結局、開発ではなくテストチームに配属され、サブシステムの結合テストを先輩と2人で担当することに。
テスト実施は根気のいる作業でしたが、何とかこなしていました。本当に、「何とか」「こなす」というレベル。最初のうちは、研修で覚えたテスト実施の方法が頭に残っていたようです。気付けばテスト実施は終わっている、けれど後になって内容を聞かれると、
先輩 「ここって、どうやった?」
私 「あれ? どうやったんだっけ?」
そんな状態でした(現場デビュー当時、よく見られたこの「どうやったんだっけ」現象を、先輩方は「なんだそりゃ。マジックか?」と明るく笑い飛ばしてくれたものです。感謝)。
そして、こなせていなかったのが、テスト結果報告書。
品質が人に依存しないよう、プロジェクトでは報告書の「ひな型」が用意されているのですが、「どうやったんだっけ」現象に占拠されていた私の脳内は、テストのことだけでいっぱいだったと思われます。
気付けば私の報告書は、「ひな型泣かせ!」と枕詞が付きそうなほど、見事にひな型を使いこなせていなかったのです。
さて、この問題で最も大きな被害を受けたのは、一時的に日本で作業をしていたChina Delivery Centreのメンバー(以下、中国メンバー)。テスト結果を受けてプログラムの再修正を行う立場でした。
もの珍しいテスト結果(異常値をエクセルに張り付けて矢印で「Error!」とひと言。武骨すぎます)に、中国メンバーからは困惑と怒りの質問ラッシュ。
中国メンバーのうちの多くが日本語を話せる中、私の領域の中国側メイン担当は、日本語での業務にまだあまり慣れていませんでした。
「うん、英語だ」
状況から、私は潔く英語を受け入れました。
受け入れはしたものの、資料作成も英語もままならない身。紙面でも口頭でもコミュニケーションがうまく取れません。
外資系企業故か、業界の大きな流れ故か。早くも近隣諸国にまで迷惑を掛け、混乱する自分。
混乱したところで英語力が何とかなるわけでもないので、紙面でこちらのメッセージを理解してもらえるように工夫を始めました。
言語の壁を越えるのは、ビジュアル(ここでは画像、図のこと)しかない。そう信じた私は、
としました。
毎回、これでもか! というほどに説明を付けたのですが、それでも至らない点はあって(太線の引き過ぎも一因か)。
決して使い勝手は良くない私の報告書でしたが、中国メンバーはそれを基にどんどん質問や指摘をしてくれ、おかげで毎日改善すべき発見がありました。
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