第16回 信頼性のある通信を実現するTCPプロトコル(3)基礎から学ぶWindowsネットワーク(2/4 ページ)

» 2004年02月13日 00時00分 公開

TCPオプションとは?

 TCP接続のオープン処理では、その接続(コネクション)に関する特別な設定を指定することができる。これを「オプション」といい、通常はTCP接続の送信側が受信側に対して提示するパラメータである。TCP接続は双方向なので、オプション指定は、双方から送信されることになる(それぞれから送信されるオプション設定が異なっていてもよい)。

 TCP接続のオプション指定は、「オプション」という名前のとおり、場合によっては存在しない場合もあるし、通信相手とのネゴシエーション(折衝)の結果によっては受け付けられないこともある。また、オプション指定はTCPの接続ごとに個別に設定されるものなので、同じマシン同士でTCP接続を確立しても、常に以前と同じオプション設定が使われるというものでもない(だがたいていの場合は、あるマシンから送信されるTCPオプションはほとんど常に同じである)。

TCPオプションの種類と構造

 TCPのオプションは、TCPのヘッダ中にある「オプション」フィールドを使って送信される(フィールドの構造については前回の「連載第15回―1.TCPパケットの構造」の冒頭の図を参照)。

 オプションは、常に32bit(4bytes)幅になるようにしてTCPヘッダ中に埋め込まれる(TCPヘッダは32bit単位で可変長になっているため)。具体的なオプションとしては、以下のようなものがあるが、ここでは、代表的なオプションについて、その構造と意味を解説しておこう。

種別 意味
0 オプションの終了。TCPオプション・リストの終了を表す
1 NO-OP(NO-OPeration)。特別な意味を持たず、32bit単位にそろえるために1〜3個利用される
2 MSS(最大セグメント・サイズ)。受信可能な最大セグメント・サイズを表す
3 ウィンドウ・スケール。64Kbytesよりも大きなウィンドウ・サイズを表すために利用される。RFC1323で定義されている
4 選択的受信確認(Selective Acknowledgment=SACKという)。受信確認の応答アルゴリズムを最適化するために利用される。連続した領域でなく、部分的にACKを返すことにより、無駄な再送を防ぎ、転送効率を向上させることができる。RFC2018で定義されている
5 TCPタイムスタンプ。パケット中にタイムスタンプ(送信時間)情報を埋め込むために利用される。タイムスタンプ情報からパケットの往復時間(Round Trip Time)を計測し、TCPの再送タイマ・アルゴリズムの最適化を行う
オプションの種別とその意味
オプション種別は8bitの数値で表す。現在のIPv4ではこれらのオプションが定義されているが、3以降は初期のTCP規格には含まれていない拡張仕様である。そのため、これらのオプションを使用しても(送信しても)、受信側がそれを了承するかどうかは分からない。

「オプション終了」と「NO-OP」オプション

 この2つのオプションは非常に単純なのでまとめて解説しておく。

 オプション終了は、オプション・リストが終了することを表す。TCPオプションは、1つのTCPヘッダ中に連続して複数並べることにより、同時に何個も利用することができる。そのオプション・リストが終了して、もう後続のオプションが存在しないことを表すのが、このオプション終了である。ただし、わざわざこのオプションを使わなくても、オプション部分の長さはTCPのヘッダ長フィールドから計算することができるので、使われることはない。

 具体的なオプションのビット・パターンを以下に示す。

「オプション終了」と「NO-OP」オプションの構造
いずれも1byte長のオプションであり、それぞれ整数で0と1というオプション・コードを持っている。実際にはNO-OPオプションの方だけが利用される。

 NO-OP(No Operation)は、何もしないという意味のオプションである。実際には、オプション・フィールドの総サイズがちょうど32bit(4bytes)の倍数になるように、必要なだけ(1〜3個)、このNO-OPオプションを詰め込む。

「MSS(最大セグメント・サイズ)」オプション

 MSS(Maximum Segment Size。最大セグメント・サイズ)は、受信可能なセグメントの最大サイズを通信相手に通知するためのオプションである。具体的には、次のような4bytes長のオプションであり、現実のTCPのオープン時(SYNパケットの送信時)において、ほとんど必ず使用されているTCPオプションである。

「MSS」オプションの構造
MSSは最大セグメント・サイズを相手に通知するためのオプションである。オプション長は、このMSSオプション全体の長さ(4bytes)を表している。セグメント・サイズには16bitの数値がセットされる。

