AMDのAlchemy(組み込みプロセッサ)の売却に続いて、IntelもXScaleを手放した。背景には不採算部門の処分の他にも理由がありそう?
実をいえばAMDがAlchemy*1部門売却というニュースリリースを読んだとき、「これはかっこうのネタをゲットしたなぁ」と思ったのだ(AMDのニュースリリース「RMIとAMD、広範な戦略的提携を発表、AMD Alchemyプロセッサの製品ラインを移転」)。淡々とAMDのリリースを伝える報道はあっても、Alchemy製品はマイナーなネタなので、もともとあまり知られてもいない。「なんでAMDがそんなものやってたんだ」程度で論評しているところもなさそうだ。ここでこの件についてディープな考察(妄想?)を加えておけば、いち早く裏にあるトレンドを読んだことになると目論んだわけだ。
*1 組み込み向けプロセッサの一種。詳細は「元麻布春男の視点:IntelとAMDの次なる戦場はPDA向けプロセッサ?」「第42回 組み込みOSの世界にもWindowsとLinux?」を参照していただきたい。
ところが、である。その直後、今度はIntelが携帯機器向けのアプリケーション・プロセッサ、つまりはXScale部隊を売却、というニュースが流れた(インテルのニュースリリース「マーベルがインテルのコミュニケーション・プロセッサーとアプリケーション・プロセッサー事業を6億ドルで買収」)。Intelのこのアクションに対する波紋は大きい。すぐに、このネタがいくつかの媒体に書かれ、その「ツマ」として同根のAMDのAlchemyの話も取り上げられたではないか。うーむ、折角、Alchemyのネタで一考察しようと思っていたのに腰を折られた感じだ。でも、みんなそんなものを売って当然、という意見ばかりで少々寂しい。
組み込み向けのアプリケーション・プロセッサにも大いに関心のある筆者であるが、AMDからAlchemyを買ったRaza Microelectronics、というよりRazaの社長であるアティク・ラザ(Atiq Raza)氏に少しながら思い入れがある。1四半期だけだがAMDの社長兼COOだった、その前はCTOだった。というよりも、筆者にとってはNexGen Microsystemsの社長だった、という思いがある。ヤツが何を仕掛けようとしているのかが気になるのだ。
しかし、こうなった以上は致し方ない。二番煎じといわれても、多くの読者が注目しているXScaleの方に「考察(憶測?)」を加えるのが先だろう。ただし、すでになされている「Intelも最近、利益を上げるのに苦しんできているから、不採算の部門を売って本業に注力して利益回復」という線での「考察」を繰り返す気は毛頭ないことを断っておく。
今回の件で、この年寄りが思い出したのは、i960のことである。似たような名前でi860というチップもあったが間違いではない。「960」だ。チップセットなどではない、れっきとしたRISCプロセッサである。それも一時期とはいえ、当時勢いのあったMIPSやSPARCを向こうにまわし、RISCプロセッサ市場で数量だけはトップだったこともあるプロセッサなのだ。スーパースカラ・プロセッサの出始めでもあった。もちろんIntelの製品である。とっくの昔に消えてしまったが。
i960がかわいそうだったのは、ほかの半導体会社へ行けば立派な4番バッターにもなれたものが、Intelの場合には不動の4番打者がいるために割りを喰っていたことである。半導体会社において「ワリを喰う」のは工場とプロセスだ。i960の場合、x86(Pentium)系からみると2世代落ちくらいのプロセスばかりを使わされていた。そのころ他社は、RISCに大いに力を入れて最先端プロセスで勝負していたのにだ。結果、戦闘力がなくなり、もともと単価が安い(レーザー・プリンタなどの組み込み市場向けだった)こともあいまって、開発が打ち切られる結果となった。
Intelの場合、業界最先端の高度なプロセスを持つが、それは膨大な投資がなされた新鋭工場で最先端の主力マイクロプロセッサ「だけ」に使われる。ここが強力なのは当然である。しかし、古い工場はどうなるのか。装置を入れ替えて新しいプロセスに対応させるということも、ある程度は可能だが、効率的ではない。かといって、新鋭工場を少々古くなったからといって使い捨てにするにはお金がかかりすぎる。いくらIntelの主力プロセッサがぼろ儲けだといっても数千億円もかかる工場を、それこそしゃぶり尽くして利益を出さないと、株主も納得できないだろう。
