プロセッサとメモリなどを組み合わせたシステムLSIが、新しい不揮発メモリの登場で変わりそうな予感。半導体業界の新たな動きについて話そう。
乗った飛行機の音声チャンネルで、アレンジはファンキーながらも忠臣蔵が流れていた。本来、忠臣蔵は旧暦の12月のこと。新暦ならば、2月ということになるのだが、どうも最近は年末の恒例イベント(?)になっているようだ。それほど由緒正しい江戸っ子というわけでもないけれど、「討ち入り」と聞くと落ち着いていられなくなるのは、下町育ちの性なのかもしれない。
ただ、半導体業界人にとっては、「討ち入り」よりも「クリスマス」の方が年末行事としては大事だし、そのクリスマスも半年以上も前から意識することになる。まぁ、世間的にも「討ち入り」よりは「クリスマス」の方がメジャーなので、世間様とも差がなくてよい。泉岳寺に線香持っていったり、吉良邸跡までウォーキングしたりしているよりも、クリスマスのデートに勝負を賭けている人の方が100万倍も多いだろう。
クリスマスが半導体業界でも切実なのは、「実に1年間の半導体生産計画がクリスマスを軸に動いているから」といっても過言でないためだ。外資系であろうとなかろうと、これは無関係である。ただ、12月に入ってしまえば業界のクリスマス商戦はもうおしまい、というのが常ならぬところである。何せ部品業界なので、クリスマス商戦向けの商品に使われる半導体の納入のピークは秋であり、売り込みに至っては初夏には終わっているのだ。
2002年のクリスマス商戦向けの市況を見ていると、ようやく一時期のひどいスランプを脱却しつつあるようにみえる。各社とも稼働率が上がってきているようだし、ガツンと急ブレーキを踏み込んで、つんのめったような状況から、そろそろとアクセルを踏もうという状況に変わってきている。まずは一安心というところだ。しかし、PC、携帯電話に続く、半導体を大量に消費してくれる用途(アプリケーション)がいまだ立ち上がっていない、という状況は変わっていない。もうしばらくは試行錯誤が続きそうだ。
そんな2002年であったが、次世代につながるようなシーズの方は着々と形になりつつある。特にメモリ系ではそれがハッキリしてきた。しかし、メモリといって、単にPCの記憶装置を想像するのは正しくない。昨今の「システムLSI」と呼ばれるようなチップは、ほとんどの製品がチップ面積の半分以上をメモリが占めているくらいなのだ。システムの中心にはロジック製品の王様であるプロセッサが鎮座しているが、「システム」というからには、必ずメモリがついて回る。それが変わりつつあるのだ。
現在のシステムLSIは、オン・チップにワークエリアとして高速なSRAMを実装して、各種メモリとのインターフェイスを集積するというのが定番的な構成例である。ここでのポイントは、複数のメモリ・インターフェイスが集積されている点だ。大容量主記憶には外部SDRAM、ブート・ローダーやファームウェアを格納するのにはNOR型フラッシュメモリ、ファイル・ストレージにはNAND型フラッシュメモリやメモリ・カードといったように、用途によって使われるメモリが異なるからである。それが近い将来変わりそうだ。
まず、1つの候補にすでに商品化されているFeRAMという技術がある(開発元のRamtronでは「FRAM」と呼んでいる)。これは、不揮発になったDRAMといってよいものだ(「第21回 変り種メモリはいつ花咲くのか?」参照)。ご存じのとおりDRAMの欠点は、リフレッシュしなければ記憶が消えることだ。SRAMならばリフレッシュは不要だが、電源を切ればSRAMでもDRAMでも記憶は消えてしまう。ところがFeRAMでは、記憶は常に保持される。その上、DRAMのように高速に読み書きできるのだ。
また、別の候補にはMRAMがある。こちらはシリコン基板の上に構成した回転しないハードディスク、といったらよいだろう。ハードディスクというからには磁気で記憶する。そして電源を切っても記憶は消えない。また、読み書きも高速にできる。この読み書きともに高速であるというところが、FeRAMとMRAMのどちらも「RAM」と呼ばれる根拠となっている。
同じように電源を切っても記憶が保持されるメモリに、フラッシュメモリがある。ところがフラッシュメモリは、書き込みは読み出しとはけた違いに遅いし、手順も複雑だ。読み出しも、主記憶に使うのに十分速いとはいえないのにである。それでフラッシュメモリは、書き込めるのに「ROM」と呼ばれてしまう(「フラッシュROM」とも呼ばれる)。また、よく知られているようにフラッシュメモリに対する書き込み回数には限界があり、頻繁に書き換えができない。この差は大きい。
