Pentium IIIやAthlonよりも多く出荷されている「ARM」というプロセッサをご存じだろうか? ゲーム専用機や携帯電話など意外なところに搭載されている。今回はこのARMに群がるチップベンダーの話をしよう。
Pentium IIIやAthlonよりはるかに売れているプロセッサがあるのをご存じだろうか? 4bitや8bitのプロセッサではない、れっきとした32bitプロセッサの話である。その名を「ARM(アーム)」という。英国は大学で知られるケンブリッジの町外れ(?)にある「ARM(*1)」という名の会社のARMと呼ばれるプロセッサの2000年の出荷量は4億5000万個といわれ、1999年と比べると実に3倍近く出荷量が増えている。数だけ比べれば、IntelもAMDもたじたじとなってしまうだろう。ただし、ケンブリッジへ行ってもIntelやAMDのような大きな半導体工場はない。この会社はプロセッサの設計(デザイン)を売っている会社なのだ。設計を買った各半導体メーカーがARMを使った半導体製品を製造し、販売している。業界用語でIP(IP:Intellectual Property、知的所有権のこと)ベンダと呼ぶ。ARM社は最も有力かつ成功したIPベンダの1つである。
*1 以前はAdvanced Risc Machinesと名乗っていたが、株式上場を機にARMをそのまま社名にしてしまった。
さて、このARMはどこで使われているのだろうかと探してみた。すると、意外と携帯電話で使われている。ただ、日本に多いPDC方式ではなく、欧州を中心にアジア、アメリカを制覇していまや世界標準となっているGSM方式の携帯電話に採用が多い。新しいCDMA方式ではARMを使っているものが多いようなので、日本でも知らない間にARMユーザーになっている人がこれから増えるかもしれない。また、MP3プレーヤなどもARMを使っているものがある。ハードディスクとか、ネットワーク機器とかPCに接続するものにもARMが入っている。すでに気付かないうちにARMを使っている人も多そうだ。
このARM、応用範囲が広いだけにARM社から製造の権利を買って製造している半導体メーカーは数多い。全世界で30社以上のメーカーが権利を持っており、持っていない半導体メーカーを探す方が難しいような状況だ。この製造権を持つ多くのメーカー(ライセンシー)の中で、つい先ごろまで唯一の特殊な権利を持っているメーカーがあった。何あろう、PentiumでおなじみのIntelである。Intelは、ARMのアーキテクチャまで手を入れることができる特別な権利を持っているのだ。
とはいえ、もともとIntelはこの権利を意図して手に入れたわけではない。かつてのミニコンピュータの雄、DEC(現在はCompaq Computerと合併している)が、半導体工場をIntelに売却したとき、工場と一緒にこの権利を手に入れたのだ。そのころ、DECは改造版ARMを手がけていた。その名は「StrongARM」。いかにも強そうな名のこのチップは、その高速性と低消費電力性能の両立により携帯機器への応用が期待されていた。DECの工場のおまけ同然に手に入れた権利であるが、Intelにすれば、PC向けプロセッサで覇権を得たものの、PC以外の分野では弱く、特に伸びが期待される携帯通信分野への展開を図らねばと考えていた矢先に手に入れたものであるので、まさに拾い物であったわけだ。
ただ、やはりというべきか、IntelはStrongARMの普及に手間どった。もともと組み込みなど地味な市場に冷たい会社の体質もあったうえ、StrongARM自体が使うのに難しいプロセッサであったという面もあるだろう。もたもたしている間にDECから引き継いだオリジナルのStrongARMの設計そのものは古くなってしまっていた。しかし、Intelはほかのライセンシーと異なる特殊な権利を持っている。ほかのライセンシーはARM社の設計そのままを使っているが、IntelはARM社とは異なる改良が施せる。これは他社との競合を考えるうえで大きな利点である。パイの広がったARM世界を、Intelは自社で改良したARMアーキテクチャにより攻略できるのである。
この目的のため、携帯機器攻略の尖兵というべきデバイスがリリースされた。その名を「XScale」という。ARMのアーキテクチャの進歩を取り入れたうえで、Intel独自の拡張を施したこのデバイスは、Pentiumなどのx86系でも使っている技術のほとんどを取り込んでいる。600MHzに達する動作クロック、スーパーパイプライン、動的な動作クロックと電源電圧の調整、SIMD命令、洗練されたキャッシュ、そしてプロセス技術そのものも同系統のものである。このデバイスは、PCに続き、組み込み用途の世界でも「Intel支配」を狙うべく準備されたようである。
Intelが着々と広がるARMというパイに内側から食いつく戦略を取ったのに対し、組み込み向けプロセッサの世界では長年ナンバー1だったMotorolaは、どんどん広がっていくARM陣営に対抗するべく「M-CORE」など自社開発のプロセッサに注力していた。低消費電力でマイクロRISCと呼ぶRISCライクな命令セットを採用するなど、M-COREのアーキテクチャを見てみればARM対抗であるのがありありと分かる。さすがに市場を知るMotorolaであるから、1億個という数量を製造し、攻め寄せるARM軍団に対抗していた。しかし、つい最近、Motorolaは1つの重大な決断を下した。ある重要顧客に言われた「いつARMにするの?」という一言が決め手になったと聞く。
その昔、立ち上がりかけたRISCプロセッサの88000シリーズをばっさりとやめて、IBMとPowerPCで提携したように、Motorolaはときどきこういう決断をする。自社のM-COREを切って、ARMに乗り換えることを決めたのだ。ただ、こういうときにMotorolaが徹底しているのは、単なるほかの半導体会社と横並びのライセンシーでは駄目だと思ったことだ。ARMのアーキテクチャ・パートナー、つまりIntelと同様、ARMアーキテクチャに手を加えられる権利まで手に入れたのだ(Motorolaの「ARMアーキテクチャ採用に関するニュースリリース」)。
こうしてARMという、組み込み市場、特に伸びの著しい携帯通信やネットワーク分野を制覇しつつある新しいフレームワークの中で、86系対68K系と並び称された20年以上前のマイクロプロセッサ・メーカーの2強、IntelとMotorolaの対決が見られることになったわけである。同じARMという素材を双方どのようなプロセッサに仕上げ、対決するのか、実に見ものだ。Intelが先行してXScaleを発表している以上、後発のMotorolaはそれを打ち破るコンセプトを考えているに違いない。そのうえ、IntelやMotorolaにとどまらず、現状XScaleに対抗できる唯一の純正ARMコアであるARM10を早々と導入したSTMicroelectronics、強力なDSPとARMをからめてくるTexas Instruments(TI)、ARMと仲のよかったVLSI Technologyを取り込んだPhilips Semiconductorsなどメジャー・プレーヤ達が同じ土俵で激突することになる。日本電気、東芝、松下電器産業、沖電気工業などの日本勢、Samsung Electronicsなどの韓国勢、台湾のファウンダリ・メーカーも参戦してくる。その隅っこだけど、うちのチームも参戦する。こいつはx86のバトルよりよっぽど面白そうだ。
■関連リンク
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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