どこもかしこも「無線」がブーム。半導体業界も例外ではない。UWBに無線LAN、無線タグ、GPSなど半導体業界が注目する無線関連規格についてまとめる。
このところの半導体業界のトレンドは、無線に集中している。猫も杓子も「無線」「無線」と唱える様は、一昔前のIEEE 1394やUSBなどの高速シリアル・インターフェイスに群がった状態に輪をかけたような感じだ。実際、商売の見通しも大きい。あちらこちらで声高らかにいわれる言葉を引用すれば、「モバイル」が「ユビキタス」になるのである。「モバイル」なら持ち運ぶだけだが、「ユビキタス」ならどこでも何にでも繋がらなければならないのであるからして、半導体の需要も莫大になる。無線のお陰で本当に「猫や杓子」にも半導体が必要になるかもしれないのだ。
かつてラヂオ少年にあこがれながら挫折し、いつのまにかパソコン・オタクからプロセッサ設計者になってしまった筆者などが、無線について書くなどおこがましい限りである。だが現実は、いまや半導体業界に従事していれば否応なく無線に巻き込まれてしまう状態だ。目を背けてもいられない。今回は、無線について語ろう。
高い周波数のところから見て行こう。何せいま一番注目されているのがUWB(ウルトラ・ワイド・バンド)という高周波数帯を多用する技術だからだ。もともとは米軍の技術だったものを2002年に米国で民間へ転用することが許可されて、一気に注目の技術となった(日本でもUWBを許可する方向で総務省が検討している)。この技術は、一般の無線伝送とかなり異なるもので、搬送波を使わずにナノ/ピコで測るようなパルスでデジタル・データを伝送するのが特徴だ。数GHzから数十GHzといった非常に広い周波数帯を用いて、微弱な電波としてパルスが伝送される。軍用としては、微弱な電波でデータが伝送されるため、敵から発信位置を見つけにくいというメリットがあるようだ。民用としては、逆にノイズが多い場所でも幅広い周波数帯を利用することで、データの伝送が可能になるというメリットがある。
もともとLSIの内部では数ナノ、数百ピコといったパルスでロジックが動いているのだから、その信号が配線を突き抜けて空中を伝播するようなイメージといえばいいだろう。用途もまさにPCと周辺装置などの間の配線の置き換えが考えられている。
UWBは、パルスがそのままデータを意味するので、搬送波を送り続けるような無駄な電気を消費しない。また非常に狭いパルスであるから当然伝送速度も速いと利点が喧伝されている。Intelを筆頭に各メーカーがこの技術の実用化に走っているが、現在はこの標準化を議論しているところで、まだ数十もの方式が比較検討されている段階だ。何せ「ウルトラ・ワイド・バンド」といって非常に広い周波数帯を使ってしまうから、いくら出力が小さいとはいっても、ほかの通信に影響を与える可能性もある。IEEE 802.11aといった無線LANが利用する5GHz帯周辺は避ける工夫がなされる見込みだ。しかし、みんな実用化を急ぎたい思惑は一致しているようで、それほど時間をおかずに標準化され、ブレイクするものと思われる。
次の注目は、その5GHz帯のIEEE 802.11aと2.4GHz帯のIEEE 802.11gの2つの無線LAN技術である。どちらも、現在主流のIEEE 802.11bの後継として激しく争っている状態だ。伝送速度や到達距離などでほぼ互角、しかし普及しているIEEE 802.11bとの互換性でIEEE 802.11gが有利という見方が多かった。さらに、Appleの強烈な支持もあってIEEE 802.11gで決まりという雰囲気さえあった。
だがIEEE 801.11bとの互換性は、それこそIEEE 802.11bを混載して両方サポートすればよいという割切りで、このところIEEE 802.11a陣営の巻き返しも激しい。IEEE 802.11aとIEEE 802.11bを混載すれば、周波数帯が異なるから、変にIEEE 802.11bに足を引っ張られて伝送速度が遅くなるというようなことがない(IEEE 802.11gは同じ周波数帯を利用するため、IEEE 802.11bとIEEE 802.11gの混在環境では伝送速度が遅くなってしまう)。また、IEEE 802.11aは伝送範囲が狭いという欠点は見えているのだが、それが逆によいのだという話もある。IEEE 802.11aは、見通しのよい体育館のような空間であればIEEE 802.11gに近い距離まで到達するようだが、壁があるとその先には届きにくい。これがIEEE 802.11bやIEEE 802.11gだと壁をとおり抜けたり、回り込んだりして、屋外にもけっこう届いてしまう。現行のIEEE 802.11bのセキュリティが弱いのは周知の話で、それが壁の外まで届くのだからビルの外から無線LANを介してネットワークへ進入することは難しくない。当然、IEEE 802.11gもIEEE 802.11aもセキュリティを強化しているのだが、物理的に室外に届きにくければ、傍受してセキュリティを破られる心配は格段に低くなる。それでIEEE 802.11aがいいという話が出てくる。
それにしても、IEEE 802.11gの標準化は公式に完了していないのに見切りでどんどん製品が出ている。昨今は競争が激しいので標準化される前に製品が出てしまうようなことがママあるが、これが結構後で細かな接続性の問題を起こしたりするので厄介だ。
