プログラムレス開発が全盛の中、フルスクラッチ開発こそ、顧客のためになり、SEにとっても強みとなると主張する企業がある。彼らはなぜあえて今、このような主張をするのだろうか?
プログラムレス開発が主流となりつつある。システムを作らない/持たないことが良しとされる風潮の中で、あえて「フルスクラッチは今でも1つの有効な選択肢」と言い切る会社がある。
代々木上原に事務所を構えるプラムザも、その1つだ。彼らはなぜ、こう主張するのか。フルスクラッチは本当に1つの選択肢になり得るのか――? 長い間フルスクラッチ開発に携わってきた筆者が、同社の代表取締役 島田徹氏と取締役 内藤洋史氏と議論した。
――インタビューに入る前に、なぜこの取材を思い立ったかを説明した方が分かりやすいと思うので、まず私自身の話をしたいと思います。私は、1987年に東洋情報システム(現TIS)に入り、7年間はずっと通信系のミドルウェアを開発していました。
島田氏 昔はSIerがミドルウェアを自社開発していたんですね。
――コンピューターメーカーや関連会社だと普通ですが、独立系SIerでは珍しかったと思います。ところがバブルが弾けてシステムへの投資額が減り、さらにマイクロソフトなどが安価なミドルウェアを出してきた。バブル時代は余りある利益が出ていたのが、バブルが弾けてからは赤字部門に転落してしまいました。その後、私は業務アプリを開発する部隊に配属されました。
配属された直後、部長からこんなことを言われました。
「君たちはフルスクラッチでシステム開発をしているが、これからはそんな時代ではない。特定のパッケージソフトについての仕事に特化する方が、営業面でも生産性の面でも有利なんだ」
私は、「理屈としては分かるが、技術力がなくなる。それでいいのか」と反論しました。長いやりとりの末、部長が「そこまで言うなら思うようにやってみろ」と言ってくれました。しかしその後、部長の言うことを聞いておけば良かった、と思う事態になりました。
島田氏 というと?
――開発グループを任されてから思い知ったんです。特定パッケージや特定のお客さんの仕事ばかりしているグループの方が、収益性が高い。私は、グループ経営に完全に失敗し、部下も離れていくという憂き目を見ました。
島田氏 森川さんにも大変な時期があったんですね。
――部長との議論が1994年、私の失敗が明らかになったのは2003年です。議論から約20年、敗北から約10年がたっている。ところが、ブロガーのオフ会(島田氏と森川は誠ブロガー同士)で、フルスクラッチ開発専門のシステム会社を経営している人がいるという。そんな経営が今時できるのか正直、疑問に思いました。
島田氏 これは眉唾ものだろうと(笑)。
――逆に、本当ならすごいことだと思いました。しかも、島田さんは私より5歳以上若い。フルスクラッチにこだわる世代は私らぐらいで終わりだという感覚だったので、さらに驚きました。それで、取材したいと思い立ったのです。
――それでは前置きはこれぐらいにして、インタビュー本編に入りましょう。まず、プラムザという社名の由来から教えていただけますか。
島田氏 「PLUg to Make System Advansed」の略です。「システムを先端的なものにするための道具でありたい」という思いを込めています。
――道具でありたい、とは。
島田氏 エンジニアの中には、「自分たちがビジネスを作っている」と勘違いしている人が多い。しかし、実際にビジネスを作っているのはお客さんです。私たちエンジニアはそれを手助けする道具、つまり裏方に徹したいと思ってるんです。
――コンサルタントではない、ということでしょうか。
島田氏 ええ。われわれはあくまで、ビジネスを実現するための技術的な力添えをする立場です。立ち位置を間違えると、お互い不幸になるからです。
――起業のきっかけは何だったのですか。
島田氏 私が起業したのが1998年、Windows 98が出たころです。Windows 95が切り開いたビジネスPCの時代が、ようやく本格化すると思いました。汎用機なら開発に何千万円もかかるシステムが、パソコンなら数十万〜数百万円で実現する。これは面白くなるぞ、と。
