSへの移行、クラウドネイティブ化、SaaS化や、APIインテグレーションなど、新しいビジネスアーキテクチャの策定に取り組んでいきます。

New Worldに向けた次世代ITロードマップ(提供:ガートナージャパン) New Worldに向けた次世代ITロードマップ(提供:ガートナージャパン)

 その中で段階的にIaC(Infrastructure as Code)、CI/CD、DevOpsといったスキルやマインドセットを学び、新しいスタイルを獲得していきます。もちろん、IT面での取り組みだけでは不十分で、トップが率先して変革をリードすること、ベンダーやプロジェクト担当者に丸投げしないことも求められます。

内野 「まずビジネス/業務から変えよ」とは指摘され続けてきましたが、「テクノロジーでできること、テクノロジーでしかできないこと」を加味しながら、ビジネスと技術を両輪でアップデートし続けることが重要なのですね。その点、考え方さえ変えれば、Newオンプレミスに変革する手段はだいぶ出そろっているように思います。

亦賀氏 ハイパースケーラーが提供するものとしては「AWS Outposts」や「Azure Stack Hub」などがありますね。また、オンプレミスベンダーが提供するものとしては「Nutanix Cloud Platform」や「VMware Tanzu」などがあります。「HPE GreenLake」や「Dell Apex」「EverFlex from Hitachi」のようなサブスクリプションモデルでオンプレミスを利用する形態もあります。これらを利用することで、江戸時代のシステムをNewオンプレミスとして変革していくことは可能です。

 ただ、そこで問題なのは、ベンダーがユーザー企業に対して「江戸業務の変革」までは訴えない傾向があることです。既存業務のあり方を問わないで、製品/サービスを訴求するので、製品/サービスが持つ潜在的な価値が伝わらず効果も生まれません。

内野 そうしたベンダーのスタンスは変わってきており、ビジネスや組織にまで踏み込んだ提案をしているケースも聞かれるようになってきました。とはいえ、業務から見直すことについて米国と日本ではまだ違いがありそうですね。

亦賀氏 世の中が変わる中で、テクノロジーは進展していきますし、業務の仕組みも変えていくのは自然な発想なんです。テクノロジーで合理的になるなら業務自体を変える。一方、日本は前述のように、いかに世の中が変わっても、業務が変化しないことを前提にした「引っ越し」のためにテクノロジーを導入しようとするからねじれてしまう。だから「クラウドマイグレーションで100億円」といったおかしなプロジェクトも発生する。昨今のテクノロジーは想像を絶するテクノロジーです。グローバルのスケールで変化する環境を前提とした変化対応型のテクノロジーです。デジタル時代のビジネス競争とは、こうしたスーパーパワーを駆使する競争です。それは、産業革命をもたらしつつあります。今そこに気が付かなければ、2030年には企業は廃れた温泉街のようになっていき、いずれ廃虚になってしまうという危機感があります。

内野 DXレポートも、当初は「ビジネス/システムの刷新」ではなく「システムの刷新/更改」と捉えられてしまった。Newオンプレミスを目指す上で、同じ間違いを犯さないためのポイントは何でしょうか。

亦賀氏 1つはIT部門が「People-Centricなサービスファクトリ」を目指すことです。これは、リアルも含めて全てがデジタル化され、全てが人中心でサービスを提供していくという将来像を示したものです。つまり、IT部門は、“社内におけるテクノロジーとサービスのプロフェッショナル”として、事業部門や開発者など社内のエンドユーザーに対して、デジタルサービスとデジタルワークプレースをスマートに提供し続けるということです。CI/CDやIaCなども取り組みを進めること自体が難しく、社内に混乱を招くこともあります。そうしたときでも、IT小売業/サービスファクトリとして、エンドユーザーがクリエイティビティを発揮できるようなサービスを提供する。また、そのための仕組みを継続的に改善することで、より企業をテクノロジードリブン、データドリブン、さらにPeople Centricなものへとシフトできるようになります。エンドユーザーのクリエイティビティの向上はこれからますます必須要件となります。なぜなら、ChatGPTに代表される生成AIが進化し、機械的、事務的な人間の仕事を代替するようになるからです。機械にできることは機械にやらせ、人間は機械にできないことをやる時代になります。そのためには、脳を使う仕事への転換が急務になっています。

