ネットワークはなぜ、長年使われてきた「木構造」から脱却する必要があったのか。本連載では、Fabricを支えるSPBの基礎から、その進化と設計思想を解説する。第1回は、STPやVLANが抱えていた課題をひも解き、Fabric誕生までの道のりをたどる。
この記事は会員限定です。会員登録(無料)すると全てご覧いただけます。
現代のネットワークインフラは、電気や水道と同じように「止まってはならない」存在です。だからこそ、全てを支える強固な土台が必要になります。
しかし、「スパニングツリープロトコル」(STP:Spanning Tree Protocol)に基づく従来のネットワークは、そのポテンシャルを十分に発揮できない構造に縛られていました。なぜなら、その本質が「木」だったからです。
「木」の制約からネットワークを解放し、より柔軟で強固な基盤を実現しようという考え方から「Fabric」が生まれました。
本連載では、Fabricの進化と主要技術を「001〜009」という9つのアーキタイプで読み解いていきます。それぞれの番号には以下のテーマを割り当てています。それぞれ、Fabricを構成する重要な機能や設計思想を読み解く鍵となります。
本連載はFabricが発展してきた歴史に沿って進みます。各コードを手掛かりに、Fabricを支える技術や設計思想がどのように生まれ、どのように進化してきたのかをたどっていきます。
その出発点となるのが、全ての土台となる「005 基盤」です。005 基盤は、Fabricという物語の原点です。
どれほど優れた機能や革新的な技術も、その下を支えるインフラが脆弱(ぜいじゃく)であれば意味を成しません。ネットワークに求められるのは、高い性能だけではなく、障害にも揺るがず、将来の変化にも対応できる強さと柔軟性です。
第1回と第2回では、Fabric誕生の背景をたどりながら、その土台を築いた技術「SPB」(Shortest Path Bridging)の仕組みや設計思想と、それがネットワークにどのような変革をもたらしたのかを解説します。
ネットワークの大規模化・複雑化に伴い、従来のSTP(スパニングツリープロトコル)やVLANを使った設計・運用にはさまざまな課題が生じてきました。本連載では、こうした課題に対するアプローチの一つである「SPB」(Shortest Path Bridging)を基盤としたFabricについて、その誕生から現在までの進化を全10回で解説。
001〜009の9つのテーマ「知能」「融合」「認識」「防御」「基盤」「革新」「変化」「同期」「加速」を設定し、Fabricの仕組みや設計思想、ネットワーク運用にもたらす変化を物語性のある構成で解説します。
従来のネットワークは、コアを頂点として枝葉を伸ばす「木構造」(スパニングツリー)を前提としていました。木は一見強固に見えます。しかし、想定外の負荷や障害が発生すれば、一つの枝の問題が全体へ波及します。設計の自由度も低く、本来利用できるはずの帯域や経路が制限されてしまいます。
対するFabricの思想は「鋼鉄」です。
鋼鉄は強い。しかし本当に優れているのは、そのしなやかさにあります。曲げることも、組み合わせることも、自在な形へ加工することもできる。つまり、強靭でありながら柔軟なのです。
Fabricが目指したのは、形状を固定しない「Topology Free(トポロジー・フリー)」という発想でした。
リング、メッシュ、スター、部分メッシュ――。どのような形状でネットワークを構築しても、その基盤は揺らぎません。まるで鋼鉄で組み上げられた構造体のように。
この「木から鋼鉄への進化」が、どのような技術的必然性の上に成り立っているのか。ここから、その歴史をひも解いていきましょう。
「木」の時代を支えていた代表的な技術が、スパニングツリープロトコル(STP)です。
安価なL2(レイヤー2)スイッチを用いて広大なネットワークを構築し、物理的な冗長経路(ループ構造)を作ろうとすると、フレームが無限に回り続ける「ループ障害」が発生します。そのため、STPの導入は長年にわたり必須とされてきました。
しかし、その代償は小さくありませんでした。
STPはループを防ぐために、一部のリンクを意図的にブロッキング状態にします。つまり、せっかく用意した冗長経路の一部を普段は使わずに待機させることで、ネットワーク全体の安定性を維持していたのです。
さらに本質的な課題は、STPがネットワーク全体を見渡して経路を判断する仕組みではないことにありました。
STPが把握しているのは、自身の周辺情報とポートの状態に限られます。ネットワーク全体のトポロジーを共有し、最適な経路を動的に計算しているわけではありません。
その結果、障害が発生すると経路の再計算と再収束に時間を要し、その間は通信が停止してしまいます。まるで一本の枝が折れたことで、木全体が新しいバランスを探さなければならないかのように。
これが、従来の木構造ネットワークが抱えていた限界でした。
STPと並び、長年ネットワークを支えてきた標準技術が「VLAN」(Virtual LAN)です。しかし、大規模なキャンパスネットワークやキャリアネットワークにおいて、VLANもまた別の課題を抱えていました。
その根本には、「エッジ」と「バックボーン」の区別がないという問題があります。
従来のVLANでは、特定の通信グループを識別するためのVLAN ID(VID)を、通信経路上に存在する全てのスイッチに設定しなければなりませんでした。つまり、1つのVLANを追加するだけでも、バックボーンからエッジまで広範囲の設定変更が必要になります。
サービスを増やせば増やすほど設定箇所も増え、運用負荷は高まり、設定漏れや設定ミスのリスクも大きくなっていきました。
さらに、VLANにはもう一つの課題がありました。それは、L2ネットワークの基本動作である「ソースMACアドレス学習」です。エッジに接続されたPCや端末のMACアドレスは、バックボーンを構成する全てのスイッチのフォワーディングデータベース(FDB)に学習されます。
その結果、本来はトラフィック中継に専念すべきコアスイッチまでもが、数万台規模のエンドポイント情報を保持し続けなければなりませんでした。つまり、エッジで発生した変化が、そのままバックボーン全体へ影響を及ぼしていたのです。
エッジの都合にバックボーンが振り回される――。これもまた、「木」の時代が抱えていた構造的な制約の一つでした。
この「エッジとバックボーンが区別されていない」というVLANの構造的な課題を根本から解決するために生まれたのが、「PBB」(Provider Backbone Bridging / IEEE 802.1ah)です。
PBBの発想は非常にシンプルでした。それまで一体として扱われていたネットワークを、「ユーザドメイン」と「バックボーンドメイン」という2つの世界に分離したのです。
そして、ユーザーの通信フレームをバックボーンの入り口で丸ごとカプセル化(Mac-in-Mac)し、バックボーン内部では別の識別情報を用いて転送する方式を採用しました。これにより、バックボーン内のスイッチはエンドユーザーのMACアドレスを意識する必要がなくなります。
バックボーンが把握するのは、それぞれのネットワーク機器に割り当てられた代表MACアドレスのみです。つまり、エッジで発生した変化が、そのままバックボーン全体へ波及する構造から脱却できたのです。
それまでバックボーンは、数万台規模の端末情報を抱え込みながら通信を支えていました。しかしPBBによって、バックボーン本来の役割である「効率的な転送」に集中できるようになりました。
これは単なる拡張性の向上ではありません。エッジとバックボーンを初めて明確に分離したという意味で、PBBはネットワーク設計の考え方そのものを変える大きな転換点だったのです。
高崎市が約3800台の端末から「Google Workspace」へ直接接続 ネットワークをどう変えた?
なぜ「光ファイバー」ではなく「無線」なのか? 2Tbpsを実現したNTTの伝送技術
「脱VPN」を決めた企業は何を変えた?――VPNに頼らないネットワークの現実解Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.