Open Network Spaceで行われたミートアップで、Beautylishの共同創業者でありCEOのニルス氏に話を聞いた。
「スタートアップはかっこいい」、そんな風潮がなんとなく身の周りで高まっている。最近では、スタートアップ企業が集まるイベントやワークスペースにも、多くの人が集まるようになった。そんな中、起業家であり投資家でもあるニルス・ジョンソン(Nils Johnson)氏は、強いメッセージを発信する――「スタートアップが『かっこいい』というのは、リクルーターによるブランディングメッセージにすぎない」。
7月2日、Open Network Spaceで行われたミートアップで、筆者はBeautylish共同創業者であり投資家のニルス氏に話を聞いた。
ニルス氏は、美容に関する商品やメイクアップ技術などを紹介する電子商取引サイト「Beautylish」を運営する一方で、投資家として立ち上げから間もない10社以上のスタートアップ企業へ出資も行っている。これまでに投資した企業は、Dropboxが買収したMailboxやSkypeが買収したGroupMeなど。ニルス氏が運営するBeautylishは、YouTubeの共同創業者であるSteve Chen氏やSquareの元COO Keith Rabois氏から出資を受けている。
ニュース記事では、スタートアップの成功者たちの姿が取り上げられる。だが、当然のことながら成功する人ばかりではない。運よく成功している企業も、実は3〜4回ほど倒産しそうになっている。
「スタートアップを始めるのは、軍に入隊するようなもの。戦場では、敵に撃たれても誰も助けてくれない。スタートアップというものは、本当にそんな感じ。最初はいいが、やっていくうちにとても怖くなり、悩みも大きくなる。ときには、自分を疑うこともある。外から見ると、エネルギーに満ち溢れ、勇敢でかっこよく見えるかもしれない。しかし、それはリクルーターによってブランディングされているだけだ。投資家は、できるだけ多くの人に起業してもらいたいと思っている。だから、『スタートアップはかっこいい』というブランディングをする。スタートアップを考えるのであれば、そのことを理解していた方がいい」(ニルス氏)。
同氏は続ける。「覚悟ができたら、起業をする前にやることは2つある。1つめは、よい製品を作っている会社に一度joinすること(例えば、米グーグルや米フェイスブック、グリー、ディー・エヌ・エーなどである)。それらの会社に入り、プロダクトマネジメントやオペレーションの方法、各部署の優秀な人のやり方を盗み取る。
起業を目指すのであれば、最初に考えるべきことは共同創業者のリクルーティング。起業をしたいと考えている人ほど、他のスタートアップ企業に入社して経験を積もうとする。しかし、多くのスタートアップ企業の社員は2〜3人しかいない。その環境が、自分のネットワークを拡大するのに適切な環境かどうかを考えた方がいい。
2つめは、毎日ブログを書くこと。自分が思い描くスタートアップのアイデアやトピックについて、とにかく毎日ブログを続ける。例えば、教育系のサービスで起業を考えるのであれば、教育についてのブログを毎日書く。医療系のサービスであれば、医療について書く。こうして毎日自分のやりたいテーマについて考え文字に起こしていくと、自分が本当にこのアイデアを実現しなければならないかどうかが見えてくる。そして、自分にはどの程度のパッションがあるかを認識できる。
100%のパッションがあるかどうかはとても重要。周囲の環境が悪くなったとしてもやり続けられるかどうかが、重要なカギとなる。成功した企業でも、利益が出るまでには7、8年かかる。どうしても実現したいと思えるだけのアイデアがあるのか。どれだけ世界を動かしたいという気持ちがあるのか。7、8年は赤字で、大きな手ごたえもない状態でもやり続けられるのか」――ニルス氏は問う。
覚悟ができて、自分に耐えうるだけのネットワークとパッションがあると分かったら、いよいよ起業に向けて動き出す。起業家には、1番初めに重要な決断が待っている。共同創業者の選択だ。
何度も言うが、起業はロングタームで考えなければならない。共同創業者との関係は、長い間続く。よく、自分(たち)のアイデアに惚れ込んで、いきなりプロダクトを作り始めるスタートアップ企業があるが、それはよくない。まずは、共同創業者ときちんと話をする。「誰が社長になるのか」「株の分配はどうするのか」など、組織体制を整えることが先決だ。それらをすべて整理して、初めてプロダクトを作る。
共同創業者の一番最適な数は2人。多くて3人。ニルス氏が投資活動をしてきた中で、4人以上でうまくいった企業はほとんどないという。共同創業者が多いほど、決断に時間がかかってしまうためだ。決断内容も、お互いが気を使い合い中途半端になることが多い。
共同創業者の条件は、自分の持っていないスキルがあること。例えば、エンジニアが3人いても、ビジネスのスキルを持っていなければ資金調達や営業活動に苦しむ。逆に、ビジネススキルが高い人だけいても、エンジニアがいなければ何も作れない。
