要件定義書に書いていない要件でも、ベンダーは気付くべきだ「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(129)(3/3 ページ)

» 2025年11月25日 05時00分 公開
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全ての責任がベンダーにあるわけではない

 これまでのさまざまな判決を見ると、請負契約によってシステムを開発するベンダーが債務を履行したかどうかを判断する基本的な考え方の一つは「契約の目的達成に資するものを納品したかどうか」ということだ。

 コスト削減を目的とするのであれば、客観的に見てコスト削減を実現するために必要な機能や性能などを備えたシステムである必要がある。そうした考えからすると、システム化要件とは、それさえ実現すれば必ず債務を履行したと言い切れるものでもない。その考え方自体はこの判決も否定するものではない。

 発注者の定義する要件にある程度の考慮漏れがあることは避けられないし、情報セキュリティに関する要件などは発注者の検討が追い付かない場合もあるだろう。

 今回のような性能要件は、発注者が定義の必要性に気付かない場合さえある。そこは「ITの専門家であるベンダーのフォローが必要であり、抜け漏れがあれば専門家としての責任を問われて債務不履行と判断される」というのがこれまで見てきた裁判の例だ。

 しかしこうした裁判例を極端に解釈すると、「発注者の示すシステム化要件には網羅性、正確性、十分性などを求める必要はない」ということになってしまう。

 「システム化の目的と、現時点で思い付く要件をベンダーに伝えれば、要件の過不足を補って目的に合致したシステムを作る責任は、一方的にベンダーにある」と曲解も生まれかねない。それはシステムの発注者としてあまりに無責任な考えだ。

 本判決は「ベンダーの責任にも限界はある」ことを述べており、そこには「契約の目的に資するシステムは、あくまでも発注者とベンダーが協力して作り上げるものである」という考えが存在する。これはシステム開発プロジェクトにおける双方の責任について、最も基本的かつ重要な考えである。

 契約の目的に資するシステム化要件は、その原型が発注者からベンダーに伝えられ、ベンダーは技術的な専門知識や他の知見なども踏まえて、その必要性、十分性を検討して要件の過不足や誤りを指摘した上で、発注者と対応を検討する。そして発注者は最終的にできた要件を「自分が発したもの」として責任を負う。

 こうしたやりとりを何度となく繰り返しながら徐々に練り上げていくのがシステム化要件の定義というものであり、そこに不足があっても責任をベンダーだけが一方的に負うものではない。本判決は、前述した旅行会社やインターネットサービスプロバイダー裁判の反対側にピン止めするような意味があったのではないかと思う。

基本的な考えはこれまでと変わらない。

 本判決は一見、今までの判決と異なる方向を打ち出しているようにも見える。

 ただ少し引いた目で見ると、どの判決もシステム化要件に関する基本的な考えは同じとも思える。システム化要件についてベンダーには一切の責任がないとは言っていないし、逆にベンダーだけが悪かったとも言っていない。

 システム開発も要件定義も結局は発注者とベンダーの協業であり、その結果には両者が責任を負うべきものである。その考えからは、これまでのようにベンダーの責任を重く見る判決と、今回のようにそこまで重い責任をベンダーに負わせられないとする判決のどちらもが導き出せるように思う。

 「どちらもが責任を負う」という考えは、開発現場とも符合する。「要件定義は発注者の責任だから、ベンダーはそれをただ実現すればいい」という考えも、「最終的には専門家であるベンダーが確認しOKをするのだから、発注者は全て任せればいい」、あるいは「自分たちの要件に抜け漏れがあってもベンダーはそれを埋めてくれる」という考えも、そのどちらかに偏り過ぎてしまえば、業務に役立つ品質の良いシステムは望めない。

 プロジェクトは開始時に双方の役割と責任を定めるが、少なくとも、要件定義あるいは要件の確認、基本設計あたりまでは、お互いに協力し合い、あるいは指摘し合うような関係を築くことが成功のポイントであろう。

細川義洋

細川義洋

ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった

個人サイト:CNI IT アドバイザリ

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