第95回 温故知新がニュー・テクノロジ?頭脳放談

NTTとIBMが新素子を発表。新しいといっても何か懐かしい技術を感じさせる。製品化には時間がかかりそうだが、なぜか筆者の琴線に触れる。

» 2008年04月25日 05時00分 公開
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 「ゲテモノ」といっては、取り組んでいる方々に大変失礼なので「新奇なもの」といういい方が穏当だと思うのだが、正直にいって筆者はソレらが大好きである。常に愛情をもって接しているといってもよい(いつもそれで失敗しているのだが……)。思えば出たばかりのころの「マイコン」もそういう雰囲気を多分にまとっており、それで思わずこの業界に入ってしまったのだが、その雰囲気が失われたころから「ツマラナク」なって現在に至っている。

 今月は、2件も筆者の「ゲ×モノ」琴線に触れるネタが登場して、うれしい限りなのである。そのうえ、2件とも年寄り好みの「温故知新」風でもある。「いまの若いやつらは知るまい風」を吹かすには、ちょっとヨサゲな感じだ!

NTTが開発した新素子はパラメトロンの末えい?

 1つ目は、日本電信電話株式会社物性科学基礎研究所の新しい論理素子の発表だ。だいたい日本電信電話株式会社などとあらためていわれると一瞬、「あれ?」と思ってしまう。普段接している「ドコモ」とか「東日本」とかは現業ビジネスとして意識に上ることはあっても、一般人が単なる「NTT」という会社を意識することは「株式市場」を除けばないかもしれない。でも、ちゃんと「長い目で見て」いまでも研究を続けている。それを「ゲ×モノ」呼ばわりする方が問題かもしれない。

 その論理素子というのが、多分MEMSプロセスで作るバネ状の「振動子」の振動の位相で「0」と「1」を記憶したり演算したりするもので、通常の半導体回路とは根本的に原理が異なる。ニュースリリースには、今回試作した素子の諸元を示す数字も一部書いてあるのだが、それを引用してうんぬんすることはやめよう(日本電信電話のニュースリリース「微細な振動で演算を行う新しい半導体素子を開発」)。試作品は「デカイし、遅いし」、それを現在商用になっている素子と比べるような段階には全然ないことは明らかだからだ。ただ、その動作原理と、それが実際に動作することを現物で確かめた、という点をもってその先の可能性、例えば「超低消費電力」とかを「想像力」を持って期待できるか、という段階だと思う。4半期ごとの業績に「うんうん」といっているような会社では、話の相手にもならない段階かもしれない。

NTTが開発した新素子(NTTのニュースリリースより) NTTが開発した新素子(NTTのニュースリリースより)
MEMSで作った非常に小さな板バネを振動子として用い、その位相の違いにより「0」と「1」を記憶したり、演算したりすることが可能になるということだ。

 それに、この素子の原理を説明するのに引っ張り出してきているのが古色蒼然(そうぜん)といっていい「パラメトロン」である。パラメトロンって知っています? 「年寄り」といわれている筆者も実はけっこう「若い」ので、実際にパラメトロン計算機を触ったことはない。コンピュータの「神代」のころにあった日本独創の素子である。さすがに関係していた方々はすでに大多数がリタイアされているのではないか、と想像する。多分、NTTの中にそのとき以来、日本独自の素子にかける執念のようなものが残っていて、今回のニュースリリースでも「つい」パラメトロンを引き合いに出してしまったのではないだろうか。でも、カエッテ訳が分からない状態になってしまったのが残念なところ。

 確かに原理的にはパラメトロンと似た部分もある。同じ振動数といっても、位相には「0」と「π」があり、それぞれを「0」と「1」に当てはめるという。パラメトロンはLC発振(なんとプリミティブな)でそれをやり、今回はMEMSで作った微小なバネの振動でそれをやったという。どちらも物理実験風で原理は想像しやすい。

 パラメトロンはトランジスタがまだ発展途上にあるときに、うまいタイミングで現れたので商用機も現れたが、結局はトランジスタに負けてしまった。今度の素子はトランジスタがすでに発達しきった現在に現れて、トランジスタの限界を打ち破れるのか? けっこう大変そうだ。それにしてもただ「新しい半導体素子」とか書いてあるだけで、名前がない。「話題」にするためには何か名前を付けてほしい。

IBMの新素子はいってみれば磁気バブル・メモリ?

