第96回 「トヨタ生産方式」が半導体業界を救う?頭脳放談

先日から気になっていたTPSという単語が「トヨタ生産方式」だと気付いてビックリ。半導体業界にもTPSの波がやってきている。その理由は?

» 2008年05月26日 05時00分 公開
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 半導体業界には短縮語が多い。もともと半導体産業は米国起源だから「公用語は英語」の世界である。よって、何か新しいものが出るたびに、長ったらしい英文のフルネームの代わりに、英名の頭文字をつなげて語を作ってしまう習慣である。ほかにもこの手の習慣を持つ業界は多くなっているような気がするので、いまではどの業界にも共通の事象なのかもしれない。

半導体業界は短縮用語だらけ

 はるか昔、筆者が業界に入りたてのころは、これでもか、これでもかと理解不能な短縮語が登場するので閉口した。それにしても、大体、短縮される語というのは話の「キーワード」であることが多く、分かっていないと話についていけないのだ。そんなことも知らないのか、と思われることを承知で手を上げて聞くこともしばしばであった。でも、何度も同じことを聞いていると申し訳ない。いまでこそインターネットで用語検索するのは簡単だけれど、昔はなかなかそういかなかった。多分、1980年代の後半くらいだったと思う、自分のための単語帳を作り始めた。最初はMS-DOS上のフロッピーディスクに収まるデータベースだったものを、新しいシステムに移しながら現在に至っている。

 MS-DOSのころから作り始めているわけで、相当な時間が経過している。もはや完璧かというと、そんなことはまったくない。自分の体験と興味に限られているから、かなり偏っているし、毎年、山のように「新語」が出てくるので、この歳になっても「それって何?」と聞くことも多い。どちらかというと分からない語が増えているような気さえしている。

 しかし、ときどき「あらためて聞きづらい」シチュエーションもあり、つい、分からないまま通り過ぎてしまうことがある。特に短縮語は同じ綴りで指すものがまったく違うというケースもある。例えば、ATM=Asynchronous Transfer Mode(非同期転送モード)だったり、ATM=Automatic Teller Machine(現金自動預け払い機)だったりする。こういうのは話が理解できて、文脈が分かって初めてどちらか判断できる。どうも、聞いたような綴りの語だけれども、文脈からいって、何か違うものなのではないかなどと思うときがタマにある。そういときは心にトゲのように引っかかっているので、後からインターネットで検索して、「あぁ、そうだったか」と思って例の単語帳に入力することになる。しかし、このごろは「忘却力」というやつで、引っかかった単語が記憶に残っていそうなはずが、ただ引っかかったという「気持ち」だけが残って、単語そのものがバッサリと記憶から消えてしまうことも多い。すると後からインターネットで調べることもできない。

引っかかっていた「TPS」の正体

 ちょうど、ついこの間からそんな中途半端な状態にあったのが、「TPS」という言葉であった。TPMS(タイヤ・プレッシャ・モニタ・システム:自動車のタイヤの空気圧をモニタリングするシステム)とは違う。アメリカの文献だったか何かで見た記憶なので、「米国発」の何かだろう、と思っただけで調べもせず忘れてしまっていた。それが先週届いていたIEEE(米国電気電子学会)の雑誌「Spectrum誌」の2008年5月号に載っていた「THE NEW ECONOMICS OF SEMICONDUCTOR MANUFACTURING[英語]」という記事を読んでいて蘇ってきた。TPS=Toyota Production Systemだったのだ。そう気付いて少々驚いた。「米国発」の何かではなくて「日本発」だった。「トヨタ生産方式」と日本語でいわれれば、さすがに筆者だって知っている。即座に「カンバン方式」とか連想してしまうが……。

 でも、米国半導体業界と「トヨタ生産方式」というのが発想として、少々結び付かなかったので、もやもやっとしていたのだ。さらにいえば、「トヨタ生産方式」自体、いろいろな事例の発表を見聞きした経験はあるものの、筆者は「生産現場」の人ではないので、「現場で自分でやった」という経験がなく、思いつかなかっただけかもしれない。身体の芯から染み付いている人なら、見逃さなかったろう!

