第15回 ARMプロセッサを知らずに暮らせない頭脳放談(1/2 ページ)

Pentium IIIよりも販売数量が多い32bitプロセッサ「ARM」。ゲーム端末など意外な製品にもARMは使われている。ARMがこのように成功できた理由を解説しよう。

» 2001年08月28日 05時00分 公開
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連載目次

 以前、「第12回 キミはARMを知っているかい?」で「ARM」という名のプロセッサを紹介した。今回は、もう少し詳しくARMの話をしよう。

任天堂のゲームボーイアドバンス 任天堂のゲームボーイアドバンス
ゲームボーイアドバンスは、有名なARM搭載機器の1つ。スーパーファミコン以上の性能を携帯ゲーム端末化するのに、ARMプロセッサの低消費電力と性能が効果をもたらしたのは間違いないだろう。

 プロセッサ名がエンド・ユーザーの目に触れるPCのプロセッサはx86の牙城安泰であるが、ARMはそれ以外の組み込み用途において市場を席捲している。その数量、2000年において4億個を優に超え、いまや最も多く使われる32bitプロセッサになっている。32bitプロセッサにおける市場占有率は、ほぼ4分の3にもなる。PC分野でも、ハードディスクのコントローラや、ブロードバンド・ルータ、MP3プレイヤーなどでARMが採用されているので、読者も知らない間にARMプロセッサ内蔵製品を使っている可能性が十分にある。このARMというプロセッサは、英国ケンブリッジ州にある「ARM Limited」という会社が「売っている」製品である。しかし、ケンブリッジへ行っても、残念ながらARMプロセッサは買えない。実はこのARMという会社、ARMプロセッサの設計を売る会社であって、半導体チップは売っていないのだ。ちなみに、ARM社は以前「Advanced RISC Machines」と言っていたのだが、上場を機に製品名として認知度の高まったARMという略称をそのまま社名にしている。資源を使わず頭脳で金をかせぐARM社は、英国、いやヨーロッパの半導体産業期待の星といってよい。

初期のARMはPDAへの採用から始まった

 なぜ、ARMが現在のような、盤石のビジネス・モデルとプロダクトを築き上げることができたのだろうか。ARM社も順風満帆にいまの地位を築けたわけではない。逆に初期のARM社の顧客を知る古い人間にしてみれば、なぜ生き残れたのか、むしろ不思議なくらいなのだ。

 ARMが商用化された時期−−1990年代初めは、すでにワークステーション用にSun MicrosystemsがSPARCを、MIPSがRシリーズをそれぞれ立ち上げた時期でもある。その後、PowerPCも登場し、時代はRISCが征する勢いであった。これらのRISCプロセッサは、高性能を売りに、数々の新しい技術を投入しながら、恐竜のように巨大化の道をたどり始めていたのだ。その中、後発で小さな(機能やダイ・サイズなど)ARMプロセッサは、こうした先端のRISCプロセッサ群に太刀打ちできるようなものではなかった。そのため、ARMを含めた後発のRISCプロセッサたちは、先発のRISCプロセッサがひしめくワークステーション市場でなく、トランジスタの少なさや低消費電力といった性格を活かして、ほかの市場を狙うしかなかった。

プラネックスのブロードバンド・ルータ「BRL-04A」 プラネックスのブロードバンド・ルータ「BRL-04A」
高速化するADSLなどに対応するため、ルーティング処理用ARMプロセッサを搭載したのが特徴。最近は、こうしたネットワーク機器にARMプロセッサの採用が増えている。

 その初期、ARMを使った最も有名なアプリケーション(用途)は、PDAの元祖、AppleのNewtonであった。Appleの製品に使われたということで、ARMは注目を集めることができた。この点、同じモバイル市場を目指し、一時はARMのライバルと目されたこともあるAT&TのHobbit(ホビット)プロセッサが、名のあるアプリケーションにたどり着けず、野垂れ死んでしまったのよりはマシであった。ただ、ご存じのとおり、Newtonは注目を集めたが、ビジネスとしては失敗した。それだけでなく、初期にARMを採用したビジネスは、ほとんど失敗している。ゲーム機、いやそれに留まらず家庭とネットワークをつなごうと目論んだ3DO社のREAL、うまくいけばマルチメディアPCの源流になれたかもしれない英国のAcorn ComputerのRisc PCシリーズ、どれも商業的には失敗だった。

