この契約は、請負でも準委任でもありません「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(110)(3/3 ページ)

» 2023年10月10日 05時00分 公開
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東京地方裁判所 令和4年3月15日判決より(つづき)

当初の発注の時点で当事者が取り交わした見積書および注文書においては、(中略)(システムの)完成を目的としていたことを示す記載や、発注内容として改良および機能の追加が含まれていることを示す記載は見当たらない。

また、打ち合わせや実際の作業をAのみが行っていたのであり、下請けベンダーの受注は、A個人の能力や経験が見込まれて契約に至ったものといえる。(中略)これらの事情によれば(中略)(本件契約は)1個の請負契約として締結されたものとは認められず、(中略)個別に契約が成立していたものと認めるのが相当である。

(中略)

(一方でソースコードについては)明示的な定めは置かれていない。(しかしながら)ソフトウェアの改良又は機能の追加やバグの修正を行うためには実行ファイルに加えてソースコードが必要となることからすれば、各開発段階における個別契約においては、それぞれ成果物としてソースコードの引き渡しが含まれていたと見るのが当事者間の合理的意思に合致するといえる。

 「請負契約ではないが、ソースコードの引き渡しに関する合意はあったとみるのが合理的である」と、裁判所は判断した。

大切なのは契約タイプを決めることより双方の合意

 注意が必要なのは、「請負契約ではない」といっているが、さりとて「準委任契約である」ともいっていない点である。形式にかかわらず、「両者にどのような合意があったか」、あるいは明示的でなくても、「どのような合意があったと考えれば合理的であるか」という点で裁判所は判断している。

 大切なのは契約のタイプを典型的なものに落とし込むことではなく、両者の合意がどうであったかである。それを、勝手に「請負なのだから完成義務があったはず」とか「準委任なのだからソースは渡さなくてよい」という判断をしてしまったところが両者の敗因である。

 これは、裁判に勝つかどうかという問題ではない。開発契約を結ぶ時点で、こうした誤解や思い込みがあれば、開発が頓挫した際に、両者は想定外の費用支出を求められることになり、場合によっては経営にも深い影を落とすことになりかねない。

 システム開発契約が、請負か準委任かのどちらか(民法上、これらは「典型契約」と呼ばれる)に当てはめられるとは限らない。むしろそのどちらにも当てはまらない「非典型契約」の方が、実は多いのかもしれない。それを勝手に請負だ、準委任だと思い込んで契約し、作業を進めることは実は危険なことであるといえよう。

 読者の皆さまが使われている契約書には、どのように書かれているだろうか。一度、ご確認されるとよいかと思う。

細川義洋

細川義洋

ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった

個人サイト:CNI IT Advisory LLC

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