mixiや楽天の「中の人」、インフラエンジニアを語るインフラエンジニア討論会2008

» 2008年12月08日 00時00分 公開
[岑康貴,@IT]

 パソナテックは2008年12月6日、「インフラエンジニア討論会2008 〜インフラエンジニア進化論〜」を開催した。楽天の和田修一氏、スカイホビットの越川康則氏、ミクシィの長野雅広氏、モトローラの石原篤氏、paperboy&co.の宮下剛輔氏、計5人の「インフラエンジニア(サーバやネットワークなどの設計・管理・運用を担当する技術者全般を指す)」が登壇し、自らの業務や興味関心、インフラエンジニアとして働くことのやりがいなどを語った。

個人のスキルに「依存した」運用の可能性

 前半は各自のトークセッションとして、自らの業務、キャリア、興味関心などを5人がそれぞれ講演した。

楽天 和田修一氏 楽天 和田修一氏

 和田氏は現在「開発部 国際開発室」に所属しており、アプリケーション開発も若干行っているものの、メインは台湾版「楽天市場」の設計・構築・運用の業務を行っている。大学時代は経済学部で、技術を学んだのは就職後。「大学時代はバンドに明け暮れていた。インターネット業界に対するビジョンがあったわけではなく、就職活動をして、内定が出たのが楽天だった」という。入社後も、「開発に行きたいけど、未経験だから営業かなと思っていたら、開発部に配属された」「未経験だから企画をやりたいなと思っていたら、エンジニアになっていた」「エンジニアになったのだから、アプリケーションを作りたいなと思っていたら、インフラ系エンジニアになった」と語り、「インフラにかかわるようになったのは、明確な意思があったわけではない。結果的になっちゃった」と本音を明かした。

 2005年から2007年にかけては日本のシステムやサーバの設計・構築・運用を担当。その後、2007年半ばに台湾版「楽天市場」の事業立ち上げに参加し、フルスクラッチで構築することになったという。現在はシステムの運用段階に入っており、運用系ツールの作成、ネットワーク遅延への対応、現地法人との「言葉の壁」への対処などに明け暮れているという。

 現在の和田氏の興味は「ストレージと仮想化をセットで考える」「iSCSIストレージ」「英語」の3つ。また、「2009年はインフラ系の勉強会を企画したい。単体の技術勉強会は多いが、複数の技術を組み合わせてどう設計するかということをテーマとした勉強会はあまりない」と語った。

スカイホビット 越川康則氏 スカイホビット 越川康則氏

 越川氏はスカイホビットの代表取締役として、サーバ運用、小規模システム開発などに従事している。大学時代はコンピュータサイエンスを専攻しており、新卒で中堅IT企業に就職。汎用機のアセンブラやCOBOLで金融システムを開発しており、2000年問題の対応などを行っていたという。その後退職し、自宅でLinuxサーバの構築、JavaやXMLの勉強、オープンソースコミュニティでゲーム開発、IT系出版社で雑誌編集のアルバイトなどを経験。2002年に個人事業主として、主に運用を担当するようになった。越川氏も和田氏同様、「希望したわけではなく、自然と運用の仕事に就いた」と語った。

 2008年にスカイホビットを設立。「個人でも、ちょっとやる気になれば簡単に会社は設立できる」とし、仕事自体は個人事業主時代と大きく変わらないが、「社会的地位が少し上がった気がする」と会社設立のメリットを語った。主にデータセンターの物理的な運用からソフトウェアの運用まで行っており、オープンソースソフトウェアの導入や運用の自動化・効率化のための開発、UNIXサーバ管理なども手掛ける。

 また、越川氏は「世の中の流れとは逆行するが、個人のスキルに依存した運用に興味がある」と発言。「運用は『できる限り個人のスキルに依存しない』ことが重要とされるが、担当者の創意工夫がやる気の向上や組織の改善につながるような仕組みを作りたい」と語った。また、サーバ障害の原因の約半数はハードディスクの問題であるとし、「SSDをサーバに生かせないかと考えている」という。「将来はサーバに囲まれて暮らしたい」「個人的にラックやデータセンターが持ちたい」「老後はデータセンタの守衛さんになりたい」と語り、いかに自身がコンピュータ好きかをアピールした。

ミクシィ 長野雅広氏 ミクシィ 長野雅広氏

 長野氏は1978年生まれの30歳。大学時代は情報系の学部だったが、「担当教員が経営学の先生だったので、学校でコンピュータを扱うことはあまりなかった」という。しかし、学内にインフラが整っていたため、個人やサークルのWebサイト作成などを行っていた。やがて掲示板などをCGIで作るようになり、2000年に京都でコミュニティサイトの構築を請け負うことになった。