携帯電話がARMを救った

 救いは「どれも技術的には見るべきものがあった」ということだが、通常、つかんだアプリケーションがこのように立ち上がらなければ、プロセッサの製造・販売ベンチャは潰れてしまう。幸いなことに、ARM社は設計のみで製造・販売をしない、いわゆる半導体IP(Intellectual Property:知的所有権)企業の形態をとっていたので、製造にかかわる膨大なコストもリスクも関係なかったため、このような状況でも生き延びることができた。どこまでARMプロセッサと関係あるかは分からないが、この初期のARMプロセッサの重要なライセンシーであり、その半導体開発のパートナーでARMプロセッサ応用製品の一番の製造元であったVLSI Technologyは後にPhilipsに買収されている。このように技術的にはともかく、ビジネス的には必ずしもうまくいっていないARMプロセッサを一躍主役に押し上げたのは、携帯電話市場の勃興であった。

GSMの世界制覇とともにARM7もその出荷量を伸ばした

 携帯電話市場は、NokiaとEricssonに代表される北欧の会社が先頭を走って立ち上げた市場である。日本国内ではメジャーなPDC方式も、世界ではまったくのマイナーであり、現在の世界市場はヨーロッパ起源のGSM方式がほとんどを占める。この市場が立ち上がるときに、GSM方式の標準的プロセッサとして採用されたのがARM7であった。GSMの世界制覇とともにARM7もその出荷量を伸ばした。なぜGSMにARMプロセッサが採用されたのか、という点については、ARMプロセッサのトランジスタ数が少なく、低消費電力という基本的性質が携帯電話に向いていた、ということをまず挙げなければならないだろう。しかし、欧州内に都合のよいものがあったから、という地政学的な理由もあるのかもしれない。また、自社では作らず、製造を希望する半導体ベンダにライセンスを売ることで製品を作らせるというARMのビジネス・モデルが、社内に半導体部門を持たない北欧の電話機メーカーに好都合だったのかもしれないが、本当の理由は分からない。

 携帯電話−−GSM市場で採用され、大きく出荷量を増やしたことでARMというアーキテクチャに価値が生まれた。この大きなGSMという市場に参入したくないという半導体ベンダはほとんどいないだろう。GSMに入るのにはARM7を使うのが早道ということになった結果、世界中の半導体会社のほとんどがARMのライセンスを買うことになった。現時点でメジャーな半導体ベンダの中から、ARMプロセッサのライセンスを持っていない会社を見つけるのが大変なほどだ。「うーん」と考えても日立製作所とAMDなど数社しかない。ここ数カ月でも、Intelを始めとして、SiSやTexas Instruments(TI)、Samsung、エプソン、ヤマハなどが新しいARMコアのライセンスを取得している。

日付 ライセンス先 ライセンス製品 ニュースリリース
2001年7月2日 ヤマハ ARM7TDMI ヤマハのARM7TDMIのライセンス取得に関するニュースリリース[英語]
2001年7月9日 エプソン ARM720T エプソンのARM720Tのライセンス取得に関するニュースリリース[英語]
2001年7月16日 Samsung ARM926EJ-S、ARM946E、ARM1020E SamsungのARMコアのライセンス取得に関するニュースリリース[英語]
2001年7月30日 TI ARMv6 TIとのARMv6コアをベースとしたプロセッサの共同開発について[英語]
2001年7月30日 Intel ARMv6 IntelのARMv6コアなどのライセンス取得に関するニュースリリース[英語]

 と、今度はライセンシーが増えた結果が半導体顧客からみた好結果に結びつく。つまり、半導体を買う側のシステム機器ベンダにしてみれば、ほかのプロセッサでは供給源が限られてしまうのに、ARMプロセッサを採用すれば、世界中の30社以上の半導体ベンダが供給源として考えられるようになるからだ。30社に引き合いを出すことはないだろうが、10社くらいに声をかけて、見積もりを出させて購入先を決めるといったことが可能であるし、実際にそういったことが実行されているようだ。ARMプロセッサにも半導体ベンダによって特徴があるので、その中から開発中の機器に合った製品が選びやすいというメリットもあるし、何といっても激しい受注競争下でいい価格を引き出せる。半導体ベンダ側にしたら苦しい競争を強いられるが、顧客からみれば満足度は高い。こうした流れで、ARMプロセッサは携帯電話から、ほかの分野に次々と採用が広がってきている。ほかのプロセッサ・アーキテクチャから乗り換えてきている機器ベンダも増えてきている。供給源の多さには、それだけのメリットがあるということだ。

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