 しかし、「トヨタ生産方式」がIEEEの雑誌の、それも「半導体業界」の新潮流みたいなことで記事になっていること自体、ある意味凄いことなのだけれど、ちょっと違和感がある(まだ名前が出せない一部の事例のようだが)。いつの間に「米国半導体業界は心を入れ替えたの?」という感じだ。

半導体もトヨタ生産方式で利益を確保?

 確かに日本の電子工業界でも、「トヨタ生産方式を学んで生産性を向上して、海外に対抗しよう」みたいな動きは大分前からある。実際、そのために日夜働いておられる方もたくさんいると思う。それに海外でも「カイゼン」という単語は、そのまま通じるというもっぱらのうわさだし、これが海外の自動車産業とかであれば、自然で、そんなに違和感もなかったと思う。けれど、米国半導体業界というところで、もう目からウロコ状態である。

 経営層とトップのエンジニアが強い米国業界だから、どちらかといえば、高く売れるものをガツンと作る、ファブ(製造工場)も頭の凄くよいやつらがリーディングエッジの技術を実現し続ける、という方向性だと思っていたのだ。日本のように、末端のエンジニアやワーカーは真面目でよく働くので(これ以上書くと怒る人がいると思うので書かない)、ともかく細かいところから改善を積み重ねて、コストを下げ、カツカツの利幅を確保していくという生き方とは当然違うのだろうと。

 だが、どうも心を入れ替えたのだな。まぁ、大分前から、みなさん頭では分かっていたと思うのだが、もう昔のように半導体で「ぼろい儲けはできない」と見切っていたものにようやく身体がついてきた、というか。だから、生産性を向上し、無駄をなくし、コストを下げてやって行こうという流れが生まれるのは必然ともいえる。

 分かったことは、それだけでもないようだ。最先端のファブで大量に同じチップを作っても、それを消費してくれるような巨大な用途や市場はもうない、ということである。ちなみに、パソコンのスクリーン・セーバが原発1基分の電力を使っているとか、いやコンセントにつなぎっぱなしの携帯電話の充電器も大量の電力を使っているとか聞くにつけて、巨大なウエハ製造能力をそのまま電力を消費する製品に使っていたのでは、地球が破綻すると思う今日このごろである。どうも、米国の方々も、このまま先端ファブでむやみと走るのでなく、そこそこのものを、そこそこの数量だけ作っても「儲かる」ビジネスに転換しないとやっていけない、ということに気が付いたようだ。そのために、少ない数量でいろいろな品種を作っても、TPSを採用すれば、生産性が向上して儲けが出せるとなったのだろう。

 多分、TPS的にいったら、無駄な滞留在庫やら、もったいない試作品やらが大量に流れている半導体のファブなので、改善すべき点はそれこそ山のようにあり、宝の山状態なのかもしれない。

みんながTPSを採用したら日本はどうなる?

 さて、ここで心配になってきた。米国(ということは、台湾も、たぶん中国ファブも)がTPSだ、となってしまうと、日本はどうなるのか? いままで、末端のエンジニアやワーカーの「改善」だけが勝負になっていたのに、それすらやられてしまうことになりかねない。

 一方、ご本家のトヨタを見れば、そちらも「潮目が変わった」といった話も出ているようだ。当然、それを乗り越えるための方策も考えているに違いない。また、TPSといっても、国会を解散してまで民営化を決めたどこかの巨大組織のようになかなか定着しないところもある。どうもTPSは「利害の共通する人たちが、合理的に、日常的に」行動していくならば、すばらしい方法なのだけれど、「利害の錯綜する人たちが、権益の奪い合い」をしているようなところや、「天変地異か、朝令暮改」のような世界とは相容れないような気がするのだが……。そんなところでもあまねく救ってくれるものでしょうかね、TPSは?

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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