Microsoftと日本国内の家電メーカー間の特許契約についてのニュースが増えている。なぜ、Microsoftは特許契約を行おうとしているのか。
このところ、といってもそれほど短い期間ではないのだが、各社からさまざまな特許にまつわる戦略の発表があった。これらの中には大きなニュースになっているものもあるので、今回は特許戦略について取り上げてみたい。
まず直近でニュースになったのは、Microsoftと東芝のクロスライセンス契約についてである。詳しいことは発表されていないが、半導体関係は除外されており、マルチメディアとソフトウェア関係の契約のようだ。この融通関係を軸にMicrosoftがデジタル家電へ進出といった論調が目出つ。
同時に、Microsoftは日立製作所などとも交渉中であることが一部のニュースに出ていた。取材を受けたのであろう日立製作所の担当者の「契約を結ぶと決めたわけではない」といったふて腐れ気味のコメントが、日立製作所側から好んで発表したのではなく、積極的に仕掛けているのがMicrosoftであることを如実に表している。さらにMicrosoftは三菱電機ともクロスライセンス契約の交渉をしていることが明らかになっている。三菱電機が、5月18日に開催した投資家向け経営説明会の席上で「デジタル家電分野の特許をクロスライセンスする打診を受けた」ことを公表したようだ。三菱電機は、暗号化や画像処理などに多くの特許を持っていることから、このあたりがクロスライセンスの対象となるのだろう。
だいたいクロスライセンス契約など、特許戦略としては非常に古典的なものであり、大手の会社ならどこでもやっているものだ。ここにきてMicrosoftが、こういうものに熱心になったのは、「いろいろ考えることがあったから」のはずである。
そのいろいろ「考慮した」要因の1つがあからさまになった典型例が、「松下電器産業がジャストシステムを訴えた訴訟にある」と思うのだがどうだろうか。松下電器産業の持つ1つ目のアイコンを操作してから別なアイコンを触るとその使い方が分かるという「バルーン・ヘルプ」の特許にジャストシステムの一太郎などが「抵触した」ので、出荷差し止めを松下電器産業が求めたという件である。
どうもこの特許自体は、ワープロ華やかなりしころに松下が出願した特許らしい。因みに松下のワープロといえば、多分みなさん忘れていると思うが「スララ」という名であった。なんとデビューしたてのアイドル・グループ「SMAP」(全員)が広告のキャラクターになっていた。Windows世界を確立したWindows 95が登場したころには、すでにSMAPは押しも押されもせぬ大スターであったから、落ち目のワープロの広告などには出るはずはないので、その古さが分かるだろう。この件では、松下電器産業がジャストシステムにロイヤリティの支払いを求めたが、ジャストシステム側はそれを拒絶したため訴訟になった、ということらしい。もし、ジャストシステム側が最初からお金を払っていれば、多分表に出ていない。その後の経過はフォローしていないのだけれど、確か2月に松下電器産業側の勝訴判決が出たときに、ジャストシステム側のだれかが「バルーン・ヘルプなんてWindowsで標準的に使われているもので、これにロイヤリティを払えといわれたら、世界中のソフトウェアハウスが影響を受ける」といった趣旨のコメントをしていた。「うーむ、もっともなことよ!」と思ったのである。
つまりは、Windowsの標準的な機能でさえ、けっこう難癖をつけられる特許がある、ということだね多分。調べてみたことはないけれども、数限りなく存在するソフトウェア特許の中にはそういうものもある、であろう。
けれど、Microsoftの立場になって考えると、怖い特許はそれほど多くない。多くの中小のソフトウェアハウスは、特許のようなお金がかかる割に直ぐにお金にしにくいものに熱心ではない。Microsoft自身がかつてはそんなスタンスであった。また、たとえ仮に、中小のソフトウェアハウスが特許を取得し、その特許自体がMicrosoftにとって障害になるようなものであっても、資金力のある巨大なMicrosoftにすれば大したことではないだろう。最悪、特許を持っている会社自体を買収してしまう、という選択も含めて、金で解決するのはそう難しくなさそうだからである。
ところが障害になりそうなのは、日本の家電メーカーなのだ。Microsoftに比べれば時価総額は大したものでないにせよ、日本の家電メーカーは大きくて、会社自体を買ってしまって黙らせる、といった荒業は通じない。PCなどでMicrosoftのOSを使っていても、そういった製品の商売の比重はどこもそれほど大きくないから、最悪、Microsoftと完全に手切れになっても、それほど困らない。そのくせ、米国のメーカーに特許で痛めつけられた経験を持つところが多い日本の家電メーカーは、Microsoftが特許に注力するはるか以前から追いつけ追い越せと特許取得にせっせと励んできており、数だけはけっこう持っている。
こういう相手と喧嘩になり、松下電器b産業がジャストシステム相手にしたような訴訟を起こされては、Microsoftも非常にわずらわしいだろう。大したことのない特許訴訟の1つで、主力製品といえども出荷停止といった判断が下ることはあり得る。さっさとクロスライセンスでも何でも結んで、始末を付ける枠組みを作っておく方が賢明、ということなのだろう。何せ日本の家電メーカーが牙城としている「デジタル家電」の制覇というのも当然考えているに違いない会社である。市場で抜き差しならぬ競争をしたとしても、クロスライセンス契約を結んでいれば、処理は淡々と進むのだ。こうした枠組みは喧嘩になる前に作って置くに限る。喧嘩になれば値段はつり上がるのだから。
こんな古典的ともいえるMicrosoftに対して、IBMとSun Microsystemsは異なる行き方を提示している。オープンソースのコミュニティへの特許の開放である。こちらは年始にいろいろ話題になっていたから覚えている方も多いだろう。特許を抱え込んでいては、オープンソースは進化しない、そしてオープンソースの進化が会社の利益にもつながる、といった考え方である。実際、だれかが持っている特許のために、オープンソースのコミュニティが苦労した、というようなケースは散見される。古いところでは画像ファイル・フォーマットのGIFの特許とか、ファイル圧縮方式の特許などがある。安心してオープンソースの開発が進むように、特許を「持つ」会社が特許を提供してバックアップしてやる、というところか。
有望な技術でも、関連特許を持つ会社が錯綜していて、その始末がつかないために頓挫するものもある。中には、ある特定の技術に関係する複数の会社の特許をかき集めてきて「ワンストップ・ショップ」で提供するような組織も存在する。このようなケースに比べれば、IBMやSun Microsystemsの開放は、明らかに彼らの「特許」の上に発展するオープンソースを発達させるプロモータ因子になるだろう。
このように新しい特許戦略も進みつつあるソフトウェアに比べ、ハードウェア、特に半導体などは、未だ古典的な世界に属している。しかし、すでにハードウェアとソフトウェアの境界は曖昧模糊とし始めており、ひとたび成功する新たな特許ビジネス・モデルがソフトウェア業界で成立すれば、ICなどでも同様なモデルが成立する可能性は大きそうである。
そのときは、いまや米国での特許出願上位の常連となっている多くの日本企業にとっても、いままでとおりの古典的行き方でよいのか、という問題提起が突きつけられることになるだろう。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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