こうしてフラッシュメモリやDRAMの存在を脅かしているFeRAMやMRAMなのだが、2002年12月8日から11日まで米国カリフォルニア州サンフランシスコで開催された「International Electron Devices Meeting(IEDM:国際電子デバイス会議)」でそれらを脅かす別の存在が発表された。それが、Sharp Laboratories of Americaとシャープ、University of Houstonが共同発表した「RRAM(Resistance RAM)」である。MRAMと同様な材料を使うのだが、記憶原理はまったく異なり、電圧パルスにより抵抗値を変化させて記憶するメモリである。フラッシュメモリでも、1つの記憶セルに多値を記録する技術が実用化されているが、RRAMは多値化に非常に向いており、集積度が大幅に向上しそうな構造となっている。そしてFeRAMやMRAMと同様、高速な読み書きと不揮発性を備えているので、FeRAMやMRAMもうかうかしていられない。特に実用化でFeRAMに遅れをとっているMRAMを開発しているベンダにとって、似た材料でより集積度の高くなりそうなRRAMの登場はショックに違いない。ほかにも同様のメモリが実用化に向けて研究されている。
こういったメモリが一般化すると、現在のように用途に応じて複数の種類のメモリを使い分ける必要がなくなる、と思われている。主記憶も、ビデオ・バッファもファイル・ストレージもみんな同じメモリ。シンプル・イズ・ベスト、いままでの論理設計の頭痛の種が減ることは間違いない。その上、電源を入れれば前の状態が残っているから、ブートに時間がかかり、イライラすることもなくなる。電子機器の使い勝手は格段に向上しそうだ。新たなアプリケーションの出現につながる予感もする。
メモリ以外にも「システムLSI」を変革しそうなシーズはある。1つはRF、つまり無線デバイスとの融合である。RF部分が、現在最も一般的な半導体製造プロセスのCMOSで製造できるようになり、ワンチップ化できるようになってきたことがまず大きい。その上、従来の半導体加工技術とは起源の異なるMEMS(Micro Electro Mechanical System)技術も入ってきたことにより、これまで集積回路上に作れなかったコイルなどの受動部品まで搭載できる可能性が広がってきた。MEMSは半導体製造技術を応用できるので、Intelを初めとする多くの半導体ベンダが開発にしのぎを削っている。近い将来、アンテナまで含めてシリコン上に載せることも夢ではなくなりそうだ。ワイヤレス化することで、ネットワークとの接続からIC間の接続まで、実に多様な可能性が広がってくる。その中、最近注目されるアプリケーションは、RF-IDとかRF-TAGとよばれる小さなチップである。RF-IDやかRF-TAGにあて先などを記録し、それを荷物に付ければ、配送先の仕分けなどの効率が大幅に向上するというわけだ。また、コンサートなどの入場券としての応用も考えられている。半導体技術でワンチップ化し、低価格で製造できるようになったことで、こうしたアプリケーションが次々と生まれている。
もう1つは「ダイナミック・リコンフィギャラブル」という技術だ。動作時に動的に回路構成を変えて処理を行う技術である。いままでもFPGAのようにプログラム可能な論理回路はあったのだが、ダイナミック・リコンフィギャラブルでは、それこそ極端な話、あるときはテレビ、あるときはデジタル・カメラといったように、1つのシステムが複数用途に使えるようになる。こうした技術が本格的に実用化されれば、クロックごとに回路構成を変えて、そのときに最適な回路を作り、静的には複数のチップが必要となる仕事を1個のチップで済ませられるようになる可能性さえある。最近ソニーがデジタル・オーディオに採用したので、これからコンシューマ市場への応用が広がりそうだ(ソニーの「ダイナミック・リコンフィギュラブル回路に関するニュースリリース」)。
こうしてみると、シーズだけは揃ってきている業界なのである。2003年こそは、これらの種が成長して新たなアプリケーションが立ち上がり、うれしいクリスマスになってほしい、と思う今日この頃である。でも、もしかして作ったデバイスがヒットせずに、「お殿様ご乱心」「刃傷」、そんでもって「こちとら吉良邸に討ち入り」ってなことになったりして……。どうしよう。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
Copyright© Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.