プロジェクトによっては、初めから予算とスコープがすでに決められていることも多い。その決定段階において現場が加わることが望ましいのだが、残念ながら現場のあずかり知らぬところで決められていることも多いのではないだろうか。そしてその場合には、実現不可能な低予算と広範なスコープという悲劇がもれなく付いてくることもまれではない。
このような場合、プロジェクトマネージャが取るべき対処法についてケースを通じて考えてみることにしよう。
今回の案件は、顧客の都合で予算の上限が2000万円と決められており、実現すべき機能も大枠固まっている。これは顧客と営業サイドではほぼ合意に達しているようだ。しかし、現場サイドで検証したところ50%の予算超過が予想される結果となった。そして、あなたの部署のマネージャ2人が対応策を考えることになった。
「この予算でこのスコープは厳しいなあ。とてもじゃないけど無理だよ」
「顧客と再交渉して予算上乗せかスコープを一部カットできれば一番望ましいので、その交渉をお願いできないか」
「それは無理です。できたら苦労はしません」
「どう少なく見ても設計までに10人月、開発テストを考えると30人月は必要だから最低3000万円は必要だよ」
「よし、どこまで下げられるか分からんが、開発の部分は安い協力会社を探して人件費を下げてみるか」
「これで2000万円を超えた分はメンバーの数を減らして、残ったメンバーに兼務という形で掛け持ちをお願いして頑張ってもらおう」
「2000万円で収まるかどうか分からんが、これでやってみるしかないな」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「この予算でこのスコープは厳しいなあ。とてもじゃないけど無理だよ」
「顧客と再交渉して予算上乗せかスコープを一部カットできれば一番望ましいので、その交渉をお願いできないか」
「それは無理です。できたら苦労はしません」
「開発サイドでできることは、開発の部分を協力会社に外注して人件費を下げることくらいだ。これでどこまで下がるか至急見積りを出すが、それでも2000万円は超えるだろう」
「その場合、納品する成果物(ドキュメント)を減らすことと顧客との役割見直しの交渉をお願いしたい。テストやマニュアル作成、データ移行など顧客サイドでできることを洗い出すので、それらを顧客側で担当してもらえれば2000万円で収まりそうだ」
「分かりました。よろしくお願いします」
この例では、コストを削減するための具体的な方法がいくつか挙げられている。スコープのカット、作業の外注化、納品成果物の簡素化、顧客との役割分担の見直し。これら以外にも、設計やテストを自動化するツールを活用して効率化したり、ペアプログラミングやアジャイルなどの開発手法を用いて生産性を向上させることでコスト削減を図っているプロジェクトもあろう。コスト削減の方法は、各プロジェクトやその組織によって実にさまざまであり、そのケースに応じた方策を考えればよい。
むしろここで重要なことは、
である。
上の例でいえば、矢見雲マネージャは、「2000万円で収まるかどうか分からんが、これでやってみるしかないな」といっているのに対して、出来杉マネージャは2000万円で収まるまで、いくつも方策を取っている点である。計画は、努力目標ではなくプロジェクトマネージャがコミットすべきものである。
実際には、組織の方針、関係部署や上司の意向など諸事情により無理難題を要求され仕方なく進めてしまうプロジェクトマネージャも中にはいるかもしれない。しかし、無理をして進めた結果、予算を大幅に超過するようなことになれば、必ず顧客、もしくは自分の会社(受注側)や一緒に働くプロジェクトメンバーにも多大な迷惑を掛けることになる。
もしコミットできない予算のままプロジェクトを進めようとしているならば、プロジェクトマネージャとしていま一度このことを自問してみる必要があるのではないか。プロジェクトの結果に責任を負うのはほかならぬわれわれプロジェクトマネージャであるのだから。
