このところあまり話題に上らない「ARM」。ところがArtisan社の買収や、次世代アーキテクチャのARMv7のリリースなど着々と次の一手を進めている。
ARM社が、新しいアーキテクチャであるARMv7を発表したので、久しぶりにARMを取り上げてみることにする。この連載でARMを取り上げるのも「久しぶり」だが、ARM自体がこのところ以前ほど話題に上らなくなっているようだ(ARMについては「第12回 キミはARMを知っているかい?」「第15回 ARMプロセッサを知らずに暮らせない」も参照していただきたい)。
「ARMがイケていない」ということでもない。先の四半期の結果を見れば、売り上げは3割増しである。ARM社は謙虚にも「堅調」などという表現を使っているが、売り上げが3割も増えたら、世間的には大躍進である。それどころか、このところ失速感のある半導体業界においては1人勝ちの状態かもしれない。依然としてARMコアのライセンスは売れている。これだけARMコアが普及してしまうと、「よくライセンスを売る先の会社があるなぁ」と思うのだが、未だに新規契約を行う会社もあるようだ。もちろん、すでに契約している会社が、新たなコアを導入する契約を結ぶというケースも着実にある。
その上、その売り上げ構成が凄い。半分までは達しないが1/3くらいはライセンス料収入だろう。いわば売り上げに原価がかからない部分である。いまや年間10億個以上ものARMコアが全世界で使われているので、ARM社には黙っていても膨大なライセンス料収入が入ってくる。多分、現時点で従業員を全員解雇し、オペレーションを停止したとしても、ARM社には長い年月にわたって相当の収入が入ってくると思われる。そんな「金のなる木」を彼らは持っているのだ。
しかし、このところあまりARMネタはニュースにならない。かといってARMが何も発表していないかというとそんなこともなく、2004年の1年を見ても相当数のニュースリリースを流している。技術的にも進歩している。マルチコア対応(ヘテロではなくて、ARM純正で固めたシンメトリカルなマルチコアというところがARMらしい)も発表したし、他社からは一歩遅れ気味だが、弱点だったコンフィギャラブル化にも踏み出した(コンフィギャラブルについては「第37回 Intel参入で注目を集める『リコンフィギュラブル』って?」を参照)。もちろんセキュリティ対応は以前から力を入れている。プロセッサ業界的に押さえておくべきトレンドはキッチリ押さえていて大きな穴は見当たらない。こうした発表をしていながら、なかなかニュースになっていない。
こうなるのも当然ではないかと思う。ARMコアというものがすでに「標準」になりすぎているのである。いまやARMはどこにでもありふれた、誰もが使っていたり、使おうとすれば使えたり、するものなのだ。端的にいえば、新技術の開発にあたって、ARM社はライセンス先各社の意見を聞くだろうし、それを公式に発表するはるかに前に将来のロードマップという形で各社に説明しているだろう。すでに世界中の「ほとんど」の会社と契約してしまったARM社なのであるから、ARMの新技術に関心のある業界人は、公式発表前にみんなそれを知ってしまっているはずだ。知らぬはマスコミと、ARMとは「無関係」な(多分、ARMがやっているような分野ではビジネスしていない無関心な)人々ばかりなのだ、きっと。これではニュースにならないはずだ。
そんな中で、ニュース性が高かったのはArtisan社の買収である。これはARM社の体質変化の具体化という点で注目すべきかもしれない。一般的にはArtisanなどという会社はあまり有名ではないが、業界的には超有名な会社なのである。ここがなんで大きくなった会社か、というとTSMCなどのファウンドリ向けにライブラリやIP(Intellectual Property:半導体の設計データやシミュレーション・モデルなど)などを供給しているからだ。いまやTSMCのプロセスは業界標準であるが、それらファウンドリはファブ専業であって、自ら設計するわけではないから、設計の基礎となるセルライブラリやIPは通常持ち合わせていない。プロセス情報は出すが、ライブラリやIPは基本的には出てこない。それでは多くのファブレス設計メーカーは困ってしまうのだが、そこにArtisan社などのIPベンダが介入することで、プロセス情報と設計の橋渡しを行い、ファウンドリとファブレスという分業モデルを成立させるのである。
そのArtisan社をARM社が買収した。もともとARMコアの供給にとどまらず、AMBAバス(オンチップ・バスの規格)の提唱以来、SoC設計全体のバックボーンへの影響力を強めつつあったARM社である(AMBAバスについては、「第38回 オンチップ・バスの標準規格「AMBA」とは?」を参照のこと)。AMBAも業界標準になり、AMBAを一種の「ソケット」とした大規模なIP流通、といったビジネス基盤を意図して育ててきている。これに加えて、どちらかというとプリミティブなライブラリなどに強いArtisan社を傘下に入れたことで、上位概念に強いARMがインプリの最下層まで影響力を及ぼせることになったのである。規模の小さな企業の多いIP業界では、群を抜いた存在になったといわざるを得ない。すでに、「ARM社はプロセッサ・コアIPの会社だ」というのは誤りであろう。IPの流通を寡占化しつつあるといってもよい。これを支えているのが、潤沢なその資金力である。
逆にいえば、資金がありすぎて「使い道」にいくらか困っているのかもしれない。いくらマイクロプロセッサ・コアIPに投資したとしても、すでにその市場の多くを押さえてしまったARM社にとって、いまのままのビジネス・モデルではもう伸びる余地はあまり多くないはずである。コアだけでなく、ほかの分野にも手を広げたり、市場そのもののパイを大きくしたりすることを考えないとならない状況に入っている。
とはいえ、決して本業のコアIPでも手を抜かないところが、ARM社のしぶといところだ。アーキテクチャ的にv5、v6と拡張一方だった中で、ARMv7(製品としては「Cortexファミリ」)は、あえてローエンドのコアもラインアップしている。ちなみに、アーキテクチャ・バージョンを示す「v」の1文字違いながら、古いプロセッサ製品であるARM7とはまったく異なるものだ。まぎらわしいことこの上ない。
キーはARM命令セットの事実上の中心であるThumb命令セットのThumb-2への更新である。実際、ARMv7は、「v6」すなわちARM11系のより上位の延長上でARM11系にさらに強力な命令セットを追加した形のハイエンドの「Cortex-A」や組み込み用の「Cortex-R」をラインアップしている。さらに、シンプルなThumb-2コアであり、ベストセラーでかつ、未だにローエンドで大量に使われているARM7系の置き換えを狙った「Cortex-M」も用意した。v5、v6と明らかに異なるのは、上位品種の追加でなく、シリーズ・ラインアップ全体の更新を意図しているように見える点だ。
ARMは長らくARM7系をメンテナンスし続けてきたが、Cortex-Mが出ると、さすがにARM7系は実質的にフェーズアウト、ということになるだろう。ARM社は商売が上手なので、ライセンシの気分を害するような一方的な誘導はしないと思うが、新しくソフトウェア・ベンダから出るソフトウェアがみんなThumbからThumb-2対応にシフトしていくと、いやが上にもCortex-Mに移行せざるを得なくなるに決まっている。そうなれば買い換える会社が出てくるから、決まったメンバーに対して、ARM社は再びライセンスを売れることになる、というのはうがちすぎた見方だろうか。それにしてもARM社は、磐石すぎるIPベンダである。
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日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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