1人は必ずプロダクトを作れる人が必要。もう1人は、ハッスルできる人。資金調達や営業、採用など、人を巻き込む「ハッスラー」のような人がいるといい。最近では、デザイナーを共同創業者に選ぶことも多いが、プロダクト制作時に必要なスキルを持っているという理由だけで選んではいけない。もっと、根本的なスキルを見極める。
スタートアップでは、「自分」というブランドを常に意識する。アクションの1つ1つが自分のブランドであり、会社のブランドとなる。そのため、資金調達や採用活動、パートナーシップを組むときも、プラスになるアクションを選択するように心がける。
投資家は、会社のことよりも、創業者がどのような人間であるのかというストーリーを知りたがる。個人のブランドが会社のブランドに貢献できる状態までいくと、資金も人も周りに自然と付いてくるようになる。
ニルス氏は、「資金調達はできるだけ遅らせた方がいい」と言う。理由は、製品作りに専念するためだ。「先に投資をしてもらうと、自分の判断に何らかの影響を及ぼす。例えば、市場のニーズに合わせてアイデアを転換したいと思っても、アイデアに対してすでにお金が出ている場合、フレキシブルに対応しにくくなる。まずは、自分が本当に作りたいと思うプロダクトに専念し、納得のいくものを作る。そして、その製品を持って投資家にアピールする」(ニルス氏)。実際に、Beatylishはオファーがたくさん来たにもかかわらず、創業当初の2010年2月から8月までは一切の投資を受けなかったという。
また、「誰に投資してもらうか」という点も重要だという。アイデアやオフィスはすぐに変えることができるが、投資家が変わることはあまりない。その人が信頼できる人か、つらい時期にきちんとサポートしてくれる人かといったことを、お金をもらう前に確認する必要がある。
よくあるのが、家族や友人からお金を集めるという方法だが、これはあまりお勧めできない。それは、「絶対失敗できない」という感情面でのストレスがかかってしまうためだ。一番いいのは、Open Network Labのようなスタートアップを支援する企業。投資した金額をなくす覚悟がある機関から調達した方がいい。
ここまできて、やっと実際に作る製品の話となる。
製品やサービスを作るときには、まず自分たちの一番コアとなる部分を決める。そして、作りたいものの説明を、140文字以内でまとめる。もし、140文字以内で説明できなければ、課題が明確になっていない証拠である。これでは、いい製品はできない。
140文字で説明ができるようになったら、制作に取りかかる。作っているうちにアイデアが膨らんでくるが、この時点ではまだコアの部分に関係のない機能追加はしてはいけない。思いつくままに機能追加を繰り返すと、最初に提供したいと思っていた価値がどんどんブレていってしまうからだ。まずは、コアとなる部分にとことんフォーカスをして、自分が満足いくまでやり続ける。そこを達成した上で、新たな機能を追加していくことが軸をぶらさないコツである。
ビジネスモデルを考えるのは、作りたい製品ができてから。提供したい価値を提供できるようになったら、いよいよ収入やビジネスの具体案を練り込んでいく。
続いては、サービスの成長について。企業の多くは、サービスの成長をユーザー数で測ろうとする。しかし、もっと注目すべきなのは、リピーターの数である。うまくいっているサービスは、リピーターが多い。
「ユーザー数を増やそうとすると、例えば広告を打つなど、短期間で効率よく増やす方法を思い付く。しかし、短期間でのユーザー獲得方法は、一見効率的に見えても持続性がない。また、今流行りのGrowth Hackingのように、Facebookを上手くハッキングしてユーザーを獲得したとしても、他の人がそれに気付いて同じようなやり方をすれば、その効果は下がっていく。気が付けば、ユーザー獲得の手法ばかりを考え、既存のユーザーのことは考えなくなっていたりする。そうなると、プロダクトに対するユーザーの気持ちが見えなくなり、今いるユーザーも離れていく。私たちが考えるべきことは、ユーザーをいかに増やすかではなく、このサービスを使い続けてもらうためにはどうすればいいのかということだ」(ニルス氏)。
BeautylishのKPI(重要業績指標)は、前述の考え方に基づき、ユーザーのリピート率を基に設定されている。
例えば、「90日以内で購入をリピートしているユーザーが何人いるか」「1ユーザーあたりのリピート数」「リピートサイクルの速さ」などである。リピートサイクルの速さとは、例えば30日以内に3個買っていたユーザーが20日以内に3個買うようになったら、サイクルの速さが上がったということになる。
プロダクトを作る上でユーザーサイクルを作り出すことは、ユーザーの獲得にも大きく貢献する。その好例として、「Course Hero」という海外のサービスがあるので紹介したい。