 「セグメント」とは、TCPにおけるデータの送信単位である。TCPは、IPパケット上に構築されているプロトコルであるため、1つのTCPパケットで最大64Kbytesまでのデータ(ただしウィンドウ・サイズよりも小さいサイズ)を一度に送信することが可能である。だが実際には、TCPではセグメントというサイズごとに区切ってデータを送信している。そして、その許容される最大のセグメント・サイズを「MSS(最大セグメント・サイズ)」という。

 TCPとIP、そしてイーサネットのパケット長の関係を図にすると、次のようになる。

TCPパケットと最大セグメント・サイズ
1つのTCPパケットで、IPフラグメントを発生させずに送信可能なデータ量の最大サイズをMSS(Maximum Segment Size。最大セグメント・サイズ)という。例えばイーサネットでは、最大1500bytesのデータを送信できるので(ローカルのLAN上のネットワークを想定。PPPoEなどの場合はもっと小さくなる)、ここからIPヘッダの最小サイズ20bytesとTCPヘッダの最小サイズ20bytesを減算すると、MSSは1460bytesとなる。もしIPルーティング経路の途中に、さらに小さなMTU(最大転送サイズ)のネットワークが存在すると、MSSはもっと小さくしなければならない。

 すでに述べてきたように、IPパケットでは最大64Kbytes(ただしIPヘッダの部分は除く)までのパケットを送信することができる。だが、その下にある物理的なネットワークの制約によって、実際にはもっと小さなサイズのパケットしか送信することができない。

 例えばイーサネットでは、一度に送信できるデータは最大1500bytes(最小は46bytes)までとなっている。IPヘッダの標準的なサイズは20bytesなので、IPパケットで送信するデータのサイズが1480bytesを超えると、イーサネット上ではIPフラグメンテーションが必要になる(「連載第10回―IPパケットの構造とIPフラグメンテーション」参照)。

 IPフラグメンテーションが発生すると、IPパケットのフラグメンテーション(分割)と再構成が必要となり、若干のオーバーヘッドが生じる。このIPパケットの分割と再構成に似た操作は、TCP層におけるウィンドウ制御でも行われるため、2つの層で行うと効率がよくない。またIP層における分割と再構成は、すべてのIPフラグメント(分割された各IPパケットの断片)がそろわないと完成しないが、TCP層におけるウィンドウ制御では、部分的なTCPパケットであっても正常な受信と見なすことができ、処理を先へ進めることができる。TCPではウィンドウの先頭の方のパケットから順番にまとめて受信確認を返信するため、送信されたTCPパケットがすべてそろわなくても、先頭からいくつかが連続していればそれでよいからである。

 以上のようなIP層とTCP層の特性を考えると、なるべくIP層でのフラグメントを避け、TCP層で処理した方が望ましいことが分かるだろう。例えば2Kbytesのデータを送信したい場合、1つのTCPパケットで送信するか(この場合はIPフラグメンテーションが発生する)、それともあらかじめ小さく分割した2つのTCPパケット(IPフラグメンテーションなしに、2つの独立したIPパケットが生成される)を送信するかという、2つの方法が考えられる。後者では、部分的に先に受信確認(ACK)を返信できるので、1パケット受け取るごとに処理を進めることができる。また、いずれかのパケットが喪失したような場合でも、前者では全IPパケットの再送が必要になるが、後者では欠落した部分だけ再送すればよい。

 このような事情があるため、TCPの送信処理においては、なるべくIPフラグメンテーションが発生しないような工夫が行われている。それが「MSS(最大セグメント・サイズ)」オプションの使用である。MSSとは、上の図「TCPパケットと最大セグメント・サイズ」から分かるように、IPフラグメンテーションなしに送受信可能な最大のTCPデータ・サイズのことを指す。ローカルのイーサネット・ネットワーク上のケースで考えると、MSSは1460bytesとなる。この値は、イーサネットの1パケットで送信可能な最大データ・サイズ1500bytesから、IPヘッダの最小サイズ20bytesとTCPヘッダの最小サイズ20bytesを引いたものである。ただしPPPoEのようなプロトコルの場合は、PPPoEヘッダのために何bytesか必要になるのでさらにMSSは小さくなるが、それについてはここでは触れない。

 MSSのサイズが分かると、TCPデータを送信する側では、常にこのサイズ以下になるようにデータを分割して送信することができる(UDPの場合はIPフラグメンテーションは気にせず、より大きなサイズで送信するのが一般的である。UDPの場合は上位層での再送処理などがないからだ)。こうすれば、無用なIPフラグメンテーションを起こすことなく、常に最大の効率でパケットを送信することができる。このMSSサイズを通知するのが、TCPのMSSオプションである。ただしMSSオプションが使われない場合は、送信側は任意のセグメント・サイズで送信することになるので、IPフラグメンテーションが発生する可能性がある。