2.4GHz帯は、利用者が無線免許を取得しなくても使えるISM(Industry Science Medical)バンドであるためか、無線LAN以外にも応用がひしめいている。代表はいわずと知れたBluetoothである。ようやく搭載するPCや携帯電話も増えて離陸しかけているBluetoothだが、応用はまだまだである。PCと携帯電話の接続にとどまらず、ヘッドフォンやマイクなどのケーブル代わりとしての用途が一般的になると市場はさらに増えるだろう。
ほかにも2.4GHz帯には無線タグ(RF-TAG)の一部も入っている。RF-TAGやRF-IDという分野は一般にはそれほど注目されていないが、半導体業界の中での注目度は高い。例えば商品の値札やバーコードなどの代わりに半導体を使うことで、無線を使ってデータが読み取れるため、広い範囲の物流に大きなインパクトがある。値札や伝票などに採用されれば、それこそ膨大な量が使われているはずで、その総量は想像もできないほどだ。この分野では数億個といった潜在需要がごろごろしているらしい。量には目がない半導体業界のこと、見逃すはずがない市場である。
ただ、非常にいろいろな仕様の製品が急速に実用化されており、周波数帯も2.4GHzから数百MHz帯に幾つか、13.5MHz帯から長波といろいろある。あまりにもいろいろな分野で使われて始めているため、統一規格というようなものも作れないのがこの分野の特徴だ。いわゆるRF-IDの代表であるバーコードの置き換え狙いでも、米国MIT主導の「AutoIDセンター」と、ご存じトロンで有名な東京大学の坂村健教授が立ち上げた「ユビキタスIDセンター」の2団体が存在しており、戦国時代の様相である。ほかにJR東日本のプリペイドICカード「Suica(スイカ)」の成功で気をよくしているFelica陣営など非接触カード市場との線引きもアイマイで、いまのところ何でもありの状態だ(ソニーの「Felicaの紹介ページ」)。もちろん、単なる一方向のIDの伝送だけでなく、データ送受信や蓄積、表示などいろいろと派生形が考えられ、実際に動いているのもこの分野の特徴だ。そうなってくるとTAGというより、いままでスタンドアロンであった(そういういい方は適切でないかもしれない)家電製品とか、日用品、部品の類をネットワークに接続するポイントと捉えるべきかもしれない。それこそ対象にはペットから人間も入りうる(実際に米国では、人間に埋め込むRF-TAGの会社がある)。
そういったパーソナル・ネットワークで台風の目になりそうなのが、ZigBee(ジグビー)という規格だ。現在、Honeywell、Invensys、三菱電機、Motorola、Philips Electronicsがプロモータとして名を連ねるZigBeeアライアンスで規格化が行われている(ZigBee Allianceのホームページ)。現在考えられているZigBeeの伝送速度は、最高で250Kbits/sとBluetoothに劣るが、何せコストが安く、消費電力が少ないので何でもネットワークにつなごうという発想には持ってこいだ。けれど、つないで何をするかが問題なのは、ほかの無線技術と変わらない。
もっと低い周波数帯にも無線の用途はある。代表がRCC(電波時計)である。ホームセンターなどの量販店へ行って目覚まし時計のコーナーに行けば、電波時計がいっぱい並んでいるはずだ。日本の場合、福島の60kHzと佐賀の40kHzという2つの局から電波が出力されており、電波時計はこれを受信して時刻を合わせている。もちろん電波時計内にもクオーツは入っているのだが、局から出ている電波は原子時計に合わせているので超正確である。局から発信される信号には時間だけでなく日付の情報もエンコードされているので、電池さえ入れれば時刻合わせは一切不要である。これも技術開発が進んでおり、以前は長さが7〜8cmもあるようなコイル・アンテナを内蔵していたものが、このごろでは腕時計にも入るような大きさのアンテナで受信可能になってきている。
同じ電波で時間を送っているものとしてGPSがある。GPSは、カーナビゲーション・システムなどで位置情報を取得するのに利用されているが、その仕組みは複数の衛星から送られてくる信号の差を用いて、緯度経度を計算するというもの。前出のRCCは1秒数ビットの遅い伝送速度の信号をデコードするので4bit CPUで十分だが、GPSは高速演算が必須で32bit CPUが必要になる。また、GPSの電波は衛星から送る必要があるため、必然的に周波数は高くなる。カーナビゲーション・システムに使うのは平和でよいが、これももともとは軍事技術で、ミサイルを誘導するためなどに開発されたものである。
ここで挙げた無線技術以外にも、携帯電話にやデジタル地上波テレビなど、無線なくして商売が成り立たたなくなっているのが現在の半導体業界なのだ。しかし、電波は有限な「資源」である。すばらしい無線技術や用途が登場しても、空いている周波数帯がない、という事態が起きないとも限らない。当分は、その有効活用法が課題となるだろうし、もう少し議論が必要かもしれない。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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