――内藤さんは、大手のSIerでSEを経験後、プラムザに移ったそうですね。プラムザに将来性を感じたのでしょうか。
内藤氏 実は当時、私は音楽関係の仕事をやりかったんです。それで大手のSIerを辞めて、バイト生活をしていました。たまたま、近所にプラムザがあったので、プログラマのアルバイト募集に応募したところ、島田から「正社員でSEをやらないか」と言われまして。少しだけ働くつもりが、小さな会社での開発の面白さに魅せられてしまって。いつの間にかプラムザの仕事が本業になっていました。
――そんなお2人が、フルスクラッチにこだわる理由を教えてください。世の中の流れは、プログラムレスに進んでいます。IT企業は、オープンソース(OS)ツール(※1)やパッケージソフト(※2)を最大限に活用した開発、あるいはクラウドの提案を行っています。エンドユーザー企業も、資産としてのソフトウェアはできるだけ持ちたくないという方向性です。
島田氏 その方向性があるのは認めます。
――私が部長と議論した1994年には、まだソフトウェア資産を持つこと自体は当たり前でした。1990年代と比べると今はさらに、フルスクラッチ派の状況は厳しいと言わざるを得ない。なのに、あえて今フルスクラッチにこだわることは世の中の流れに逆行すること、つまり経営的にはリスクが大きいのではないでしょうか?
島田氏 確かにOSツールでカバーできる範囲は広がりました。しかし、フルスクラッチでないとできない仕事は確実にあります。
――例えば。
島田氏 今ちょうど手掛けている実例でお話しします、2つのコネクタ端子とケーブルを、Web上で組み合わせて販売する会社のWebシステムです。このシステムには、商品テーブルを3つに分け、組み合わせが可能かどうかを制御するテーブルが必須で、さらに製造指示書の印刷も必要です。しかし、このような複雑な制御ができるOSツールはなく、この会社の業務に対応できる業務パッケージもありません。
――なぜですか?
島田氏 業務が特殊すぎて、作っても他社では売り物にならないからです。逆に言えば、汎用的な業務で使えるパッケージは、すでに必ず存在しています。そういう業務に関しては、パッケージを使えばいい。
――コンサルタントならここで、「パッケージに業務を合わせろ」と言うのでは?
島田氏 それはナンセンスですよ! パッケージに合わせられない特殊な業務がこの会社の強みなのに、そんなことをしたら優位性がなくなり、つぶれてしまいます。
――なるほど。
島田氏 どの会社にも、汎用ツールだけでできる業務と、パッケージが存在し得ない業務があるはずなのです。ここで普通なら、「パッケージのカスタマイズ」か「OSツールでの開発」となるのでしょうが、データベース構造が複雑なシステムは、フルスクラッチのほうが結果的に楽なんです。そして、このような案件は、私の直感では当面10年間はなくならないでしょう。経営は十分、成り立ちます。
――フルスクラッチの方が楽かどうかは後で詳しくお話させていただくとして、ならばなぜIT企業はフルスクラッチに手を出さないのでしょう?
島田氏 理由はさまざまでしょう。顧客の当初の要望と実際にできあがったものが違えば裁判になるリスクが高いし、開発者の負担も大きい。プロダクトの手離れが悪く、いつまでも過去の問い合わせに対応しなきゃいけないとか、開発者が退職したときの引き継ぎが大変だとか、いろいろあるようです。私たちはそう思っていませんが、多くの会社はそう思っているんじゃないでしょうか。
内藤氏 誰かがやらないといけない仕事があるけれど、多くの会社が手を出さない。あるいはやれる会社が少ない。「プラムザがやらねば誰がやる」という感じなんですよ。あえて面倒なことをやるから、プラムザにも価値があるのではと。
――力強い言葉ですね。
内藤氏 できるだけパッケージを使って、パッケージにない機能は「運用でカバー」するという提案をする会社もあります。しかし、費用対効果を考えた時、運用でカバーせずソフトウェアで完結させた方がよいと考えるお客さんもいます。そのようなお客さんに対しては、フルスクラッチの出番がまだまだあると思うのです。
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