「ありがとう」が多いヘルプデスクは、本当に優秀なのか?正しく評価されるための情シス入門

「パスワードを忘れた」「VPNにつながらない」――ヘルプデスクには今日も数多くの問い合わせが寄せられます。迅速に対応し、多くの「ありがとう」を集める担当者は優秀だと思われがちです。しかし、その評価基準は本当に正しいのでしょうか。組織を強くするヘルプデスクの本当の役割を考えます。

» 2026年07月28日 05時00分 公開
[木戸啓太@IT]

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 「パスワードを忘れました」「インターネットにつながりません」「プリンタが印刷できません」「Microsoft Teamsにログインできません」「どこから申請すればいいですか」

 ヘルプデスクには、このような問い合わせが毎日数多く寄せられます。

 そのため「問い合わせに回答する仕事」「困っている人をサポートする仕事」というイメージを持たれることが少なくありません。もちろん、それも重要な役割です。しかしそれだけではヘルプデスクの本質は語れません。

 本当に優秀なヘルプデスクとは、同じ問い合わせを繰り返させない仕組みを作れる人です。

 筆者はこれまでさまざまな企業で情シスやCIO(最高情報責任者)、CISO(最高情報セキュリティ責任者)として、IT・セキュリティ戦略や運用改善に携わってきました。その中で強い組織には共通点がありました。ヘルプデスクが「問い合わせ対応部門」ではなく、「改善部門」として機能していたことです。

 一方で、いつまでも情シスが同じ問い合わせに追われ続ける組織もあります。この違いは人数や予算だけではありません。ヘルプデスクを「対応する部署」と捉えるか、「改善する部署」と捉えるか。その考え方の違いが、組織全体の生産性にも大きく影響しているのです。

 今回は、ヘルプデスク業務の本質について考えてみたいと思います。

連載「正しく評価されるための情シス入門」について

情シスは採用の見極めや評価指標の不在、意思決定の曖昧(あいまい)さにより、その実力や価値が正しく伝わりにくいジレンマを抱えています。本連載では、経歴の見抜き方やツール選定の本質、ヘルプデスクやキッティングの再評価、“ぼっち情シス”の限界などを通じて、単なる「何でも屋」から脱し、正当に評価されるための実践的な視点を提示します。

「下流業務」という言葉が、ヘルプデスクの価値を見えなくしている

 ヘルプデスクは「下流工程」と呼ばれることがあります。確かに、ユーザーからの問い合わせに対応するという工程だけを見れば、システム開発や導入の後工程に位置付けられるでしょう。しかし、「上流」「下流」は工程の順番を示す言葉であり、仕事の価値を表すものではありません。

 それにもかかわらず、IT業界では「上流工程の方が価値が高い」「設計をしている人の方が重要」といった考え方が残っています。しかし、現場に最も近いヘルプデスクだからこそ見える課題があります。そして、その課題こそがシステムや業務を改善するための出発点になるのです。

 例えば、ある企業で毎月100件の「VPNにつながらない」という問い合わせが発生しているとします。一般的なヘルプデスクは100件全てに対応するでしょう。しかし、本当に考えるべきなのは、「なぜ100件も発生したのか」です。

 初回設定が分かりにくいのか、マニュアルが不足しているのか、認証方式が複雑なのか、利用者への説明が足りないのか、それともシステム設計や運用そのものに改善の余地があるのか――。

 こうした原因を分析して「問い合わせが発生しにくい仕組み」を作ることは、単なる問い合わせ対応ではなく、システムや運用の改善につながる重要な仕事です。

 つまり、一見すると下流業務に見えるヘルプデスクには、組織全体を改善するためのヒントが数多く隠れているのです。

ヘルプデスクは利用者の「困った」を最も多く知る部署

 筆者は、ヘルプデスクは社内で最も多くの利用者の困りごとに触れる部署の一つだと考えています。

 経営層は経営課題を見ています。情報システム部門はシステム全体を見ています。プロジェクトマネジャーはプロジェクトの進行を見ています。一方で、実際に利用者がどこでつまずき、どこで迷っているのかを日々知っているのがヘルプデスクです。

 「毎回この申請画面で止まる」「説明が分かりにくい」「ログイン方法が覚えられない」「権限申請が複雑過ぎる」「必要な情報が見つからない」。これらは単なる問い合わせではありません。組織が改善すべき課題そのものです。

 システムを設計する人や企画する人は、現場の細かなつまずきを意外と把握できていないことがあります。だからこそ、ヘルプデスクは改善テーマを最も多く持つ部署の一つなのです。

問い合わせは「処理するもの」ではなく「改善のヒント」

 多くの組織では、問い合わせは「処理するもの」と考えられています。問い合わせが来る。回答する。終わる。これを毎日繰り返しているだけでは、組織は何も変わりません。優秀なヘルプデスクは、問い合わせを「作業」ではなく「データ」として見ています。

 例えば「Google Workspace」の共有設定について毎月50件の問い合わせがあるとしましょう。毎回回答するだけなら、来月も再来月も同じ問い合わせが続くでしょう。

 「昨日答えた内容を今日も説明している」「先週説明したことを今週も説明している」。こうした状況が常態化しているなら、それは担当者が悪いのではなく、組織が学習できていない状態です。