 2つ目は、これまた老舗中の老舗、IBMの発表である(IBMのニュースリリース「IBM、新しいメモリー実現に前進」)。こちらは「Racetrack Memory」という「スピントロニクス技術」を使ったメモリである。さすがにIBMは、ちゃんとネーミングをしている。それも「Racetrack」というのは聞いた瞬間にカッコイイし、聞いてみればこのメモリの原理のメタファとしても悪くなさそうである。「名なし」のNTTとはえらい違いだ。

 固体中の電子の電荷とスピンの両方を利用する「スピントロニクス」原理がベースなので、MRAMにも通じるものがあるんじゃないかと想像するが、IBMはそういう手垢の付いた説明の仕方はしない(MRAMについては、「第31回 次世代不揮発メモリが夢見る明るい未来」参照のこと)。あくまで「新しい」超集積度の素子であることを強調し、いままでの素子は1つのセルに数bitの格納がやっとだけれど、これは1セルに100bitも格納できるのだ、とあくまで訴求点が明確である。

 「年寄り」の筆者などは、縦に数珠つなぎにつながる「磁壁」で表されたビット列を見ていて、つい磁気バブル・メモリを連想してしまった(磁気バブル・メモリなら実見できた世代なのである。高くて買えなかったけど)。まぁ、原理そのものは、モダンな響きのあるスピントロニクスなので磁気バブルとは異なるし、集積度が上がるようにビット列も垂直で、水平に並べていた磁気バブルとは違うのだが、磁化の向きがアッチ向き、コッチ向き、そいつらが列を作って行列している図を見て、ついつい磁気バブルを想像してしまったのだ。たぶん、そういうふらちな想像をする年寄りは無視してIBMは説明している。

IBMのRacetrack Memoryの原理(IBMのニュースリリースより) IBMのRacetrack Memoryの原理(IBMのニュースリリースより)
シリコン・ウエハ表面の垂直または水平に配列された磁性材料の列の磁区を用いることで情報を格納する。Racetrack Memoryによって、安定性・耐久性を持ち、大幅にコストを引き下げた新しい電子デバイスが実現可能であるとしている。

 想定の主敵は、NANDフラッシュメモリか、ハードディスクになりそうだ。かつて磁気バブル・メモリを追い払った技術の末えいたちである(蛇足だが、磁気バブル・メモリは、ハードディスクに負けたというよりも、フロッピーディスクに負けたような気がするのだが、どうだろうか。フロッピーディスク自体、ほとんど死語化しているが……)。分かりやすい、容量と値段で勝負となる。例によって自分じゃ値段の勝負をしないIBMなので、研究が進展し「メド」がついたら、誰かが製造を決断し、勝負する気になるかどうかというところ。前述のNTTの「素子」に要求される「想像力」に比べると、「そろばん勘定」のレベルに達するところまでは近そうである。

話題作りには名前も重要

 1度に2つのリリースを取り上げたので、つい比較して見てしまうのだが、NTTはいくら研究所の成果とはいえ、もう少しニュースリリースを書くときに「色気」があってもよいのではないだろうか。

 取りあえず名前がないのは、話題を「巻き起こす」ためのキーワードがないということで最悪である。個人的には温故知新で「技術史」上の偉大な成果に関心もあるし、興味もあるので「パラメトロン」は面白く読ませていただいたが、ニュースリリース文ならば耳に心地よいMEMSやナノテクで押し切ってもよかったのでは、と感じる。IBMの方が、より先鋭的な「スピントロニクス」を打ち出しているのを見るにつけ、なおさらそう感じてしまう。どうせ筆者も含め大多数の人々は「パラメトロン」も「スピントロニクス」も分かっちゃいないのだから、NTTは言霊の「生き」のよいものを選んだ方がよかったのではないだろうか? 少々、いい過ぎか……。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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