Intelが、露光装置製造会社の最大手「AMSL」に対して研究開発資金を提供すると発表。Intelの出資で半導体製造技術が2年前倒しされる?
Intelが、オランダのAMSLに対して研究開発資金を提供すること、そして株式の購入を約束することに関するニュースリリースが流れてきた(インテルのニュースリリース「インテル コーポレーションと AMSL、次世代半導体製造の中核技術の開発促進で合意」)。新しいプロセッサの発表でもないので、一般の消費者を念頭においた派手なニュースリリースではない。淡々と合意した金額を述べることが主体の、地味な、しかし投資家や規制当局の承認を得るために必要不可欠な類の公表である。Intelといえば、あちらこちらの会社に投資や買収をしてきているので、1件1件の投資案件をいちいちフォローすることもないだろうと思うかもしれない。しかし今回のニュースリリースからは、今後の半導体業界の根幹に関わっている状況が読み取れるのだ。
このニュースリリース、Intelが仕掛けたというよりは、AMSLの側の仕掛けであるように見える。というのも同時に、AMSLが他社にも同様な交渉を持ちかけているというニュースリリースを配信しているからだ(AMSLのニュースリリース「ASML Announces Customer Co-Investment Program Aimed at Accelerating Innovation」)。
さてそのAMSLであるが、半導体業界外の人だと、ほとんど聞いたこともない会社かもしれない。半導体製造装置のメーカーである。端的にいえばステッパー(露光装置)の会社だ。いまやナノ・メートル位の世界である微細なパターンを半導体ウエハ上に焼き付けるための装置を作っている。どうも年寄りからすると、ステッパーといえば日本のニコンやキヤノンといった名前がすぐに頭をよぎる。けれども現時点でいえば、AMSLこそが、世界最大のステッパー・メーカーであり、ニコンやキヤノンはそのはるか後塵を拝しているといった状況にある。
そこで何に対してIntelは資金提供をしようというのか? 第1は450mmサイズのウエハへの露光技術に対してであり、第2はEUV(極端紫外線)露光技術に対してである。それに対して、Intelは株式になるものと、そうでないものを合計して33億ユーロ(米ドル換算41億ドル、日本円換算3280億円)を投資しようというのだ。半端な金額の投資ではない。
450mmウエハとは何か。現在の主流が300mmだから、直径で1.5倍、面積では2倍以上となる巨大なウエハである。ピザ・パイとしてもかなり食い応えのあるサイズだろう。昔々、筆者がこの業界に入ったとき4インチ(100mm)ウエハの時代だったから、それからするととんでもなく巨大なサイズだ。先端プロセッサは、集積度の向上だけでなく、チップ面積の巨大化傾向も含めて発展してきたが、それを十分な生産性をもって収容するに足りるようにウエハも巨大化してきたのである。それを取り扱える装置もまた巨大化する。巨大化してなおかつ、精度は向上しなければならないのだから、そのステッパーというのがとんでもない高額商品、実質1台1台が昔の工場1棟に匹敵するような、となることは想像できるだろう。
そしてEUV露光技術である。これは昔から研究されてきたのだが、「超ムズカシー」ということでなかなか量産にたどり着けていない技術である。しかし、現状の露光技術での微細化は限界に近づいていることは分かっており、EUV抜きには将来の微細化はできそうにないのだ。波長を短くすれば微細にできるとはいうものの、波長を短くすると光学系がどんどん難しくなる。普通の可視光を扱うレンズでは紫外線を扱えないのと同様、紫外線も波長が短くなるとまた別な光学系が必要となる。光学系といっても一眼レフの交換レンズのような小さな装置を考えてはいけないようだ。何トンもあるような巨大でかつ超精密なものだ。AMSLの場合、この部分は光学の伝統のあるCarl Zeiss(カール・ツァイス)の子会社とガップリ組んでいるようだ。
微細化ができなければ、プロセッサの性能も集積度も頭打ちとなる。これがうまくいかないと、Intelのロードマップの根幹に関わってくる。すでにAMSLはプロトタイプなど作って実績を積んできているのだが、それに投資をすることで量産を2年前倒しさせよう、という目論みなのだ。
このIntelの投資発表と重なるようにして、AMSLがほかの2社とも似たような話をしているというニュースが流れてきた。その2社とは、台湾TSMCと韓国SAMSUNGである。ご存じのとおり、TSMCは他社の半導体製造を請け負うファウンダリの最大手であり、SAMSUNGは、メモリ・ビジネスを牽引する韓国半導体業界のトップである。Intelとあわせたこの3社は、高度な微細加工技術を必要とするそれぞれの分野のトップだ。このごろは半導体メーカーといっても、微細プロセスの工場を自社で持つことを断念し、TSMCなどに委託する会社ばかりである。多分、この3社に装置を納めれば、そのような装置を必要としている需要のほとんどを抑えてしまったことになるように思われる。そういう点で、AMSLへの投資というのは、この先の微細化に乗るためのチケットのようなものかもしれない。チケットを買えない会社は、この先の微細化トレンドに乗っていくのを断念し、世代遅れの古い装置で我慢するしかない。
この話の中に、かつて一世風靡した日本半導体大手と日本の半導体製造装置メーカーが1社も現れないのは日本の半導体産業の実力の反映とはいえ悲しいことである。一方、何十年も前の小さなウエハ・サイズと太い線幅の装置を使って魔法のように収益を上げている会社もあるのだが、それは性能の高いアナログをやっている米国の半導体会社が多く、そちら方面にも日本半導体の影は薄い。
■関連リンク
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
Copyright© Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.