Intelは、まず最新鋭で「これからの」プロセッサの製造に最先端工場を使う。そして、Intel的には最先端でなくなった、とはいえ世間的にはまだまだ最先端といっていい工場を量販世代のプロセッサとチップセットに使いまわしているようだ。しかし、工場の耐用年数は20年くらいは十分あるはずだから、主力プロセッサに使えるせいぜい5、6年で捨ててしまうのは非常にもったいない。そこで古くなった工場の「埋め草」が必要になるのだ。勝手な見解だが、いまのIntelにとっての埋め草はフラッシュメモリと「そのほか」の製品であろう。今回のXScaleも「そのほか」のカテゴリに入るはずである。まぁ、Intel的に「古い」とはいっても、世間的には十分高度なプロセスなので、それほど悲観するほどのことはないのだが、「そのほか」の製品の担当者にしてみれば、自社内に超先端のプロセスがあり、それを使えば競合相手の製品など簡単に撃破できると思いつつ、1世代以上前のプロセスで格闘戦を続けていく選択しかないのは辛く思えるかもしれない。
さて、XScaleなのだけれど、ポツポツとあちらこちらに採用されて、それなりに売れてはいるように見えていた。ウィルコムの「W-ZERO3」シリーズにも採用され、Intel Insideが付けられるようになったのはついこの間のことだ。それでも、大きな数量が出ているようには見えなかった。それに、サーバやPC用途などと比べたら元の単価はしれたもので、Intelの企業規模からすると金額的には大したことない、といった感じである。その割に、業界内での露出度からいうと、けっこうお金のかかりそうな各種開発をやっていて、「さすがはIntel」という感じさえした。そのせいなのか、やっぱりお金を使いすぎて不採算になっていたようだ。これがほかの会社であれば、分相応にチマチマとした商売をやって、五分の勝負に持ち込むのも不可能ではなかった程度に売れてはいたように思える。やはりIntelの看板を背負っているがゆえに、Texas Instruments(TI)やQUALCOMMの大向こうを張る戦略しかなかったのだろう。筆者は、XScaleの向こうにi960の亡霊を見てしまう。「埋め草」としては、お金をかけずにそこそこもうけるというのが基本線なのに、ついつい4番バッター格上げの怨念にとりつかれてしまったのではないか。
XScale事業を買ったMarvellは、なかなか立派なファブレス会社で、儲かっていそうな会社だ。しかし4番バッターを持ってはいなかったので、お金持ちの強豪チームで控えに甘んじていた強打者を金銭トレードで取った、というところだろう。今後の活躍に期待したい。ただ、トレードで取った4番がよく働くかどうかは野球と一緒である。
しかし、Marvellといい、Razaといい、「南アジア」系の雰囲気を多分に持っている会社だ。昨今、南アジア系は設計などIT関連の受託ですでに米国を制覇した感があり、その先の「製品」にも直接かかわって存在感を増してきている。裏にそういう勢力変化の潮流を感じるのだが、どうだろうか。
ファブレスといえば、Marvellは工場を持たないわけだから、取りあえずXScale系製品は依然としてIntelが製造してMarvellに供給するようだ。ニュースリリースの文面を見ると含みを持たせた書き方をしているので、この関係がずっと続くのかどうかは分からないが、この面でも「取りあえずの埋め草」が必要なIntelと利害一致しているように見える。ただ、Intelがファウンドリ商売を喜ぶとも思えない。
「埋め草」といえば、その代表選手であるNOR型フラッシュも価格低下のあおりを受けてあまり業績がよくないようだ。単純にやめるだけでは、お釜が空になってしまう。Intelにしては「古い」ファブの始末の仕方にかなり工夫がいることだろう。そのうちそういう動きがあるのか、それともとっくに決まっているのか?
また、異なるアーキテクチャのアプリケーション・プロセッサを切る動きに、例のオリガミ(UMPC)や、途上国向けPCといった、x86系の再ダウンサイジング(?)指向を絡めて見るのも当然だろう。この手の売却話は前兆現象である。さて次に何が起こるか楽しみだ。
■関連リンク
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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