 本当に価値があるのは、50件の問い合わせに対応することではありません。50件を5件に減らすことです。そのためには、FAQの整備や分かりやすいマニュアルの作成、動画による操作説明、権限設定や申請フローの見直し、チャットbotによる自動回答など、さまざまな改善策が考えられます。

 今後は生成AIが問い合わせ対応を担う場面も増えるでしょう。しかし、人にしかできない価値は問い合わせに答えることではなく、「なぜ同じ問い合わせが繰り返されるのか」を分析し、改善につなげることです。

優秀なヘルプデスクほど「ありがとう」を言われなくなる

 ヘルプデスクは感謝される仕事です。「助かりました」「ありがとうございます」。そうした言葉は担当者にとって大きな励みになります。障害対応やトラブル対応では、利用者から直接感謝される場面も多いでしょう。

 しかし少し極端な言い方をすれば、成熟した組織ほど「ありがとう」を言われる機会は減っていきます。なぜなら、利用者が困る前に問題を解決してしまうからです。

 問い合わせが発生しない。迷わない。マニュアルだけで解決できる。AIがすぐ回答してくれる。システム自体が分かりやすくなっている。

 こうした状態では、そもそもヘルプデスクに連絡する必要がありません。

 つまり「ありがとう」が減ることは、ヘルプデスクの価値が下がったことではなく、改善活動が成果を上げている証拠とも言えるのです。

ヘルプデスクに本当に求められるのは「技術力だけではない」

 ヘルプデスクの成熟度は、回答の速さだけでは測れません。

 問い合わせを組織の知識として蓄積し、再利用できる状態にしているかどうかも重要です。多くの企業ではチャットで回答し、「ありがとうございました」「解決しました」で終わってしまいます。しかしそれでは同じ問い合わせが来れば、また同じ回答を繰り返すことになります。

 優秀なヘルプデスクは、問い合わせが終わった後に次のように考えます。

  • この内容はFAQに追加すべきではないか
  • マニュアルに追記すべきではないか
  • 動画で説明した方が分かりやすいのではないか
  • システムを変更した方が根本的な解決になるのではないか

 こうして1件の問い合わせを組織全体の資産へと変えていきます。

 また、成熟したヘルプデスクは、問い合わせ件数や対応時間だけでなく、FAQ利用率、ナレッジ登録件数、自己解決率、問い合わせ削減率といった指標にも目を向けています。

 もう一つ重要なのが「翻訳力」です。

 「Webブラウザのキャッシュを削除してください」「Cookieを削除してください」「VPNへ再接続してください」「管理者権限で実行してください」。IT担当者には当たり前の言葉でも、多くの利用者には難しい専門用語です。

 「キャッシュって何ですか」「Cookieって食べるものですか」「VPNはどこにありますか」。こうした反応は決して珍しくありません。

 だからこそ専門知識だけでなく、利用者の立場に合わせて分かりやすく説明する力も、ヘルプデスクに欠かせない能力なのです。

「ヘルプデスクマスター」が育ちにくい理由

 筆者は、このような改善を継続的に実践できる人材を「ヘルプデスクマスター」と呼んでいます。しかし、そのような人材は決して多くありません。

 理由は、多くの組織がヘルプデスクを「問い合わせを処理する部署」としか評価していないからです。

 問い合わせ件数や対応時間、SLA(サービスレベル契約)は管理していても、問い合わせ削減率やFAQ利用率、改善提案数、ナレッジ蓄積量などを評価している企業は意外に少ないのではないでしょうか。

 その結果、優秀な担当者ほど問い合わせ対応に追われ、改善に時間を使えなくなります。本来評価されるべきなのは、「どれだけ対応したか」だけではなく、「どれだけ問い合わせを減らしたか」でもあるはずです。

現場を知る人こそ、最も良い改善提案ができる

 システム改善の会議には、企画担当者や管理職だけでなく、ヘルプデスク担当者も参加すべきだと筆者は考えています。理由はシンプルです。利用者がどこで困っているかを最も知っているからです。

  • この画面は毎回問い合わせになります
  • この申請フローは多くの人が迷っています
  • この説明では理解しにくいようです
  • この操作は動画で説明した方が伝わります

 こうした情報は、ヘルプデスクだからこそ集められるものです。

 改善案の質を高めるには、現場で得られた声を設計や運用へ反映することが欠かせません。

 「上流」「下流」という区分は、工程を表す言葉に過ぎません。本当に価値を生むのは、課題を見つけ、改善し続けられる人です。そして、その最前線にいるのがヘルプデスクなのです。

 次回は、生成AIの普及によってヘルプデスクの役割がどのように変化し、人にしか担えない価値がどこに残るのか、AIヘルプデスクの賢い使い方について考えていきます。

筆者紹介:木戸啓太(バリュエンステクノロジーズ 執行役員 CIO / CISO コーポレートIT部 部長/コーポレートエンジニア)

NetworkEngineer、ServerEngineerを経て、外資系ベンダーでSIer及び社内システムEngineerを経験。その後、freee株式会社に確実なIPO実現のため、コーポレートIT部門の立ち上げの責任者として参画。同社では、ITEngineerも務めながらCSIRTも兼務し、セキュリティ整備を実施。現在は、バリュエンステクノロジーズ株式会社の執行役員CIO/CISO、情報システム部長/コーポレートエンジニア。また、他社での業務委託やIT顧問なども担いISMSやPマーク取得〜更新、監査対応等も対応。



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