多くのITエンジニアにとって「転職」とは非日常のもので、そこには思いがけない事例の数々がある。転職活動におけるさまざまな危険を紹介し、回避方法を考える。
インターネットでいろいろと調べて興味を持ち、企業に応募。いざ面接に行ってみたら、事前に得ていた情報とは大違い!
転職活動において、イメージしていた社風や業務内容と、実際に面接で聞いた内容とが異なっていたということはよくあります。そうなると、たとえ面接の結果が合格であっても、「次の選考に進むのも面倒くさいし時間の無駄だ」と思ってしまいますよね。
しかしちょっと待ってください! 選考途中で辞退の決断をしてしまうことは、実は大きな後悔につながる恐れがあります。
今回は、選考途中で一度は辞退を考えた2人の事例を基に、辞退しないことのメリットについて説明したいと思います。
鈴木さん(仮名)は、語学力とコミュニケーション能力に強みを持つ30歳のITエンジニアです。短大を卒業後、大手精密機器メーカーにインストラクターとして入社。6年間、エンドユーザーに対する複合機の操作方法の教育や提案営業補助などを担当しました。その後、かねて勉強していた英語のスキルを高めたいと考えて退社。アメリカのシアトルに渡り、2年間、語学学校とIT系専門学校に通って英語と情報処理の基礎を学びました。帰国後は派遣社員として、外資系生命保険会社で営業支援システムのインストラクター業務、英文マニュアルの翻訳業務などに携わっていました。
私が鈴木さんに会ったのは、鈴木さんが派遣社員となってから2年がたつころでした。帰国後も英語を使った業務でスキルを磨いていた鈴木さんは、そろそろ正社員として自分の力を試したいと、前向きな考えで転職活動をスタートしたのです。
それまでの経験や希望のキャリアパスをいろいろとヒアリングした結果、私は鈴木さんに商社系のシステムインテグレータであるX社を提案しました。従業員数は約150人と中規模ながら、海外からさまざまな製品を輸入し、日本での販売から導入までを行っている会社です。募集していたローカライズエンジニア職の主な業務は、アメリカから輸入したセキュリティソフトウェアの日本語マニュアルの作成、クライアントへの導入サポートなどです。
鈴木さんはエンドユーザーレベルでしか扱ったことのないセキュリティ製品についてはそれほど技術知識を持っていませんでした。しかし、今後の注目分野であるセキュリティにかかわり、英語のスキルも生かせる仕事ということで、「大変興味があります」とのことでした。
志望動機と自己PRをいま一度ブラッシュアップし、鈴木さんはX社に応募。企業側からも「さっそくお会いしたい」と、書類選考通過の連絡がありました。
1次面接ではまず人事部の担当者からの会社説明が20分ほどあり、その後現場の担当者から扱う製品の詳細や鈴木さんに行ってほしい業務内容について詳しい説明があったとのことです。鈴木さんも業務内容の詳細を理解することができ、英語力も生かせそうだという印象を受けたそうで、面接結果をとても楽しみにしていました。
2日後、X社から「ぜひ、2次面接に進んでほしい」という連絡がありました。鈴木さんは無事1次面接を通過したのです。
X社は、インストラクター経験も長かった鈴木さんのコミュニケーション能力を高く評価してくれました。英語力についても、TOEIC900点を取得している鈴木さんであればまったく問題ないとのことです。また本人が気にしていたセキュリティ製品に関する知識についても、その前向きな姿勢で取り組めばすぐに習得できるだろうと判断したようでした。
2次面接の面接官は、鈴木さんが所属する予定の部署の事業部長です。私は鈴木さんと、X社の会社概要や経営方針などについて復習の意味を含めて打ち合わせを行いました。鈴木さんは万全を期して、面接に挑んだのでした。
面接終了後、まもなくして鈴木さんから電話がかかってきました。しかし、なんと「選考を辞退したい」というのです。私は鈴木さんから、X社が第一志望であると聞いていました。意外なお話でした。
鈴木さんからの話を吟味すると、どうやらその日の面接は圧迫面接だったようでした。
「本当にセキュリティ製品を扱うことができるのか?」「専門用語ばかりの難解な取扱説明書を翻訳する業務が発生するが、英語については大丈夫なのか?」と能力を疑っているようなことを何度も聞かれ、また今回は派遣社員ではなく正社員としての就業であるため、「いままでの業務とは責任の重さが違うんだ」といわれたそうです。
これまで派遣社員として責任感を持って業務に携わり、スキルを磨いてきた鈴木さんにとって、決して気分の良い話ではありませんでした。また1次面接で聞いた「求める人物像」と2次面接で聞いた話とが、大きく懸け離れているとも感じたそうです。
このようにまったく想定していなかったように面接が進行したため、鈴木さんは動揺してしまい、うまく受け答えができなかったと話していました。
鈴木さんは「結果を待たずに辞退したい」といいます。しかし私はこう伝えました。「鈴木さん、面接はあくまでも選考試験です。今回の面接官だった事業部長の方も、あえて厳しい態度を取ってあなたの受け答えを評価したかったのではないでしょうか」。鈴木さんは私の説得を聞いて冷静になり、せっかくの機会だからということで考え直し、辞退を思いとどまったのでした。
それから数日後のこと。X社から、最終面接の案内が届いたのです。
最終面接は社長面接で、終始和やかに進んで終了。そして結果は内定でした。
内定後のオファー面談では、1次面接と2次面接の面接官と再度話す機会がありました。2次面接の面接官であった事業部長から、鈴木さんは、「サポート業務ができるかどうかを判断するため、あえて厳しい質問をさせていただいたのです」「鈴木さんのことは高く評価していますよ。ぜひ、一緒に仕事を頑張りましょう」という言葉を聞いたそうです。
鈴木さんはこのとき、事業部長の圧迫面接の意図を理解することができました。そしてあらためて、任される業務や企業側から期待されていることなどを明確に知り、結果としてX社で今後働いていくことを決意したのでした。
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