 また、「ブログを書くようになって、Perlエンジニアと知り合えるようになった」とブログのメリットを強調。当時、京都在住だったにもかかわらず、わざわざ東京に来てShibuya.pmやYAPC::Asia 2006に参加しており、そこから「エンジニア同士の横のつながりが重要だと感じ、上京した」と語った。

 2006年、YAPC::Asiaで知り合った人物を通してミクシィに入社。現在は「開発部 システム運用グループ アプリケーション運用チーム」に所属している。主に「mixiのアプリケーションの保守・運用」「スケーラビリティ・性能・可用性の向上」「セキュリティの確保」などに携わっている。また、画像配信システムの構築に関して、個人的にフォーカスしているという。さらに、開発補助やPerlプログラムの選択やアドバイス、設計レビューも行っている。

 「非同期処理」と「分散処理」が現在の興味関心だと長野氏は語った。mixiという膨大なユーザーを抱えるサービスにおいて、大規模なデータをどう扱うか、そのためのプラットフォームをどう整備するかを考えているという。

 また、「なぜPerl使いなのにアプリケーション開発でないのか、という質問をよく受けるが、それはPerlの運用コストの問題。CPANのモジュールをどうやって最大限活用するかを考えたとき、Perlをよく知っている人間が運用側にいた方が、パワフルなアプリケーションを簡単に作れる」と、「Perlが分かる運用担当者」の重要性を強調。また、子どものころの「メディアの中の人になりたい」という夢が、「コミュニケーションのインフラを作る仕事がしたい」に変換されていると語り、インフラ運用とは顧客やユーザー、社会に対して責任のある、やりがいのある仕事だと持論を展開した。

いかに止めずに復旧させるか

モトローラ 石原篤氏 モトローラ 石原篤氏

 石原氏は現在46歳。開発経験を経て、現在は上流業務に携わっている。群馬富士通(現在の富士通フロンテックシステムズ)、シスコ・システムズ、ブロードバンド・エクスチェンジ、有線ブロードネットワークス(現在のUSEN)、ビー・ビー・ケーブル、ソフトバンクBBを経て、現在のモトローラは7社目。ソフトウェア開発からセールスエンジニア、コンサルティング、営業、システム設計・構築などに携わってきており、近年は「放送と通信の融合」をテーマとした事業開発が中心となっている。

 23年前、先輩にいわれた「回線やってれば食いっぱぐれはしないよ」という言葉が人生を左右した、と石原氏は語った。また、システムが止まったとき顧客に「システムを止めたんだから賠償しろ」といわれ「ネットワークの重要性を肌で感じた」というエピソードを披露。「いかに止めずに復旧させるか、当たり前のことをいかに当たり前にやるかという教訓を得た」という。

 最近はアジャイル開発の方法論に興味があるという。一方で、現在は「エンジニアというよりもプランナーで、より顧客寄り」と自身を説明。それに伴い、「ものづくりの面白さから、流れの渦を作り出す面白さに変わってきた。世の中を動かすダイナミックさがいまの仕事の面白さ」と、やりがいの変化について語った。

paperboy&co. 宮下剛輔氏 paperboy&co. 宮下剛輔氏

 宮下氏は和田氏同様、経済学部の出身。しかし、経営工学の教授のゼミに所属していたため、「コンピュータを使う機会は多かった。ゼミでWebサーバを持っていたので、その管理もしていた」という。伊藤忠テクノサイエンス(現在の伊藤忠テクノソリューションズ)でプリセールスエンジニアとして働いた後、ネットマークスを経て、2006年に現在のpaperboy&co.に開発者として入社した。2007年からは技術責任者となり、インフラから開発まで幅広く手掛けている他、新しい技術やソフトウェアの導入促進を行っているという。

 個人ではPlaggerのコミッタとしての活動、Shibuya.pmやYAPC::Asiaでの発表などを行っており、「自分が書いたプログラムを公開したり、自分が作ったものについて講演したりすることによって得られたエンジニアとのつながりは、いまの自分を形成する上でとても大きい」と語った。

 現在の興味として宮下氏は2冊の書籍を紹介。サーバのキャパシティプランニングに関するJohn Allspaw氏(Flickrのエンジニア)の著書『The Art of Capacity Planning』と、分散コンピューティングやスケーラビリティについて書かれた『Pattern-Oriented Software Architecture Volume 4: A Pattern Language for Distributed Computing』を挙げた。