コストマネジメントは、精度の高いコスト見積もり同様に、プロジェクト期間を通じて予実を管理していくことが重要である。コストを変動させる要因には、要員の人件費、ハードウェア、ソフトウェアから要員のタクシー代や場合によってはプロジェクトスペースの賃料などの経費と、プロジェクトによってさまざまなものがある。しかし、メインとなる要因は人件費であろう。現在の体制ではリカバリーできない進ちょくの遅れや変更要件が発生した場合、要員を追加したいが追加すれば予算を超過してしまう。このような経験は多くのプロジェクトマネージャが経験しているのではないだろうか。
以下のケースを例にコストコントロールの勘所を考えてみたい。
上の図は、コスト支出計画であり、達成計画価値をグラフ化したものである。達成計画価値とはここでいえば、プロジェクト予算が400万円でプログラムは4本であるから1本当たり100万円の価値と置き換えることができる。従って、予定どおりプロジェクトが進めば1カ月目では、2本のプログラムが終了しているはずなので、その時点での達成計画価値は200万円になる予定ということを意味している。
1カ月目の時点でプロジェクトの進ちょく状況を見てみると、Aさんは予定していたプログラムを完了させたが、Bさんは半分しか終了していないことが分かった。この時点で、各数値は以下のようになる(図2を参照)。
ここで2人のマネージャの対応方法を見てみることにしよう。
「コスト支出は予定どおりであるが、残念ながらこれまで進ちょくに遅れが見られる」
「Bさんは環境に慣れるの時間がかかり進ちょくが遅れていたが、そろそろ環境にも慣れてきたので生産性も上がるだろう」
「AさんにもBさんのフォローを頼んでなんとか当初の計画どおりに2人で4本を終わらせることができるのではないかと考えている」
「来月は残業と休日出勤を覚悟しておいてほしい。大丈夫、君たちならできる。じゃあ、よろしく頼むよ」
実際のプロジェクトでは、人員交代によって引き継ぎや立ち上がりまでのラーニングカーブ、または交代要員を見つけるまでのリードタイムなども考慮する必要があり、このケースのように簡単にはいかない。しかし、ここでいいたいのは次の点である。
まず、「進ちょくの遅れはコスト超過と同義であること」を認識する必要がある。上の例で矢見雲マネージャは、「実際のコスト支出は予定どおり」としているが、進ちょくの遅れが発生している以上、実質コスト超過を意味していることは図3からもお分かりいただけるであろう。加えて重要なことは「現時点での完了予測」をたてることである。ここでいう現時点での完了予測とは、これまでの進ちょくのままいくとどうなるのかということであり、将来のキャッチアップを見越したものでは決してない。
そうすることで、図4のような策を講じることが可能となるのである。この意識がないと矢見雲マネージャのように「進ちょくの遅れをなんとか現行の体制とスケジュールで収めるることに注力しすぎてしまい、頑張った結果、結局間に合わず土壇場になっての要員追加やリスケジュールを強いられ、後手後手の対応を余儀なくされ、かえって傷口が広がってしまった」というよく聞かれる悲劇に陥る恐れがあることを心に留めておいてほしい。
最後になるが、このケースで触れた進ちょくの達成度合いを金銭価値で置き換えて、実際のコストとともにその予実を一元的金銭価値で管理する考え方をEVM(アーンド・バリュー・マネジメント)という。近年、雑誌・書籍などでも広く紹介されており、PMBOKでも推奨されている。すでにご存じの読者も多いことと推察するが、インターネットで入手可能な情報から学ぶこともできるので、考え方程度はぜひとも押さえておきたい。
杦岡充宏(すぎおかみつひろ)
スカイライトコンサルティング シニアマネジャー。米国PMI認定PMP。関西学院大学商学部卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て現職。製造業や流通業のCRM領域において、業務改革やシステム構築のPM(プロジェクトマネジメント)の実績多数。特に大規模かつ複雑な案件を得意とする。外部からの依頼に基づき、プロジェクトの困難な状況の立て直しにも従事、PMの重要性を痛感。現在は、同社においてPMの活動そのものをコンサルティングの対象とするサービスを展開している。
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