第35回 AMDの64bit拡張に見るアーキテクチャの発散を考える頭脳放談

AMDからIntelとは異なる64bitアーキテクチャを採用した「AMD Opteron」が発表された。こうしたx86アーキテクチャの発散がもたらす意味について考える。

» 2003年05月01日 05時00分 公開
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AMD初の64bitプロセッサ「AMD Opteron」 AMD初の64bitプロセッサ「AMD Opteron」
IntelのItaniumプロセッサ・ファミリとは異なる独自の64bitアーキテクチャを採用したAMD Opteron。IBMがAMD Opteronの採用を発表するなど、幸先のよいスタートとなっている。

 2003年4月22日、AMDから待望の新しい64bitアーキテクチャを採用したプロセッサ「AMD Opteron(オプティオン)」が正式発表・出荷となった)(日本AMDの「AMD Opteronの発表に関するユースリリース」)。Opteronというブランド名が発表されたのが、2002年4月25日だからちょうど1年前ということになる。この1年間、AMDはAMD Opteronの情報を小出しにしながら、着々と製品化に向けて作業していたことになる。

 AMDの64bitアーキテクチャ*1については、「第17回 AMDのHammerは64bitの夢を見るか」で取り上げているが、ここに来てようやく製品が量産になったようだ。前回取り上げたときは、ちょうど米国の同時多発テロ(9.11テロ)の後で、厳戒下のマイクロアーキテクチャのアナウンスをベースにしたものであった。今回は、イラク戦争に加えてSARS(重症急性呼吸器症候群)での厳戒下である。半導体業界のビジネスマンは、みんな出張を自粛している中での製品発表となってしまった。偶然とはいえ、この新しいアーキテクチャはどうも巡り合わせが良くないようだ。

*1 AMDでは、以前「x86-64テクノロジ」と呼んでいた独自の64bitアーキテクチャをAMD Opteronの出荷に合わせて「AMD64」と名称を変更している。


アーキテクチャの発散がもたらす危険性

 前回はアーキテクチャを概観して、AMDの拡張の仕方を「リーズナブルな方向だ」と結論付けた。繰り返しになるので詳しくは述べないが、AMDのアーキテクチャの拡張方法は、Intelがx86を16bitから32bitへ拡張したときのやり方を踏襲したような、ある意味でx86の特質を素直に受け入れたものである。かつてx86アーキテクチャの拡張を試みた経験のある筆者としては、自分が64bit拡張を実装するとしたら似た方法を考えるだろう、という点で共感が持てた。それはいまでも変っていない。ただ、AMDの拡張が広く受け入れられれば受け入れられるほどx86(Intel的にいえばIA-32)アーキテクチャの解体が進むだろうと思ってしまう。

 だいたいアーキテクチャは、一元管理すべきものなのである。コントロールせず、局面局面の用途に応じて勝手に拡張していると求心力を失ってくる。その一例が日立製作所が開発したSH(SuperH)だ。SH-4とSH-5をIP(Intellectual Property:LSIの設計資産)としてライセンスするIP会社のSuperH, Inc.と、SH-1からSH-3までを所有し、SH-3DSPの拡張であるSH-Mobileを推進しているルネサス テクノロジとに2分されてしまい、SH全体としてはどこに向かうのかよく分からない状態になってしまった。SHの場合、64bit拡張はSuperH側にあり、32bitの基本とDSP拡張はルネサス テクノロジにある。SuperH, Inc.は日立製作所とSTMicroelectronicsの合弁、ルネサス テクノロジは日立製作所と三菱電機の合弁と、両社とも日立製作所を親会社としているものの直接の親子関係はない。一応の連携はあると思われるが、下手をすると64itの方は立ち枯れの危険もあるのではないかと感じている。

 その点64bit化では、はるかに先行し、いろいろな拡張が行われ、シリーズが増えてしまい混乱状態にあったMIPSは、いち早くアーキテクチャの整理統合を済ませている。R4000当時、すでに64bit化していたのだが、現在主力の4K(32bitコア)シリーズのIPは、OSなどの互換性のために64bitの一部仕様を盛り込んでいるものの、「MIPS32」と呼ばれる32bitに最適化されたアーキテクチャに従っている。5Kシリーズ以上は、MIPS32を包含する64bitアーキテクチャの「MIPS64」に仕様を統一することで、大きく2つの系統に整理した。MIPSの場合は、アーキテクチャというものに対する見識からフィードバックが働いたと見ていいだろう。

