スループットの飛躍的向上を実現した「MIMO」と「MU-MIMO」解剖! ギガビット無線LAN最新動向(2)(1/2 ページ)

無線LANスループットの飛躍的な増大を実現した802.11nの中で最も革新的な技術である「MIMO(Multi-Input Multi-Output)」と、それを進化させた「MU-MIMO(Multi User MIMO)」の仕組みを解説します。

» 2013年04月12日 18時00分 公開
[下野慶太(アルバネットワークス株式会社),@IT]

スループットをジャンプアップさせた「MIMO」

 前回の記事では、無線LANの新しい規格「802.11ac」の主な機能について紹介しました。

 さて、無線LANスループットの飛躍的な増大を実現した802.11nの中で最も革新的な技術がMIMO(Multi-Input Multi-Output)でした。11acではこのMIMOを進化させた、「MU-MIMO(Multi User MIMO)」が定義されました。

 MU-MIMOについて説明する前に、まずMIMOについて簡単に振り返ってみたいと思います。

 MIMOとはその名の通り、送信側・受信側両方に複数の無線モジュールを使うことで、スループットおよび信頼性の向上を実現する技術です。11nより前の無線LAN機器においては、アンテナを複数搭載していても、変調/復調を行う無線モジュール自体は1つであり、両方のアンテナが同時に使用されることはありませんでした。

 これに対しMIMOでは無線モジュールも多重化し、複数のアンテナを同時に使用するのがポイントです。受信時の信号処理に大量の演算処理が必要となることがMIMO実装時の課題でしたが、信号処理回路の高速化、省電力化により実用化が可能となりました。

マルチパスを弱点から武器に

 無線LAN通信では、単一通信であっても、電波は放射状に送信されるため、アクセスポイントからクライアントに向けて送信された電波は(その逆も同じ)、直接届くものだけでなく、床や壁、天井から跳ね返って届くものも出てきます。この「電波が直接届く環境」を「LOS(Line of Sight)環境」、床や壁で跳ね返り、複数経路を通って届く環境を「マルチパス環境」と言います(図1)。

図1 LOS環境とマルチパス環境

 ほとんどの屋内無線LANの環境はマルチパス環境です。そういったマルチパスを通った電波は、反射のたびに信号強度が低下し、さらに反射後の経路が長くなればなるほどLOS信号に対して遅延が生じます。そしてこれらの電波を受信した側は、これら電波の信号を重ね合わせた際、電波干渉があるかのように元の波形を崩してしまいます。これをマルチパス干渉と呼びます。

 従って、11nより前(11b/g/a)は、誤り符号訂正などでマルチパスによる干渉やノイズによる歪みを修正し、LOS状態の信号に近づける必要がありました。これがパフォーマンスに大きな影響を及ぼしており、長らくこのマルチパスは無線LANシステムにおける懸念点でしかありませんでした。

 ところが逆にMIMOでは、このマルチパスをうまく利用することで、複数ストリームでの通信を実現しています。

MIMOで実現される機能

 MIMOで実現される機能は、大きく以下の3つです。

  • ダイバーシティ・コーディング
  • 送信ビームフォーミング
  • 空間分割多重化(Spatial Division Multiplexing)

ダイバーシティ・コーディング

 送信データ・ストリームを、ストリーム数より多いアンテナから送信することでダイバーシティ効果が得られます。前回簡単に紹介した「Space-time block coding(STBC)」がこれに当たり、スループットの向上というよりも品質の向上のためにアンテナを使っています。

送信ビームフォーミング

 送信ビームフォーミングでは、単一フレームを複数のアンテナから送信する際、各アンテナから送信する信号の位相を制御することで、受信クライアントで信号のパワーが最大になるようにします。ビームフォーミングは、クライアントがどのようにフレーム受信するかを確認(もしくは想定)した上で、クライアントに照準を合わせてフレームを送信します(図2)。

図2 送信ビームフォーミング

 11nでは、このクライアントの状態を知る方法として、「暗黙的フィードバック」と「明示的フィードバック」という2種類の方式が定義されていました。

 暗黙的フィードバックでは、通信路が対称だと仮定した上で、アクセスポイントはクライアントから送信されるサウンディングフレーム(無線伝搬路推定用のフレーム)を元にCSI(Channel State Information:チャネル状態情報)を算出し、伝達関数を推定していました。

