生成AIの普及で企業データの価値が向上する一方、その保管先や活用基盤を誰が握るのかが新たな争点になっている。NASベンダーとして知られるSynologyがローカルLLMやAIエージェントを武器に描く次世代戦略は、クラウド依存が進んだ企業ITにどんな変化をもたらすのか。
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ストレージ製品を展開する台湾のITベンダーSynologyは、2026年6月2日〜5日に台湾・台北市で開催されたIT見本市「COMPUTEX TAIPEI 2026」に合わせ、同社のNAS(ネットワーク接続ストレージ)用OS「DSM」(DiskStation Manager)の次世代戦略を発表した。
業務の至る所で生成AIの導入が進む一方、企業が直面しているのが「AIを支えるインフラストラクチャの信頼性とセキュリティ」という大きな壁だ。多くの組織がクラウドベースのAIサービスに利便性を見いだす半面、機密データの流出リスクや、データ主権をいかに確保するかという新たな課題に頭を悩ませている。
Synologyはこうした市場の要請に応えるべく、DSMのアップデートを図った。本稿では、同社が開催したプレスイベントでの講演内容を基に、単なる「データの保存先」から「安全なプライベート環境のAI実行基盤」へと変貌を遂げる最新戦略と、その技術的アプローチを詳細にレポートする。
Synologyと聞くと、日本のシステム開発者やIT管理者は「高機能な家庭向け・SOHO向けNASのメーカー」というイメージが残っているかもしれない。しかし、グローバル市場における同社の立ち位置は中小企業(SMB)を中心としたB2Bへと主軸を移している。現在までに同社が世界中に出荷したシステムは1400万台を超え、管理されるデータの総量は400エクサバイト(EB)以上に達している。
同社は2018年に日本法人としてSynology Japanを設立して以降、国内におけるB2B市場へのアプローチを本格化させてきた。現在の顧客はSMBが中心だが、ゆくゆくはエンタープライズ市場への参入も計画しているという。
デジタルの集中化からハイブリッドインフラストラクチャ、レジリエンス(回復力)へと、時代ごとの要求を製品に反映させてきた同社がこうした計画の達成に向けて、次の5年を見据えて打ち出したテーマが「AIのインテリジェントな活用」だ。
今回のイベントで、同社は次世代DSMのコアとなる2つの柱として「AI対応」と「エンタープライズ対応」を提示した。特に開発者やインフラエンジニアの目を引くのが「AI Ready」へのアプローチだ。
Synologyは、企業におけるAIトランスフォーメーションは「ツールベースの導入」「データインテリジェンス」「エージェント型エコシステム」という3つのステージを段階的に経て進むと分析する。次世代DSMは、これら全てのフェーズにおいて、インフラストラクチャ層からセキュリティを確保するアーキテクチャへと刷新されている。
第1ステージとなるツールベースの導入において、同社は既に「Synology Office Suite」などのソリューションに生成AI機能を組み込んでいる(参考記事)。電子メールの要約や返信作成、会議のリアルタイム翻訳や文字起こしに加え、開発者やデータサイエンティストにとっても実用的な「自然言語による数式検索」といった機能が、NASを使ったプライベートワークスペースで利用できる。
しかし開発者にとってより興味深いのは、第2ステージの「データインテリジェンス」における、非構造化データのセマンティック検索機能だろう。企業内データの大半は、ドキュメントや画像、音声といった非構造化データで占められている中、これらをAIが検索・理解できる形式に変換するプロセスが「エンベディング(埋め込み)」だ。
次世代DSMではエンベディングするためのテキストモデルや音声テキスト変換モデル、画像キャプションモデル、OCRモデルといった複数のAIモデルをローカル環境に内蔵している。イベントでのデモでは、ファイル名や保存場所を完全に忘れてしまった共有ドキュメントに対し、「Synology NAS、Computex、スライド、私が作成」といった自然言語のプロンプトを入力するだけで、システムがドキュメント内のコンテンツや埋め込まれた画像の意味を理解し、わずか数秒で正確にファイルを抽出する様子が実演された。
これらの処理は、サードパーティーのクラウドAIに依存するのではなく、全てNASによるプライベート環境のローカルLLM(大規模言語モデル)で完結している点が特徴だ。OpenAIの互換APIを介したクラウドAIとの連携も柔軟に選択可能だが、機密性を最優先するシステムに向けて、最小限のセットアップですぐにデプロイできる「内蔵型ローカルLLM(GPU対応モデル)」の存在は、開発者にとってセキュアな検証環境を構築する上で有効な選択肢となる。
さらにその先にある第3ステージ「エージェント型エコシステム」において、Synologyはインフラ構造そのものを進化させる。近い将来、多くの企業がAIエージェントを導入するという予測の下、同社はデータからインテリジェンス、そしてアクションへとつなげるプライバシー対応のAIスタックを公開した。
このプライベートなAIスタックを物理的に支えるのが、新たに投入されるGPUアクセラレーションインフラだ。具体的には、約260億パラメータ規模のローカルLLMを推論実行できるGPU搭載「RackStation 26シリーズ」に加え、1000億(100B)パラメータを超えるLLMをサポートするコンピューティングサーバ「AI Station」が段階的にラインアップされる。AI StationはマルチGPUクラスタを備え、ネットワークの既存NASに対してGPUリソースを中央からオンデマンドで共有・管理する機能を持ち、企業内におけるAIコンピューティングハブとして機能する。