AMDの64bit拡張の可能性

 x86の場合、法的問題もあり、ある時点からAMDがIntelの拡張をそのまま実装できなくなっていたので、アーキテクチャの分化はすでに進行中の事実であった。しかし、いままでは「カプセル化」できるような修飾部分であったので目立たなかっただけなのである。AMDの64bit拡張(AMD64)は、この事実を決定的にするかもしれない。あるいは筆者が以前に手がけた拡張のように普及しなければ、系統樹の枝が一本絶滅して、本筋は一元化することになる。もし普及しなかった場合、それはAMDの終えんを意味してしまうかもしれない。

 64bit拡張はサーバにも使える技術なのだが、デスクトップPCにも大いに期待できる技術だと思っている。実質的にはビデオ・データ処理など中心に32bitアーキテクチャのアドレシング能力である4Gbytesをとうに超えてしまっている。数Gbytesのメイン・メモリを搭載することも可能になった現状を考えれば、アドレシング能力にせよ、バンド幅にせよ、早急かつ量的にもかなり強化する必要がある。AMDの64bit拡張を使えば、サーバ・クラスからデスクトップ・クラスまで同一のアーキテクチャでうまくカバーでる可能性がでてくる。過去、AMDは出荷数が多い「メインストリーム」のデスクトップPC向けを中心に開発するという基本方針を貫いてきたこととも矛盾しない。つまり、これまでの流れからすれば芽のある拡張方法だといえるわけだ。

テクノロジ・ドライブはデスクトップPCからユビキタスへ

 だが、ここに一番の問題点がある。これまでは「デスクトップPC」こそが「テクノロジ・ドライバ」であったということだ。グラフィックス機能やメモリ、チップセットといった主要コンポーネンツはもちろんのこと、USBIEEE 1394といったインターフェイス、各種のマルチメディア・コーデックといった最新の技術は、まずデスクトップPCに適用することを考えて開発されてきたのである。プロセッサ・コア自体も例外ではない。確かにサーバにも高性能で価格の高いプロセッサが使われてきたが、実際はデスクトップPC向けに開発したコアをベースに、サーバ向けにチューニングし、構成を変更しただけのもの、ともいえるからだ。

 デスクトップPCがサーバのミニチュア版にインターフェイスを付けたものになるのが悪いという気は毛頭ない。ここでいいたいのは、デスクトップPCというものが産業のテクノロジ・ドライバとしての地位を急速に失いつつある、ということだ。不景気やPC単価の下落といった要因によって、頭打ちのPC市場の中で、最もその存在価値を失ってコモディティ(日常品)化がはなはだしいのがデスクトップPCだからだ。かといって、これからはサーバの時代だという気もない。サーバ−クライアント・モデルは確かに有効なので、ネットワークとともに「サーバ」は増え続けるのだろうが、昔風のセンター・マシンとしてのいわゆる「サーバ」を想像してもいけない。家庭でビデオを録画再生するためのホーム・サーバから、手の平に乗るようなモバイル・サーバまで、サーバ・ルームに「鎮座まします」という形容に似つかわしくない、いろいろな形状のサーバが増えてきそうだからだ。それでもサーバであるからには、大きなデータを扱うことには変わりはない。パーソナルなトラフィックを扱うので、定常的に負荷がかからないだけである。

 いまやテクノロジ・ドライバは、「モバイル」というより「ユビキタス」の方へと急速にシフトしつつある。いままでのデスクトップPCからノートPC、そしてモバイルPCへと、新技術は順次展開されてきたが、この動きが逆転しつつあるのだ。サーバもデスクトップPCもユビキタスを支えるインフラの一部にしか過ぎなくなりつつある。ユビキタスの広大な生存空間の中で、どれだけの空間を占有できそうかという点で、昔風のサーバやデスクトップPCは「じっぱひとからげ」の範疇として括られてしまうような存在になりつつあるのだ。

 AMDの64bit拡張は、その相対的に地盤沈下したセグメントの中では、成功を収める潜在的なポテンシャルはある。しかし、かつては関連業界全体にとって大きな1歩であったx86のアーキテクチャ拡張が、極めて局所的な意味しかないものになってしまった感がある。だからこそAMDの拡張がある程度普及するかもしれない、というのはあまりにも逆説的か?

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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