スーパーパワーを駆使して、未来を創造できるエンジニアを増やしていく

内野 そうした企業の中では、収益を担うアプリケーション開発者をエンドユーザーと見立てて、その満足度、生産性を高められるような開発、運用環境を設計、構築する「プラットフォームエンジニアリング」という概念も実践されつつあります。では、開発者はデジタル前提のNew Worldで、どのような在り方が求められますか。

亦賀氏 端的に言えば、作業者的エンジニアからクリエイター的エンジニアになることです。決められたことをきっちりこなすことだけを目指すのではなく、ないものを作ることに楽しみを見いだせるようなエンジニアを目指す。本来エンジニアはそういうものだと思っています。逆にいえば、New Worldでは、エンジニアの本領が発揮しやすい時代になったとも言えます。エンジニアが虐げられる残念な江戸時代から、エンジニアが喜びを感じられる新しい時代になった。

内野 そうした環境を持つ企業がエンジニアから選ばれる時代になったとも言えそうですね。

亦賀氏 その通りだと思います。ただ、スキルだけアップデートしてもマインドが江戸時代では意味がありません。スキルセット、マインドセット、スタイルをアップデートしていくことが重要です。また、組織としてアップデートするには、DevOpsの取り組みだけでも5年から7年はかかります。今から取り組んでも2030年までかかる。まずはプライマリーのクラウドを決め、すぐにでも着手すべきです。

 幸いなことに、日本人は、アジャイルの取り組みが苦手ではありません。むしろ、アジャイルの源流は日本にあるように得意分野でもあります。重厚長大なダムを作る発想だけではなく、手製のおにぎりを作るような発想で臨むことです。しかし、長期間かけてPoC(概念実証)止まりになるなどミニダムがたくさん作られている企業が多い現状もあります。経営層が「それはもうかるのか」などと安易に言わず、変革に伴う痛みを覚悟することも必要です。

内野 ベンダーやパートナーの選定も重要になってきますね。「前と同じで」といった安易な前例踏襲は避けて、現場や部門長の方には専門家としてのご自身の見解を尊重いただきたいところです。

亦賀氏 江戸ロックインを避けるためには、New Worldベンダーと手を結ぶことです。先に話したように、江戸時代から明治初期への変革に際して、富岡製糸場が立てられました。しっかりと現状を見据え、フランスからエンジニアを呼び、自ら学んで、近代化した。当時の日本人にできたことが、2023年の日本人にできないという理由はありません。むしろ、技術が発展して、全てがデジタルで実施できる時代だからこそ、企業それぞれが、デジタルを前提としたデジタル製造業やデジタル小売業などに取り組んでいくことができるはずです。

 ガートナーでは全てがデジタルで構成される世界とそのためのテクノロジーを「スーパーパワー」と呼んでいます。スーパーパワーを駆使して、未来を創造できるエンジニアを増やしていくことが重要です。

「うわべの変革」から「仕組みの変革へ」

 ここ数年のコロナ禍を経て、国内でもデジタル化が加速した。だが、ビジネスモデル/プロセスの変革例は限定的であり、大半が局所的な人手業務の単純デジタル化にとどまっている。これに追い打ちをかけるように、各種メディアが「DX」を吹聴したことも手伝い、DX自体が矮小(わいしょう)化されてしまった感が強い。

 SaaS導入も一気に広がったが、管理やセキュリティ対策、データ連携などはなおざりにされているケースが多い。ビジネス/業務の「仕組み」から見直すのではなく、表層的な部分だけを変えたことで、効果は限定的になり、各種リスクはかえって増大した傾向も見受けられる。

 攻めと守りの両面で、“突貫デジタル化”のツケはこれから回ってくる。特にインフラは「ビジネスから遠い」という理由で投資対象として後回しにされがちだが、データを即アクションに生かす仕組み、アプリケーションを迅速に開発して適所にデプロイする仕組み、社内外からのアクセスを安全、確実にさばく仕組みなど、「自社の収益獲得/運営の仕組み」を今度こそ根底から見直すべきではないだろうか。あるいは現場側では既に「あるべき一手」を着想しているかもしれない。“江戸スタイル”なビジネス、システム、組織、文化の全社を挙げたモダナイズが期待される。(内野宏信)

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