2段階でステップアップ――アンゾフのマトリクス経営戦略に学ぶ自分戦略(2)

経営戦略に使われるフレームワークにはいろいろある。ただ単にその定義を暗記するだけではなく、実際に活用する方法はないだろうか。この連載では毎回1つのフレームワークを取り上げ、それを自分戦略に応用する方法を考える。

» 2008年03月26日 00時00分 公開
[堀内浩二@IT]

 こんにちは、堀内浩二です。企業の経営戦略を学びながら自分戦略のヒントをつかもうという本連載。第2回は、「アンゾフのマトリクス」を取り上げます。

アンゾフのマトリクスとは

 今回も、まずは「@IT情報マネジメント用語事典」から引用しながら勉強しましょう。「製品?市場 成長マトリクス」という項がこれに該当します。

事業を拡大するうえで、今後の成長戦略の方向性を分析・評価するためのツール。企業戦略の分野で使われるほか、マーケティング領域においてもよく利用される。

製品と市場を軸にした2次元の表を作り、成長戦略を「市場浸透」「製品開発」「市場開拓」「多角化」の4つに分類する。

製品―市場 成長マトリクス ― @IT情報マネジメント用語事典


市場 新規
市場開拓
多角化
既存
市場浸透
製品開発
既存
新規
製品
図1 アンゾフのマトリクス
  (上記Webページの表を基に、レイアウトを一部変更したもの)


 「成長戦略の方向性を分析・評価する」というと何だかものものしいですが、よく見てみると「誰に」「何を」売るかを整理しただけの、とてもシンプルなフレームワークです。同事典によれば、経営学者のH・イゴール・アンゾフがこのマトリクスを提唱したのは1957年とのこと。もう半世紀以上前ですね。

 シンプルではありますが、「方向性を定める」ことの効果は絶大です。その効果を考えるために、方向性がない場合、例えば社長がただ「来期は成長しよう!」とだけいった場合を考えてみましょう。おそらく各部署は自分のベストを尽くすでしょう。開発チームはとにかく新しい製品を開発し、営業チームは既存製品を買ってくれる新しい顧客を開拓します。結果として、開発チームは「せっかく魅力的な新製品を作ったのに、営業チームが売ってくれない」と不満を持ち、営業チームは「せっかく新しい顧客を開拓したのに、開発チームがその顧客のニーズに応えてくれない」と不満を持ってしまいます。

 これに対して、社長が「来期は市場開拓しよう!」といい、それが社内で共有されていたらどうなるか。開発チームは、来期は新製品の開発でなく既存製品のブラッシュアップ(新しい顧客が持ち込んでくる、新しいニーズに応えること)に集中できます。営業チームも、来期は既存顧客の単価向上でなく新規顧客の開拓(既存製品に興味を示してくれる新しい顧客を見つけること)に集中できます。

 それぞれのチームがバラバラに活動していては、限りある社内の資源を有効に使えません。成長の方向性は社内の全員で共有すべきであることを考えると、このシンプルさに価値があるといえるでしょう。

要するに……「2ステップに分解せよ」

 このように有用なアンゾフのマトリクスですが、実のところ頻繁に使うというものでもないでしょう。われわれがこのマトリクスから学ぶべきは、成長戦略の類型ではなく、「2ステップに分解してみる」という考え方です。いきなり多角化(新市場に新製品を投入)でなく、まずは既存顧客に新製品を販売し(製品開発)、それからその製品を買ってくれる新規顧客を開拓する(市場開拓)。大きなチャレンジをこのように2つのステップに分けることには、以下のメリットがあります。

  1. いま取り組むべきことの方向性が明確になる
  2. 具体的な「次の一手」を考えやすくなる

 この「2ステップ分解」を自分戦略に応用した事例が、拙稿「自己投資とキャリアアップの戦略」にあります。このコラムには、新しい仕事に挑戦するために転職を考えている山本さんという若手エンジニアが登場します。転職によってキャリアチェンジを果たしたいというのは、われわれの多くが持ちがちな希望です。しかし採用企業からすると、中途採用者には即戦力を発揮してほしいもの。キャリアチェンジ型転職は狭き門といえるでしょう。そこで、以下のように分解してみました。

図2 自己投資して学ぶことと転職との関係 図2 自己投資して学ぶことと転職との関係
コラム:自分戦略を考えるヒント(19) 自己投資とキャリアアップの戦略より)

 現在の専門を深める/新しい専門領域を開拓するという軸と、転職を前提とする/しないという軸に分けて考えることで、「次の一手」が考えやすくなります。具体的には、まずは社内で専門性の幅を広げる(開拓)ことはできないか、あるいは将来的にやりたい仕事に挑戦できそうな会社にいまの専門職種で転職(深化)することはできないかといった選択肢を検討できるということです。さらに「社内で専門性の幅を広げる(開拓)」ことも、同じやり方で2つのステップに分解できるはずです。軸の立て方はいろいろあります。例えば「人脈に頼る/頼らない」「短期/長期」「異動する/しない」といった軸をさまざまに組み合わせてみることで、発想も広がると思います。

2ステップに分解するための、軸の考え出し方

 大きなチャレンジを2つの軸で分解し、2ステップにブレークダウンする。このアプローチは、ほかにもさまざまな応用が可能です。

 ただ、軸を考え出すのはなかなか難しいですね。アンゾフのマトリクスが「誰に」(既存顧客に/新規顧客を開拓して)と「何を」(既存製品を/新製品を)という切り口を組み合わせていることから、軸の見つけ方の一例として以下のような方法を考えました。

1.チャレンジを、できるだけ5W1Hの入った具体的な文章で表現する

「セキュリティポリシーの策定・実施を(WHAT)、できるだけ早い時期に(WHEN)、実務担当者として(HOW/WHO)経験したい。転職も辞さず(WHERE)」のように表現します。

2.「変数」を選ぶ

 上記の5W1Hの中で、ずらしてもいい変数を考えます。それが軸の候補になります。

 例えばWHENに注目すれば、「できるだけ早い時期に/多少時間がかかってもよい」という軸に展開できます。WHATに注目すれば「現状維持/セキュリティポリシーの策定・実施を」「セキュリティに関することなら何でも/セキュリティポリシーの策定・実施を」などを思い付くことができます。唯一の正解があるものではありませんので、いろいろ試してみてください。

筆者紹介

堀内浩ニ

アーキット代表取締役。早稲田大学大学院理工学研究科(高分子化学専攻)修了。アクセンチュア(当時アンダーセンコンサルティング)にて、多様な業界の基幹業務改革プロジェクトに参画。1998年より米国カリフォルニア州パロアルトにてITベンチャーの技術評価プロジェクトに携わった後、グローバル企業のサプライチェーン改革プロジェクトにEビジネス担当アーキテクトとして参画。2000年に帰国、ソフトバンクと米国VerticalNet社との合弁事業において技術および事業開発を担当。転職や起業など自分自身のチャレンジを題材にして、「速く」「後悔しない」意志決定を学ぶプログラム「起-動線」を運営。


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