このハードウェアと密結合するのが、次世代OSにビルトインされるAIアシスタント「DSM Agent」だ。2026年6月初旬にリリースされる「バージョン1.0」では、トラブルシューティングや運用のアドバイスを担う対話型のAIコンサルタントとして動作するが、「バージョン2.0」では、複数のDSMサービスを横断して自律的にマルチステップのタスクを実行する「自律型AIエージェント」を予定している。
デモでは、IT管理の現場を想定したシナリオが示された。管理者が「Lindaのアカウントが正常かどうか確認して」とDSM Agentに問いかけると、エージェントは即座にログを精査し、外部IPからの不審なアクセスパターンや、20分間で1500個ものファイルに連続アクセスしている異常性を独自に検出。管理者に対して「直ちにLindaのアカウントを無効化しますか?」と自ら提案し、管理者が承認の応答(はい)を返すと、コントロールパネルのユーザー設定を裏側で操作してアカウントの無効化を即座に完了させた。さらに、毎月の「ストレージ概要レポート」の作成といった定型ワークフローも、自然言語の指示一つで、ストレージマネジャーからのデータ抽出や比較レポートの自動生成、経営陣への電子メール送信までがワンストップで自動化されるプロセスが示された。
ただこのような自律型のAIエージェントが活動する未来で、開発者が最も懸念するのがガバナンスとプライバシーだ。この点についても、全レイヤーに保護機能が組み込まれている。外部AIサービスに通信を飛ばす際のアウトバウンド個人識別情報(PII)の匿名化やデータ漏えい防止(DLP)をはじめ、入力・アクション・出力のプロセスにおけるAIガードレール、そしてユーザーやグループ、ファイルごとのDSM権限が厳格に適用されるため、AIエージェントが権限を逸脱してデータを読み取ったり操作したりするリスクを構造的に排除している。
さらに「MCP(Model Context Protocol)」やコマンドラインインタフェース(CLI)もサポートするため、開発者が独自に作成したAIエージェントやサードパーティー製システムとも、DSM権限によって保護されたナレッジハブとして相互接続・プラグアンドプレイ対応が可能となっている。
「AI Ready」と対をなすもう一つの柱「Enterprise Ready」においては、インフラエンジニアやシステム設計者が直面する構造的なボトルネックを解消するアップデートがあった。
パフォーマンスの観点では、ミッションクリティカルな高負荷ワークロード向けに設計された新しいフラッグシップモデルであるActive-Active構成のオールNVMeフラッシュストレージ「PASシリーズ」が披露された(参考記事)。
200万以上の4KランダムリードIOPSと、最大1.6PB(ペタバイト)(実効容量8PB)と高いストレージ性能を提供する。また、100GbE(4ポート)や32Gファイバーチャネル(FC)といった高速インタフェースを備え、帯域幅が逼迫(ひっぱく)しやすいエンタープライズのプライマリーストレージとしての要求を満たしている。性能向上と同時に、最新の階層化技術により、ホットティアだけでなくコールドティアに移動したデータに対してもデータ重複排除と圧縮が自動適用され、ストレージコストを最適化する。
この他、インフラエンジニアにとって有用なアップデートとして、大規模化に伴う管理手法の刷新が挙がった。これまでのアプライアンス型のストレージ拡張では、ハードウェアを追加するごとにワークロードが分断され、結果として「ストレージのサイロ化」を引き起こしていた。システムが増えるたびに、単なる容量拡張のはずが、大規模なデータ移行やワークロードの再配置プロジェクトに変貌してしまうという、運用上の大きなオーバーヘッドである。
Synologyはこの課題を根本から解決するため、次世代OSにおいてアーキテクチャのコアを「コンテナ化ストレージインフラストラクチャ」へと変更した。各サービスやワークロードが「Btrfs(B-tree file system)」ストレージシステムやOSのハードウェアレベルから分離され、コンテナエンジンで抽象化されている。
このコンテナ型アーキテクチャへの移行に伴い提供されるのが「DSM Cluster Manager」だ。IT管理者は複数の異なる物理アプライアンスをまとめて単一のクラスタとしてグループ化し、ポータルから、一元的に監視・制御できるようになる。
デモでは、ある物理ノードのCPUやメモリリソースが逼迫した際、管理者がコンテナ化されたワークロードを選択して「移行」をクリックすると、システムが最適な移行先を自動的に推奨。移行プロセス中、スループットが一時的にわずかに低下したが、システムを停止させることなく、新しいパフォーマンスタスクを持つホストサーバにワークロードのコンテナが移動する様子が見せられた。
移動後に他の既存ワークロードとリソースが競合した場合、ストレージQoS(Quality of Service)設定を有効化することで、コンテナ間のリソースとパフォーマンスが均等に自動調整される。複数拠点にまたがる展開に対しては、集中モニタリングツールである「Active Insight」がリモートモニタリング&マネジメントスタイルのプラットフォームへと進化し、複数のNASデバイスに対する設定のバッチ展開や、組織レベルのポリシー標準化を単一ポータルから一括適用できる体制が整えられる。
この他、エンタープライズ対応としてセキュリティ・コンプライアンス層の強化も図った。具体的には、各システムに分散していたログを統合フォーマットで集約する集中型「ログセンター」を刷新。業界標準の正規化フォーマットで出力可能なため、「Datadog」「Elastic」「Grafana」といった開発現場でおなじみの外部オブザーバビリティソリューションとシームレスに統合できる。
Synologyは「エンタープライズ環境がより大規模で、動的かつ高度なシナリオへと進化する中で、ストレージ効率やパフォーマンス、スケーリングと管理、セキュリティといったカテゴリーで高い基準を満たすことが、インフラの革新をサポートする重要なバックボーンになる」と締めくくった。
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