第21回 変り種メモリはいつ花咲くのか?頭脳放談

IntelがOUM採用の不揮発メモリのサンプル(4Mbit)を発表。こうした変り種メモリは各社が積極的に開発している。こうしたメモリの行方は?

» 2002年02月23日 05時00分 公開
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 米国ソルトレイクでは冬季オリンピックをやっているが、半導体でオリンピックにあたるイベントは一足早く2月初めに終わっている。こちらは毎年2月に米国サンフランシスコで開催されている「ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)」という名のIEEE(米国電気電子学会)の学会である。この学会は、半導体というカテゴリに属するものならばプロセッサでもメモリでも何でも扱い、各社が超先端の研究結果を発表する場である。まさに世界の代表選手が集まるオリンピックといえるだろう。半導体業界をバックに持つ学会だけに商業主義と無縁とはいえないのは当然だが、オリンピックと同様に記録を追うのに血道を上げているのも似ている。ただ半導体の場合、単位は何ピコ(10の-12乗秒)とか、何フェムト(10の-15乗秒)とかさらに小さなものとなる。実用にほど遠くても、抜いた抜かれたという競争が繰り広げられることも多いようだ。「オリンピック同様、不正採点だけは願い下げだ」と言っておこう。

CD-RWの技術が半導体メモリになる?

 その学会でIntelが発表した資料が手に入ったので、これについて書きたい。当然のことながらプロセッサ関係の研究は立派なものがある。しかし、何GHzの動作速度も、何nmのゲート長も、ちょっといい加減うんざりという気がする。確かに新記録を樹立し、その記録を自ら書き換え続けているのは立派だが、ちょうどパ・リーグ時代にイチローが首位打者を取っても誰も関心を持たなくなっていた、あの感じかもしれない。王座に君臨し続けるのも辛いものだ。少し新しいもの、新奇さがほしい。というわけで、目に留まったが「OUM(Ovonic Unified Memory)」という技術である。OUMというのは、もともとECD Ovonicsが開発したメモリ技術だ(ECD Ovonicsの「OUMに関する情報ページ」)。現在、この技術を製品化するためにECDとIntelなどが共同でOvonyx社を設立して、開発を行っている。今回のISSCCにIntelが提出した論文も、Ovonyx社との共同名義となっている(Ovonyxの「OUMに関する情報ページ」)。

 「メモリ」といった瞬間にアナリストはソッポを向き、この先を読んでくれないかもしれない。「メモリのような不採算事業は、早急に切り捨てるべきだ」と聞こえてきそうだ。でも待ってくれ、確かにひどい市況の半導体の中でも、メモリはさらにひどい状態が続いているが、メモリの需要がなくなったわけではない。メモリといえば、以前はDRAMなどのPC向け汎用品主体だったが、市場は新しい特色のあるメモリを求めている。例えば、同じDRAM系統の技術でもFCRAM*1などは非常に良いポジションを占めている(富士通の「FCRAMの技術概要」)。汎用DRAMに比べて、特色があるため、相当高い価格で販売しているようだ。こうした新しいメモリの登場によって、新しい市場が生まれ、世界が一変する可能性さえもある。不採算事業が、花形事業になることだってあるかもしれない。

*1 高速サイクルRAM(Fast Cycle RAM)。ランダム・アクセス速度が従来のDRAMに対して1/4程度の20nsと短いメモリで、富士通が開発した。携帯電話などでSRAM的に利用できるDRAMとして注目を集めている。


 IntelのOUM、日本語で「相変化メモリ」と呼ばれる技術も、そうした特色のある高い価格で販売できる可能性があるものだ。OUMは、CD-RWでも利用されている相変化膜を記憶素子に使う技術で、相変化膜がアモルファス状態にあるか、多結晶状態にあるかで、0と1を記憶する。CD-RWの場合は、高い出力のレーザーで局所的に加熱し、アモルファス状態や多結晶状態を作ることで書き込みを行う。これにより、レーザーを照射したときの反射率が変わるので、弱い出力のレーザーで反射率の変化を読み取ればよい。OUMの場合、書き込みは電流パルスで局所的に加熱することで行い、読み出しは状態の変化による電気抵抗値の変化を検出して行うという点が異なる。

OUMの構造 OUMの構造
OUMは図のように書き込み/読み出しにダイオードを使うため、シンプルな回路構成となる。フラッシュメモリは、ダイオードより大きいトランジスタを使用しているので、将来的にOUMはフラッシュメモリよりも高密度に実装できる可能性がある。書き込み時間や書き換え可能な回数のほか、この点でもOUMは有利だ。

