続いて、いす選びのポイントを聞いた。値段の高いものが良いいすとは限らないそうだ。高いオフィスチェアにありがちなのは、調節機能が多いもの。とても使いこなせないくらいの数のレバーが付いており、それらがコストの大半を占めているいすでは、座り心地へのコスト配分が少ないのだという。
どんな体格の人にでも合うように作られたいすは、会社やメーカーの立場では都合が良いかもしれない。だが使う人の立場では、1度自分のサイズに合わせたら、調節機能のほとんどは必要がなくなるだろう。
調節機能の付いたいすを使う場合は、ロックを忘れてはならない。ロックをしないと、人間工学的には筋肉を酷使していることになる。筋肉がバランスを取るために常に緩んだり緊張したりを続ければ疲労につながる。野呂氏によると、その点、動かないパイプいすは実は使いやすいそうだ。
もし、いま使っているいすが合わない場合、対処方法として野呂氏は、座布団もしくはクッションを勧めている。座布団1枚で座り心地は断然良くなるそうだ。体圧分散の原理で、体の1カ所へかかる圧力が下がり、血液の流れが良くなる。ストレスも抑えられる。背もたれと背中の間に空間ができる場合は、クッションを間に挟むことで、体が2つに折れ曲がることを防ぐことができるそうだ。
現在、野呂氏は大学などで教鞭を執る傍ら、大学発ベンチャー「エルゴシーティング」を起業し、エルゴノミクスチェアの開発にも取り組んでいる。
・あぐら座りに最適「骨盤ざぶとん」
座っている状態でS字カーブを保ち続けることの矛盾は冒頭で述べたとおりだ。「骨盤ざぶとん」(商標で、正しくは「臀部相似型クッション」という)は、骨盤を立て、背骨をS字カーブへ近づけることで、猫背と腰痛を予防する。背中を丸めて座った姿勢は骨盤が寝ている状態であるのに対し、背中を伸ばして座っている姿勢は骨盤が立っている状態。骨盤の傾斜をストップさせれば、背骨も若干S字に近くなる。「このコントロールは、背骨ではできない」
骨盤ざぶとんは座禅の原理と通じるものがあるという。背骨で良い姿勢をつくるのではなく、骨盤で良い姿勢をつくる。「日本が世界に寄与する1つのいすの在り方としては今後注目すべきでしょう」
試しに座ってみると、確かに腰から背筋が伸びている感覚があった。床以外に、ソファやいすの上に載せても使える。色は全部で3種類。価格は9660円(税込)。東急ハンズ各店で試すことができる。
・新開発のエルゴノミクスチェアに115kgの編集者が腰掛ける
続いて、昨年のサンフランシスコでの国際学会で発表された理論に基づいて作ったいす「ロータス 3D チェア」を見せてもらった。この7月に特許公開がされたそうだ。
3次元の座面が人間の臀部に近い曲面となっている。「普通は合板をこれだけ深く曲げると割れてしまうんです。新しい技術で実現した第1号」。骨盤ざぶとん同様、骨盤の傾斜をストップする構造である。
続けて野呂氏は「面白いのはいすの座面が着脱式になっていて、座面を外すと座いすになることです」。普通のオフィスチェアは20kgくらいあるのに対し、非常に軽い4.1kg。座り直しもしやすいことが特徴だ。
まず、私(身長164cm、体重秘密)が座ってみた。座面の高さに違和感がないのはさることながら、太ももの辺りのするりと滑らかな感触に驚く。体全体がいすと一体になる感じがした。「いすに包み込まれるような座り心地」と野呂氏は表現する。
続いて、ただいまダイエット中とはいえ115kgある編集者も、恐る恐る座った。「体が弛緩する。全体の体圧分散が驚異的にいい。どこか1カ所に力がかかっているという感じがしない。太ももの辺りから全体を支えるような感覚だ」と大絶賛だった。180cmを超える体にも合っているようだった。
野呂氏「禅のお寺のお坊さんと一緒に共同開発したんです。精神を集中し、めい想にふけるようなときに、体のどこかに当たるようないすであってはいけないんです。もちろんこのいす自体はお寺で使うというよりは仕事用ですが」。今後製品化された場合の販売価格は約3万円台を予定しているそうだ。
野呂氏は「骨盤ざぶとんも、クッションを置くことも、すべての人にお勧めする気持ちはありません。必ず試してからお使いください。本人に合わなければいけませんから」と注意を促す。
いま仕事で使っているいすが体に合うものならば何よりである。しかし、会社にあてがわれたいすや、何気なく職場で使っているいすが自分の体に合わないと感じた場合、対策を講じる必要があるだろう。職場にマイチェアを導入できるかは環境によっても異なるかもしれないが、姿勢改善や、クッションの活用、もしくは、自分の部屋などで座り心地のよいエルゴノミクスチェアを試してみることも1つの手段だ。いすを考えることは、作業効率や健康問題など、長い目で見れば重要となるかもしれない。
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