「誰でもAIを使える時代」の功罪 業務部門の暴走、現場と統制の対立を防ぐために必要な「覚悟」「AI前提の組織に変革」という“幻想”と現実(前編)

「AI前提の組織へ」という号令のもと、現場で多発する「業務部門の暴走」や「ITと現場の不健全な対立」――誰でも手軽にAIを使えるようになったからこそ生じる課題にどう向き合うべきなのか。複数の事業会社で現場のAI定着に取り組む変革実務家・西野大介氏に「信頼関係構築」のポイントを聞いた。

» 2026年09月10日 05時00分 公開
[石川俊明@IT]

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 個人や企業を問わずAIの活用が社会に浸透する今、多くのメディアで「AI前提の組織に変革せよ」「AIを導入しなければ競争力を失う」といった言葉が飛び交っている。

 多くの企業が抱く「取り残されるかもしれない」という危機感や、AI変革への意欲自体は真摯(しんし)なものだ。だが、長年にわたり独自の組織文化やマインドセットを築いてきた伝統的大企業、いわゆる「JTC」において、AI前提組織への変革は本当に実現可能なことなのか。

 「『AIを活用しろ』と号令をかけるだけでは、これまでのDX(デジタルトランスフォーメーション)の失敗を繰り返すだけではないか」

 そう指摘するのは、長年現場でアジャイル開発や組織変革を支援し、複数の事業会社で現場のAI定着に取り組んできた実務家、西野大介氏だ。

 AI推進を「一過性のブーム」で終わらせず、現場のAI活用成熟度を高めるとともに収益や事業成果へ結び付けるためのアプローチとは何なのか。同氏への取材を前編・後編に分けてお届けする。

Expert's View:西野大介氏(変革実務家/金融・製造など複数の事業会社でDX・AI実装を推進)

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AIの業務実装と人材育成を専門とする実務家。金融・製造など複数業界で7年以上、アジャイル/スクラムによる組織変革とチーム開発を支援してきた経験を基盤に、現場へのAI定着に取り組む。JDLA E資格保有。人間中心設計(HCD)とDX戦略を実践の軸とし、AI活用と組織変革をテーマに講演活動も行う。※注:本記事で語られる事例は、氏がこれまで関わった複数の企業での経験や見聞に基づく一般論であり、特定の企業の事例ではありません


「AIの手軽さ」が現場にもたらした功罪

――長年「DX推進」が叫ばれながらも苦戦する企業が多い中、生成AIの広がりはこれまでにない速さを感じます。現場では今、どのような変化が起きていますか。

西野氏 スマートフォンから誰でも生成AIを使うことができるようになった今、AIを使うこと自体に対する心理的・技術的ハードルが「ほぼゼロ」という状態になりました。この「誰もが何となくAIを使える」という状況が、現場に深刻なゆがみとハレーションをもたらしています。

 その筆頭が、業務現場における「ムダ」の大量発生です。Excelの関数や既存のマクロを使えば数分で確実に処理できる単純業務であるにもかかわらず、業務部門の担当者が「自分たちでもAIを使えばリッチなものを作れる」と過信し、テストやセキュリティが不十分なWebアプリケーションを「再発明」してしまう。

 結果として業務が回らなくなり、最終的にIT部門やシステム担当者が「使い物にならないWebアプリケーション」のトラブル処理に奔走させられるという話を各所で耳にします。

 また管理職層による「謎の横やり」の話もよく聞きます。従来は資料を作るだけでも工数がかかっていたため、実務は現場の専門家、担当者に任せられていました。

 しかし今や、管理職自身がAIを使うことで、一見それらしい体裁だが中身の薄い資料を瞬時に出力できてしまいます。そして「AIがこう言っている。だからこの方向で進めろ」と現場に強硬に押し付ける事態が発生しているのです。実務に基づいた専門知識やモチベーションが否定され、優秀な人材の働く気力が奪われる、という声も聞きます。

――従来の「IT部門への丸投げ」とは逆のいわば「業務部門の暴走」という新たな課題にはどう向き合うべきですか。

西野氏 少しAIの使い方を覚えた業務部門から「外部のAIツールを使えばすぐ解決できるのに、なぜIT部門はこんなに時間がかかるんだ」という批判が出てきます。しかしIT部門が時間をかけているのは、セキュリティやアクセス権限、実運用のフローや働き方の想定まで含めて設計に組み込む、まさに専門性が求められる部分です。そこが見えないまま「ツールを入れれば済む」と考えてしまうこと自体に、実務上のリスクがあります。

 だからといって、IT部門側が感情的になって「ルールだからそれはダメです!」と突っぱねるだけだと、不健全な対立が深まり、現場はますます隠れて「シャドーAI」に手を染めるようになりかねません。

 IT部門側は「なぜ品質管理やセキュリティ確保が求められるのか」を言語化して説明した上で、「AI使用禁止」と宣言するのでも、細かいルールを作り切ってから導入するのでもなく、大まかな方針を示して現場のアジリティを優先しながらリスクを下げる仕組みを作ることが重要です。

 事前に厳格に潰すべき重大なリスクだけは最小限のルールで押さえ、それ以外はまず許可し、使い始めてからログや利用状況で再評価する。ゼロトラストの発想に近い、「最初に禁止する」より「後から捕捉する」ガバナンスが必要です。

――「業務部門の暴走」を止めるだけでなく、AI活用を正しい方向へ導くためのポイントは何でしょうか。

西野氏 非常にシンプルですが、「専門家としてのプライドを捨て、絶対に偉そうにしないこと」です。これに尽きます。

 ITやAIの専門家として現場と接すると、無意識のうちに「詳しくないでしょうから教えてあげますよ」という傲慢な態度が透けて見えてしまいがちです。現場のプロフェッショナルはそうした空気を一瞬で察知し、心を閉ざしてしまいます。

 相手を「事業のプロ」「実務のプロ」として心からリスペクトし、それを言葉、態度、さらには「外見」でも示すべきです。製造や現場仕事が多い職場でAI活用を推進するなら、スーツではなく迷わず「作業着」を着て現場の打ち合わせに臨むのは、私も率先してやっています。

 「自分たちと同じ目線で、業務課題を同じ泥水をすすりながら解きにきた仲間なんだ」という姿勢を全身で表現するのです。「現場の皆さんの素晴らしい実務をリスペクトしています。より良くするためにAIという道具を一緒に使わせてください」という姿勢を見せ、信頼してもらう。

 この信頼関係の土台があって初めて、現場はAIを実験道具から事業成果を出すための武器へと進化させ、組織としての「真の自走」、AI前提の組織への第一歩が歩み出せるようになるのです。


 AIの力に魅せられた現場の「暴走」は、見方を変えれば現場の強いエネルギーの表れでもある。それを抑え込むのではなく、同じ目線で向き合うことで「真の自走」へと導くことができるようになる。

 では、信頼関係の土台の上で、どのように持続可能なAI推進体制を構築すべきなのか。後編は「失敗DX」の教訓から導く、現実的な変革推進法を聞く。

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