第61回 Intel採用でAppleが得るもの頭脳放談

AppleがIntel製プロセッサの採用を発表。これでクライアントPCは、ほぼインテルアーキテクチャとなる。ハードウェアで差別化する時代は終わった。

» 2005年06月25日 05時00分 公開
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 「Apple ComputerがIntelのプロセッサを採用するらしい」といううわさが流れた直後は、一部に「冗談でしょう」といった反応もあったようだ。だが、公式発表が行われ、その内容が伝わるにつれて、だんだんと冷静に受け止められ始めているように見える。これは、筆者のようなApple Computer世界とは別世界で生きてきた人間からすると、少々意外な反応である。

 プロセッサの変更というのはコンピュータにとってはめちゃくちゃ問題が大きい。そう簡単にできないのが常識だ。ましてやIntel製プロセッサの採用というのは、Apple Computer中心の閉じた世界で生きてきているApple Computer世界の人々には大きな衝撃であったはずである。しかし、どうもそれは淡々と進んでいきそうな雰囲気だ。まさか衝撃が大きすぎて腰が抜けているわけではないと思うが……。

プロセッサでコンピュータを「差別化」する時代の終わり?

 採用プロセッサのアーキテクチャ変更自体は不可能ではない。それもあちらこちらで指摘されているとおり、Apple Computer自身が68KからPowerPCに乗り替えた偉大な先例を持っている。Palmが68KからARMへ移行した事例もある。OS、そしてコンパイラやエミュレータなどの開発キットについて十分な準備をした上でことを進めれば、プロセッサ変更のソフトランディングは十分可能、というのがいまどきのコンセンサスだろう。ただ、過去の例では移行する新旧のプロセッサの性能には大きな開きがあったが、PowerPCからIntelへの移行による性能差がそれほどないと思われる点が技術的チャレンジかもしれない。過去の互換性を維持することを考えると、Intel製プロセッサでPowerPCのエミュレーションが必要になる。性能差がない以上、エミュレーションで生じるオーバーヘッドをどのように減らすかが技術的なポイントになるだろう。

 どうも、技術的な問題より、気持ちの問題の方が大きい、といってしまうと語弊があるだろうか。Apple Computer向けのハードウェア/ソフトウェアの開発者なり、コアなファンは、Windowsとは一線を画していたい、つまりは「ちょっと違うのだ」ということで「Apple Computerとその周囲」のビジネスが成り立ってきたのだと思っていた。そのため「Windowsを構成する必須要素であるIntelのプロセッサとプラットフォームには嫌悪感を持っているのではないか」と個人的には想像していた。それが意外にも「素直」にIntelプラットフォームを受け入れるというのは、現在のPowerPCプラットフォームの限界をみんなが感じていてスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)氏(Apple Computerの最高経営責任者)の説明に共感を得ているのか、すでに「Macに熱狂的かつ盲信的な」階層などいなくなっているからではないかのどちらかだろう。実際、アプリケーション・ソフトウェアでは、「Macだから」というものはほとんどなくなっている。むしろ、Windowsの焼き直しがMacの主流を占めるようになって久しい(少々いい過ぎかもしれないが)。

 これはある意味、エンジンでコンピュータを「差別化」してきた時代の終わりの象徴だろう。68系や80系といわれた昔から、製品の「差別化」というものの大きな要素としてプロセッサのアーキテクチャ間のせめぎ合いがあった。Apple Computerはその起源に、スティーブ・ウォズニアック(Steve Wozniak:Apple Computerの創業者の1人)氏が、バスに乗ってIntelへ「8080を売ってくれ」と頼みにいったのだが相手にされず、その後にMOS Technologyが6502を売ってくれたがためにそれをプロセッサとした、という伝説を持っているような会社である。以来、一度もIntel系を採用することなく、6502から68KそしてPowerPCへと歴史を重ねてきた。いまになってIntel採用とはまさに諸行無常。このようなプロセッサのアーキテクチャなんぞを表立った訴求点、あるいは障壁として「差別化」してきた時代がついに終わったのだ。すでに実態はプロセッサのアーキテクチャなどはどうでもよくなって久しかった。今回のApple Computerの発表はそれを追認し、歴史年表に記入するための墓標を立てたにすぎない。