Course Heroは、授業のノートをアップロードして共有するサービスだ。このサービスの面白いところが、ユーザーサイクルである。ユーザーは初め、検索サイトからCourse Heroにたどりつき、ノートを取得しようとする。が、ノートを手に入れるためには、自分が持っているノートをアップロードするかお金を払うかのどちらかを選択しなければならない。このアクションは、どちらもCourse Heroにとってプラスになる。ユーザーがノートのアップロードを選択すればコンテンツが増え、後者であれば課金ビジネスとして成立する。これが、ニルス氏の言うサイクルである。
Beautylishのサイクルは、購入した商品を使ったコンテンツをユーザーによって作ってアップロードしてもらい、その人の周りの人をさらに引き込んでいくという仕組みだ。この、ネットワークエフェクト(周りを巻き込むエフェクトを作ること)が、キーとなる。
プロダクトが出来上がったら、いよいよ資金調達に踏み出す。資金調達を行うのは、前述したとおりこのタイミングである。
このとき注意すべき点は、必ずしもオファーのあった金額すべてをもらうことがいいことではないということ。投資家は、優れた起業家にはどんどん投資したがる。だが、起業家にとって重要なのは「短時間で自分が達成したい目的や成功イメージにたどりつくこと」である。それには、賢く、自分が必要だと思っている金額だけを調達するのがいい。
なぜならば、人間の原動力には「切迫感」が大きく関係しているからだ。大きな資金を調達すると、どうしても余裕ができてしまう。そうなると、長い間事業が上手くいかなくてもやり続ける、という状態に入る。「3カ月後、1カ月後、1週間後に達成しなくてはいけないことは何なのか」を常に意識し、それが達成できなければ自分の会社は終わりだと思うくらいでなければいけない。
「自分にプレッシャーを与え、常に焦りを与え続ける。時間を大切にして、自分の成功をイメージして、自分のイメージする成功にあった調達額・賢い調達の仕方を考えた方がいい」(ニルス氏)。
スタートアップがうまくいかなくなったとき、「ピボット」と「リスタート」という言葉が頭をよぎるだろう。ピボットとは、ミッションを変えずに方法を変えるというものであり、リスタートは一から作り直すことを言う。
例えば、Dropboxが買収したGmail管理アプリ「Mailbox」を作ったオーケストラ社は、もともとToDoリストを作っていた。彼らのミッションは、「日々の管理を楽にして、人の生活をよりよいものにする」というものだった。ToDoリストで5億円の調達をしたが、ローンチをすると自分たちの競合が電子メールであることが分かった。多くの人が生活の管理に電子メールを使っていることを発見した彼らは、5億円を調達した60日後に投資家を集めて「ToDoリストをやめて、電子メールの事業に変更します」と宣言したという。投資家たちは突然の発表にかなり驚いたそうだが、オーケストラ社のミッションに共感していたためピボットできたそうだ。
一方、リスタートでよくある例は、最初に調達した資金を使って、まったく違うプロダクトを次から次へと作っていくというもの。これは、あまりお勧めしない。ニルス氏は、次のようにアドバイスをする。
「本当にリスタートしたいのであれば、投資家に一度お金を返して初めからやり直す方がいい。それを恐れずにやることで、最初に投資家から受けた期待やプレッシャーからも解放される。アグレッシブになれない環境は、できるだけ避けるべきだ」(同氏)。
「起業するタイミングは3つある。第1に、達成したいミッションがあるとき。第2に、急成長している市場のトレンドにうまく便乗できると思ったとき。第3に、既存のエコシステムをハックしてビジネスを作れると感じたときである。この3つのうちから、自分の性格にあったやり方を選べばいい。
資金の心配は、起業するほとんどの人が持つだろう。しかし、その悩みが続くのは意外と短期間かもしれない。もしお金が尽きたときは、振り返って、原因を考える。今資金がないのは、人が求めるものが作れていないからなのか、投資家を説得できる材料がそろっていないからなのか、それとも経営者として自分にミスがあったのか。一度振り返って、原因を考えてから次のステップを踏み出す。
Beautylishを立ち上げ、私は今、眠れない毎日を送っている。それは、お金の問題が原因ではない。私を眠らせないのは、自分たちが作っているものを人が求めているかという不安であり、自分たちが消えることで世の中が困るくらいの価値を与えているのかという不安である。
スタートアップは、本当に厳しい世界だ。スタートアップにとって成長は空気のようなもので、成長し続けられなければもうスタートアップではない。スタートアップを目指すのであれば、辛い時期が続くことを覚悟で、長期間やっていくだけの強いパッションがなければならない。並大抵のパッションではできないことを覚悟して、それでもやりたいならやればいい」(ニルス氏)。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.