では、「内発的な動機」で行動するとは、どのような状態なのでしょうか?
例えば、空腹のときに「あー、おなかがすいたなー。おいしいものを食べたいなー」と何かしらの行動をするのは、誰かや何かから指示された状態ではありません。つまり、内発的な動機で行動している状態です。なお、先ほどの「自然的欲望などに拘束されず〜」に当てはめると、「おなかがすいた」は自然的欲望による行動かもしれませんが、「内発的な動機」による行動を感覚的に理解するに、シンプルな例を提示してみました。
ちなみに、「内発的な動機」には、大きくは2つのパターンがあります。一つは、自分の中に生じた「○○したい!」といったポジティブな欲求や動機付けのようなもの。もう一つは「このままではまずい!」といったネガティブな課題認識のようなもの。
もしもいま、「自律的な自分を目指しているが、ちょっと疲れている」場合や、「スキルを身に付けるのはいいが、先が見通せなくてやる気が出ない」といった場合は、あなたを動機付けた行動の源泉が「自分の内面から生まれたものか?」それとも、「誰かや何かによってもたらされたものか?」を吟味してみるといいでしょう。
では、どうしたら内発的な動機が生まれるのでしょうか?
僕の意見では、明確な目的もないまま「自律しなきゃ」「そのためにはリスキリングが必要だ」「資格があった方がいい」といった理由で行動する=「自律すること」が目的になっている状態よりも、「周囲の課題(社会課題など)に目を向け、心が動く状態を作る」方が、内発的な動機が生まれやすいのではないかと思っています。
私事で恐縮ですが、僕は新潟県の中山間地に住んでいます。きっと皆さんもご存じだと思いますが、地方では人口減少や少子高齢化が深刻です。ここに住んでいると、その危機感をリアルに感じます。「あと数年すると、お祭りなどを維持、開催できなくなりそうだ」「今後企業は人材不足になり、存続も危うくなるかもしれない」といった課題認識を持っています。
こうした課題認識を持った僕は、「これは何とかしないといけない」と思いました(つまり、内発的な動機)。その結果、「人材が不足するなら、ITのツールを使って効率良く仕事ができるようにする必要がある」「地域の中に人がいなくなるなら、テレワークや副業、兼業のような形で、地域の外の人材とつなげられないか」といった「次の行動」が起こりました。
だからといって、個人にできることは限られます。それほどすごいことはできません。そこで、話が分かってくれそうな周囲の人に話をしたり、「○○さんと□□さんをつないだら、何かコトが始まらないかな」などと考えて、自分ができる範囲から動いてみたりしています。それでもうまくいかないことも多いため、「まずは自分の考えを言葉にしてみよう」と毎日情報発信しています。
自分が興味、関心のある課題だと行動的になれるし、同じ興味関心がありそうな周囲の人と話をすると、いろいろな意見を聞けたり、新たな気付きや発見があったり、とても勉強になります。また、自分の考えを発信するためには、考えをまとめたり、背景にある情報を調べたりしなければならないため、必然的に知識も広がります。僕にとって非常に有益なリスキリング、学び直しになっているのです。
幸いなことに、日本の社会はいま課題だらけです。それならば、周囲の課題に目を向けて、自分の心が動くような「これは、確かに問題だな」「これなら、やってみたいな」と思うことを見つける。そして「いままでの経験や人のつながりを生かして、解決できそうなことはないか」を考え、できそうなことからやってみる――。
こうした取り組みの方が、自律的になれるのではないかと思うのです。
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