 このメモリの売りは、不揮発性(電源を切っても記憶している内容が消えないこと)だ。ただ不揮発というだけでは、現在普及しているフラッシュメモリと同様になってしまう。しかし、OUMがフラッシュに比べて有利なのは、書き込み時間が速くて、書き換え可能な回数も格段に多くできそうなことだ。

ISSCCで発表したOUMのサンプル ISSCCで発表したOUMのサンプル
0.18μmプロセスで容量4Mbitsのチップを開発したという。今後、0.13μmプロセスに移行するなどして、より大容量の製品を開発していくようだ。

 まず、書き込み時間の速さは重要である。フラッシュメモリの場合、ブロックでまとめて消して、その後に個別に書き込んでいく。このプロセスは人間にとっては短い時間だがプロセッサにとってはとても長い時間で、書き換え制御のためのプログラムの介在が必須となる。そのためフラッシュメモリは、一応書き換え可能なメモリなのにRAMとは呼ばない。ところがOUMは、速度的にはRAMとしても利用可能な書き換え性能が実現可能だ。そのため、PCのメイン・メモリとしては使えないかもしれないが、組み込み用途や携帯電話などでは十分にメイン・メモリとしても利用できる可能性がある。

 また、フラッシュメモリの書き込み可能な回数はそう多くなく、頻繁に書き換えるような用途には向かない。頻繁に書き換えていると十万回程度で不具合が生じてくる。データ・ストレージなどで使っているフラッシュメモリでは、同じファイルを書き換えるような操作をしても実は同じところを書き換えないで、各セル(メモリ内部にある記憶素子の最小単位)をなるべく平均的に書き換えるようにファイルシステムのソフトウェアで制御しているようだ。OUMならば、そのような制限はなくなるだろう。

 こういう優れた特性があるので、OUMは使い道が広がるかもしれない。それにフラッシュメモリは、原理的に書き込みのためにある程度の高電圧が必要で、低電圧動作化が難しいのに比べ、OUMは低電圧で動作できそうなところも、急速に進んでいる携帯機器の低電圧化を考えれば有利に働きそうだ。ISSCCでIntelは、このOUMを0.18μmプロセスを使って、4Mbitsという容量のチップを作ったと発表した。いまのところ容量だけを見れば、まだまだ物足りないが、もう少し大容量になれば十分に組み込み用途で使えるレンジに入る。今回の発表は、実用化が近いところまで来ていることを示した、といえるだろう。

OUMに対抗する不揮発メモリ技術

 OUMはIntelが担いでいるだけあって目立つし、有力そうに見える。しかし、OUMに対抗する技術も出てきている。OUMがCD-RW技術に似た素材を使うのに対して、ハードディスクでも使われるTMR(Tunneling Magneto Resistive:薄い絶縁物の層を磁性体で挟んだもの)技術をベースにしているMRAM(Magnetic RAM)である。こちらは記憶を磁気で行う。半導体スイッチの上に、ビット記憶のための細かいハードディスクが並んでいるようなイメージだ。こちらもOUMと同様、不揮発で書き換え可能な回数が多く、書き換え速度も速いという特徴を持っている。MRAMは、IBMを筆頭に日米の数社が取り組んでいるが、「OUMの方が集積度を高めやすい」というのがIntelの主張だ。

 いずれにせよ新しいメモリは実用になるまで時間がかかる。特に新しい「材料」を使う技術は、原理的に優れていても、量産性が駄目だったり、信頼性が駄目だったりしてなかなか実用にならないものだ。実用化に時間がかかり過ぎれば、立ち上がらずに終わる可能性だってある。実際、実用化では一応先行したものの、やはりいろいろな問題が立ちはだかって、商売になっていないFeRAM(Ferroelectric RAM:強誘電体メモリ)もある。もちろん、何かブレーク・スルーがあればFeRAMもニッチなところから一気に主役になるかもしれないポテンシャルを持っている。フラッシュメモリがこのまま残るのか、それとも新顔が一気に市場を席巻するのか、次世代の不揮発メモリの主役はどの技術になるのだろうか。メモリは一気に代替わりするだけに、新技術とともに、それを担いでいる会社の命運もかかっているといえる。この分野は、プロセッサなどに比べると地味だが、見逃せないものがある。

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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