 最後に宮下氏は「エンジニアとしてのモットー」として、「広く浅く、ところどころ深く」という言葉を掲げた。昔から器用貧乏タイプで「これだけは誰にも負けないというものがなかった」という宮下氏だが、現在はそれを自分の強みとしてとらえつつ、ところどころで人よりも優れた領域のあるエンジニアになりたい、と語った。また、奥地秀則氏の「『できないから、やらない』ではなく『やらないから、できない』」という言葉を引用し、人から「自分ができないこと」を頼まれたときは「やりたくないな」ではなく、「新しいことをやれるチャンスだ」ととらえるようにしていると話した。

「できるだけルートにならない」のが一流のルート

 イベントの後半では、技術評論社の馮富久氏がモデレータとなってパネルディスカッションを行った。

 「インフラエンジニアのやりがいとは?」という質問に対して、和田氏は「サーバの中でルートが一番偉いので、それを扱えるのが個人的にはうれしい。恐さの裏返しでもあるんですけど」と回答。長野氏は「Webサービスがうまくいったときがうれしい。自分の考えていた通りの負荷になったり、起きていた問題が直ったりしたときにやりがいを感じる」と答えた。

 「インフラエンジニアとは何か?」という定義に関しては、越川氏が「小さな企業だと、何でもやる人ですね。システム全体を見る人」と定義すると、石原氏は「自分はネットワークエンジニアで、トラフィックをいかに流すかを考える。道路をうまく設計して効率よく車を走らせるのと似ている」と回答。人によって定義に差があることが分かった。

 長野氏と和田氏は、それぞれ「mixi」と「楽天市場」という大規模サイトの運用の裏側を披露。mixiの運用は「インフラ運用」と「アプリ運用」を合わせて「10人ちょっと」で回しているという。mixiならではの特徴として、新機能の追加時やイベント時の対応が重要になると語った。特に1月1日0時0分は「1年間で最もmixi日記が書かれる瞬間」であり、事前に対策を行うものの、どうしても止まってしまうタイミングなのだという。2009年元日に向けてもいくつかの対策を考えていると語った。mixiのサービスは、一部であれば基幹システムのように「365日24時間、絶対に動いてなければならない」というわけではないため、やや挑戦的な運用を試すことができるという。

 一方、楽天市場はビジネスの場であることから「チャレンジよりも、絶対に落とさないことがビジネス上のポリシー」であり、運用担当者は数10人規模に上る。また、お中元やお歳暮の時期は負荷が上がるため、年末に向けてシステムの増強を行うのが恒例行事だと和田氏は語った。また、「台湾は旧正月に盛り上がるので、日本の年末年始のノウハウで考えてはいけない」のだという。

 「一流のルートと二流のルートの差はどこにあるか?」という来場者からの質問に対しては、和田氏が「トラブル時に、普段どおりの行動ができる人が一流」と回答。宮下氏は「禅問答のようだが、一流のルートは『できるだけルートにならない』。対象のサーバに直接ログインしなくてもいろいろなことができる状態を作り上げておくことが重要」と主張した。

 「インフラの重要性を企業内の人間に分かってもらうにはどうしたらよいか」という質問が上がると、越川氏は「インフラエンジニアが頑張っているときというのは、かなりまずい状態」であると指摘。普段から監視システムを作り、作業を自動化することで「インフラが重要だと誰も思わないような体制」を作るのが重要であると回答した。インフラエンジニアの評価は難しいのではないか、という指摘については、越川氏は「社内で評価されにくければ、ブログやオープンソース活動で社外からの評価を得ればいい」と主張。宮下氏は「自分は評価する側だが、確かに難しい。例えば夜間のトラブル対応に対して手当てを払うと、トラブルが起きた方が給料が増えることになってしまう。サービスのクオリティや稼働率などの指標を考えているものの、今後の課題」と、インフラエンジニアの評価の難しさを認めた。

サービスに欠かせない「裏方」たち

 最後に、各自が「インフラエンジニアの働き方」について語った。ホワイトボードにキーワードを書き、それについて説明するというスタイルを取った。内容は下記の通り。

名前 キーワード メッセージ
宮下氏 「楽」 いかに楽をするか。そのための苦労をいとわないこと。また、ハードな仕事なので、楽しむことが重要。
石原氏 「ネットワークの酸素」 インフラは無くてはならないもの。また、酸素の濃さが重要なように、サービスを左右する要素であることを意識し、フロントの人間と一緒に考えていかないといけない。
長野氏 「地図に残る仕事」 主人公はアプリケーション開発。その人たちがいかに面白いものを作れるかを決めるのがインフラ。裏方として一生懸命やる。
越川氏 「オールラウンドプレイヤー」 野球で例えると「エースで4番」ではなく、「下位打線」で全体を盛り上げる役。地道に問題を解決し、システム全般の知識を身につけた先にあるのがインフラエンジニア。
和田氏 「サービスの最前線」 裏方ではあるけれど、一緒にサービスを作る仲間。

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