 一方明示的フィードバックでは、アクセスポイントがサウンディングフレームを送信し、クライアントがそのサウンディングフレームをどのように受信したのか、その受信状態を含んだCSIフィードバックをアクセスポイントに返します。アクセスポイントでは、それを元に伝達関数を導くことで、より精度の高いビームフォーミングが可能となります(図3)。ただし、クライアント側でCSIフィードバックを作成する処理は複雑で、また11nの明示的フィードバックには多数のオプション(任意実装)項目が規定されており、実際の製品ではほぼ使用されていないのが現状です。

図3 暗黙的フィードバックと明示的フィードバックの違い

 11acでは明示的フィードバックのみが採用され、11nにあったオプション項目も削減され、製品ベンダにとってはより実装しやすくなっています。11nの明示的フィードバックのサウンディングフレームのやり取りと類似していますが、若干の違いがあるため、互換性はありません。

 11acでの明示的フィードバックのシーケンスを少し詳しく見てみましょう。

 図4にあるとおり、まずアクセスポイントから、その後送信するサウンディングNDP(Null Data Packet)の形式を指定したVHT NDPA(Null Data Packet Announcements)を送信します。続けてNDPを送信し、クライアントがVHT Compressed Beamforming Reportを返します(サウンディングフレームは、クライアントが受信状態であるCSIを計測するために使用するだけなので、Null Dataのパケットを送っています)。

図4 シングルクライアント環境の明示的フィードバック

 図4はシングルクライアント環境の場合を示しています。11acでは、このビームフォーミングを使って後述するMU-MIMOを実現しているので、マルチクライアント環境の場合のフレームのやり取りを図5に記載します。

図5 マルチクライアント環境の明示的フィードバック

 シングルクライアント環境の場合は、NDPA Frameのクライアント情報(STA Info)が1つしかありません。このクライアント情報が複数ある場合、NDPAの宛先(RA)はブロードキャストになり、すべてのクライアントからVHT Compressed Beamforming Reportを受信するまでポーリングを繰り返します(図6)。

 こうすることで、すべてのクライアントからVHT Compressed Beamforming Reportを受信することができ、それぞれのクライアントに対してビームフォーミングが可能になり、その結果としてMU-MIMOを実現しています。

図6 サウンディングプロトコルのフレームフォーマット

空間分割多重化(SDM)

 MIMOを利用したSDMのモデルを図7に示します(図7では単純化のためアンテナ数を2つにしています)。このように、複数のアンテナからそれぞれ異なった信号を同時に送信し、複数のアンテナで受信します。送信された信号は、直接波、反射波が重ね合わさった形で受信されます。

 送信アンテナがM本、受信アンテナがN本のとき、この伝達経路のMIMOチャネルはM×Nの行列Hで現すことができます。この行列Hを使い、受信側で重ね合わさって受信した信号をきれいに分離することで、N(N<Mの時)本のストリームを同時に送受信することが可能となります。

図7 MIMOを利用したSDMのモデル

 これは非常に画期的なことです。SDMは従来の多重化方式である周波数分割多重(Frequency Division Multiplexing:FDM)や時分割多重(Time Division Multiplexing:TDM)にもう1つの次元を追加するものです。しかも、十分なマルチパスと受信機の演算処理能力があれば、送受信モジュール(アンテナ)を追加するだけで、容易に多重化数を増やしていけることになります。

 MIMOの性能を表記する際には「T×R:S」と記載します。Tは送信機数、Rは受信機数、Sはストリーム数を示しています。一番重要なのはSのストリーム数で、同時に送受信できるストリーム数を示しています。このストリーム数がそのまま送信レートに影響することはすでに述べたとおりです。

 また冒頭でも述べましたが、TとRは単純にアンテナの数ではなく、アンテナ、無線モジュールを含んだ送受信機(Radio chain)の数を意味しています。アンテナだけが多くても、信号を処理する機器が1つだけではMIMOの効果はありません(複数アンテナから同じ信号しか送信できない場合は、ダイバーシティ効果しか期待できません)。

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