ウィンドウ・サイズとMSSの関係

 ここで、ウィンドウ・サイズとMSSの関係について少し補足しておこう。

 TCPでは、MSSのサイズごとにデータを区切って送信すると述べた。となると、最も効率よくデータを送信するためには、ウィンドウ・サイズをMSSの整数倍にするのが望ましいと考えられる。

 次の図を見ていただきたい。

ウィンドウ・サイズとMSS
ウィンドウ・サイズがMSSの整数倍ならば、MSSと同じサイズのパケットを送信することができるので、ネットワークの利用効率が最大になる。

 ウィンドウ・サイズとは、受信確認なしに受け取ることができる、最大の受信可能容量である。ウィンドウ・サイズがMSSの整数倍になっていれば、最も大きなセグメント・サイズばかりでウィンドウをいっぱいにすることができる。だが整数倍でなければ、最後のセグメントはMSSのサイズよりも小さなパケットにしなければならない。これではネットワークの効率を最大限に生かすことができない(パケットが小さいとヘッダなどの占めるサイズが相対的に大きくなり、帯域を最大限に利用できなくなる)。

 このような事情があるため、TCP/IPにおけるチューニングでは、「ウィンドウ・サイズはMSSの整数倍にする」のが望ましいとされている。例えばMSSが1460bytesなら(これはローカルのイーサネットの場合。PPPoEなどが使われている場合はもっと小さい値になる)、ウィンドウ・サイズはその44倍である64,240bytesといった値にすればよい(TCPの標準仕様では、ウィンドウ・サイズは64Kbytesまでなので、44倍というのはその最大値に一番近い値である)。ただしむやみに大きくしても必要となるメモリが増えたり、質の悪いネットワーク回線では再送処理に伴うオーバーヘッドなどが増える可能性があるので、常にこの値がよいというわけではなく、ネットワークの環境に応じて適宜変更する必要がある。Windows OSにおけるウィンドウ・サイズは、TCP/IPプロトコル・スタックのレジストリ「TcpWindowSize」や「GlobalMaxTcpWindowSize」の設定に基づいて決定される。デフォルトでは16Kbytes程度になっている(実際の値は、16KbytesをMSSの整数倍になるように切り上げて計算される)。詳細についてはマイクロソフトの技術情報「Microsoft Windows 2000 TCP/IP 実装詳細」などを参考にしていただきたい。

「ウィンドウ・スケール」オプション

 ウィンドウ・スケール・オプションは、TCPの標準規格(当初の規格)の制限で、最大64Kbytesとなっているウィンドウ・サイズをより大きくするために利用されるオプションである。TCPヘッダの構造を見れば分かるように(「連載第15回―1.TCPパケットの構造」の冒頭の図参照)、TCPのウィンドウ・サイズは常に16bitの2進数で表されることになっている。つまり最大値は65,535bytesまでとなっている。

 だが高速なネットワーク媒体ではこれでは不十分なので(「連載第14回―1.信頼性のある通信を実現するための仕組み」にあるRTTの説明を参照)、より大きなウィンドウ・サイズをサポートするためにこのオプションが新しく定義された。ただしTCP/IPのプロトコル・スタックによってはこのオプションは実装されていない場合もある。その場合はこのオプション要求は無視される。

ウィンドウ・スケール・オプション
シフト・カウントは標準の「ウィンドウ・サイズ」を左へ何bitシフトするかを表す数値。0〜14が有効。1ならば、現在のウィンドウ・サイズを左へ1bitシフトし、値を2倍にする。14ならば2の14乗で、16384倍することになる。

 このオプションは、TCPヘッダ中にある元の「ウィンドウ・オプション」という16bitの数値に対して、(2進数で数えて)左へ何bitシフトするかということを表している。例えばシフト・カウントの値が2ならば、16bitのウィンドウ・オプションの数値を左へ2bit(×4倍)して、最大値を64Kbytes×4=256Kbytesにするという意味になる。これにより、非常に大きなウィンドウ・サイズまでサポートすることができる。

  10進数表記 2進数表記
元の数値 64,240 1111_1010_1111_0000
シフト・カウント 2 0000_0010
結果 256,960 11_1110_1011_1100_0000
シフト・カウントの計算例
シフト・カウントは、2進数で表現した場合に、何bit左シフトするかを表す。例えばウィンドウ・サイズ・フィールドの値が64,240bytesで、シフト・カウントが2ならば、最終的なウィンドウ・サイズは×4倍して、256,960bytesとなる。

  

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