他の人とコラボし、「非同期」で多重録音しながら音楽を作り上げることのできるユニークなサービスが登場した。ユニークなのはそのUIや使い心地だけではない。音楽系サービスならば避けられない、著作権にまつわるリスクを巧みにかわしているのだ。
音楽好きとして「どうだ! 日本のスタートアップもこんな素敵なサービスを作り出すことができるぜ!」と世界に誇りたくなるサービスが登場した。「nana」だ。
ただ単に内容が面白いのではなく、操作系がシンプルで使いやすく、ユーザーフレンドリーなUXを実現しているところが最高に気持ちがよい。何というか、日本人離れした世界観とでもいうのだろうか、どこに出しても恥ずかしくない、そんな雰囲気をまき散らしている。
また、事業運営という視点からも、著作権処理の考え方が意表を突いているというか、音楽業界が堅持しているテリトリー主義の裏をかいている。なるほどその手があったか!とガッテンしてしまう部分もあり、うれしくなってしまうのだ。
専用のiPhoneアプリ「nana」を介して、他の人とコラボしながら「非同期」で多重録音しながら音楽を作り上げることができるサービス、それがnanaだ。非同期系の多重録音コラボという点では「MYTRACKs」といった先例もあり、オンリーワンというわけではない。しかし、マニュアル不要で操作できるシンプルなUI/UXからは、InstagramやPinterestが登場したときのような、キラッと光るものを感じずにはいられない。
ネットを介して遠隔地のメンバー同士で音楽をコラボするという部分では、ヤマハの「NETDUETTO」が有名だが、NETDUETTOの場合は、リアルタイム演奏を目的としたもの。「せーの」で演奏するのは確かに楽しいが、何かと時間の制約を受けるため、「気軽に」というわけにはいかない。
その点nanaは、誰かが過去にアップロードしたものに音をかぶせ、その成果を再度アップロードする仕組みなので、ちょっとしたスキマ時間にコラボに参加できる気軽さがある。
「nana」は、iPhoneアプリから利用する。「iPhoneのマイクに向かって気軽に歌ってみようよ!」と、カラオケで歌う感覚をウリにして「一般の人にもどんどん歌って参加してほしい」(nana music CEOの文原明臣氏)という思いからだ。
ただ「シャイな日本の私」としては、nanaを通じて自分の歌を公開することに恥ずかしさも覚えるわけで、同様の感覚の人も多いだろう。
現状、日本でのみサービス提供されているnanaだが、そのあたりの日本人気質の壁を乗り越えることができるのだろうか。そんな筆者の心配をよそに「当初は、予行演習的な意味で日本だけの提供だが、この後、世界展開を目論んでいる」(文原氏)ということなので、厚顔な(失礼)人の多い海外でなら利用率も上がりそうだ。
世界展開となると、著作権の処理はどうするのか心配になる。日本に限った提供なら、nanaは、JASRACとの間で楽曲の使用に関して包括的契約を結んでいるので問題はない。だが、App Storeを通じた世界展開となると、原則としてそれぞれの国で適切な処理を行う必要がある。冒頭で「テリトリー主義」と述べたように、音楽ビジネスの世界、特に権利処理については、各国ごとにルールや規定が設けられているからだ。
ただ、App Storeが展開する100カ国近い国すべてにおいて個別に権利処理をしていたのでは膨大なコストと時間がかかり、とてもではないが、nanaのようなスタートアップには非現実的な話。そこで、nanaを運営するnana-music, inc.では、本社を米国に置くことでその問題を回避している。
なぜ米国に本社機能を置くと、世界展開の著作権処理問題を回避できるのだろうか。その答えは、米国のデジタルミレニアム著作権法にある。このルールの下では、著作権の侵害行為があった場合でも、権利者からの削除要請があった時点で対応すれば、サービス運営者は免責される。
例えば、nanaの中で権利者の許諾なしに「We are the World」がユーザーによって歌われていたとしよう。これは厳密にいうと権利侵害行為に当たるのだろうが、権利者がクレームをつけてきた時点で削除するなどの対応をすれば、nanaの側にはおとがめなしということだ。
もちろんそれは米国での話であって、そのルールが他の国でそのまま通用するものではない。米国外では言うなればグレーゾーンの範疇に入るのであろう。
ただ、この考え方は、米国に本社を置くYouTubeも同様なのだと思う。たくさん投稿されている「歌ってみた」系動画を見ていると、YouTubeも実質的には似たような考え方で運営されていると想像するのはたやすい。
そもそも、著作権を一括管理するJASRAC型の管理団体が存在しない米国では、アーティストやその代弁者(エージェントなど)が使用者との間で契約ベースで使用許諾を与える形になる。だから権利者側からすると、CDなどの音源をそのまま使っていない限りは、「歌ってみた」系でも何でも、露出が多い方がうれしいという側面もある。
グレーゾーンではあるが、権利者側のテリトリー主義がネットの進歩に追いつかない現状では、配信主体が属する国のルールに準じて運用されるのも仕方がない部分なのだろう。
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