ハードウェアでは勝負しないというAppleの決断

 Apple Computerは、Intel製プロセッサに採用に関する発表文で「世界で最も優れたパーソナル・コンピュータをユーザーに提供するにあたって、Intelのプロセッサ・ロードマップが圧倒的に強力であると判断した」と述べている(Apple Computerのニュースリリース「アップル、2006年よりインテル製マイクロプロセッサを採用」)。要するに、「IBMにPowerPCをもっと高速にしてくれと要求したが、IBMがそれに応えて高速なプロセッサを開発してくれないのでIntelに乗り換えることにした」ということだろう。一方では、ノートPC向けの省電力版PowerPC G5が開発できないために、Intelに乗り換えた、という話も伝わってくる。

 IBM側からの大きな声での反論が聞かれないのが残念だが、Apple Computerの説明には一面の真実がありそうだ。しかしIBMに成り代わって反論するとすれば、Apple Computerの所要数量を満たすために、そのような高性能の汎用プロセッサを開発しても投資が回収できそうにない、ということだろう。実際、あちこちで指摘されているとおり、IBMは東芝やソニーと組んでゲーム機向けにCellというかなりアグレッシブなチップをやってきているのである(Cellについては、「第57回 Cellが見る夢、見せる夢」を参照のこと)。別にApple Computer向けプロセッサに対しても技術的にやってできないことはない、と想像するのである。しかし、先端の超高速なプロセッサの開発には、新たなプロセス開発や製造面も含め、莫大な金額がかかる。ひたすら「金」の問題につきる。Intelのように体力もあり、大きな市場に向けて多額の開発費をかけても見合うところと、ただ1社Apple Computerだけに向けてというのではリスクに違いがありすぎる。その上、半導体会社としてのIBMはIntelほどの体力はない。そのあたりは、Apple Computerも実は分かっているのではないだろうか。

 Apple Computerにしたら、別にプロセッサをIntelに取り替えたからといって馬力でほかに勝てるはずもないのである。ほかもIntel製なのだから一緒になるにすぎない。つまりApple Computerは、もはやハードウェアはほかと一緒で構わないと決断した、ということだ。エンジンの馬力や基本フレームでは勝負せず、見た目(デザイン)か、ソフトウェアか、ビジネス・モデルで勝負する、ということになる。実際はすでに大分前からそうなっていたように思われる。

 そう割り切ってしまえば、Apple Computerにとっては、ビジネス的にIntelプラットフォームへ移行するメリットは大きいはずである。1社で開発投資を背負い込まなくてもハードウェアは勝手に進化する。いまや音楽配信会社(?)になりかかっているApple Computerにしたら、お金のかかるコンピュータ・ハードウェアの開発にかかるリソースを少なくできればよいに決まっている。自らはソフトウェア面の差別化要素に集中し、Apple Computerらしい格好いいコンセプトで製品を売ることができればハッピーだ。個人的には、PC系のプラットフォームの上で、Windows、Linuxに続くメジャーなOSの選択肢としてMac OS Xが使えることをちょっと期待している。

Appleを得たIntelのその先には

 IBMとApple Computer、まさにすれ違って分かれた、というところか。話題にはあまりならないけれど、もう1つのMac向けPowerPCの供給元である、Motorolaから分社化したFreescale Semiconductorに対しての方が、IBMより先にとばっちりがありそうだ。IBMはハイエンドのPowerPCを供給しているが、Freescale Semiconductorはどちらかといえばローエンド向けである。Apple ComputerはローエンドからIntelに切り替えるとしているので、まずはFreescale Semiconductorに影響が生じる。

 一方、Intelは、Apple Computerが自社陣営にくるということで妙に嬉しそうである。全面サポートという感じだ。ウォズニアック氏を袖にして以来30年かかって「掛け違えたボタン」を修復したということか。また一歩世界制覇に近づいた感じじゃないか。後はSPARC当たりが消えてなくなれば、汎用機はIntelアーキテクチャ一色となってしまうが、それも近そうである。その先も繁栄は続くのだろうが、もはやその先の成長にははっきり限りが見えるかもしれない。まさに世界征服を成し遂げた先は、ローマ帝国のようにか?

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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