「ビジネスの定番といえばOfficeアプリ」この常識に新潮流は起こせるか? グーグルが提供するビジネス向けクラウド・サービスの1つ「Google Apps for Business」の実力と可能性を知る。
IT業界で「クラウド」という言葉が流行りだしてから早数年が経過した。すでに一般ユーザー向けのクラウド・サービスは、その便利さやコストの安さなどから普及が進んでいる。それに押されるかのようにビジネス分野でもクラウド・サービスは広がりを見せていて、すでに導入した企業の事例紹介もよく見かけるようになってきた。おそらく多くの企業が現在導入を検討していることだろう。
だが、従来から社内システムをWindowsなどで構築・運用してきた企業にとって、「クラウド」は未知の世界であり、異質な存在でもある。メリット/デメリットは何なのか、どんなサービスがあるのか、従来の社内システムはどうすればいいのか、導入にはどのような作業が必要なのか、などなど分からないことはたくさんあるだろう。
本連載の目的はこうした疑問を解消して、クラウド・サービス導入に向けて進みやすくすることだ。題材として取り上げるのはグーグルのビジネス向けクラウド・サービス「Google Apps for Business」である。また読者対象は、SOHOから中小企業、そして中堅企業のシステム管理者とする。第1回となる今回は、従来型の情報システムである「オンプレミス」と比較した「クラウド」の優位性や、一般ユーザー向け無償サービスと有償サービスの違い、そしてGoogle Apps for Businessのコンセプトやサービス構成について見ていきたい。
ユーザー企業自身でサーバを購入し、適切な場所に設置、設定を行った上で自社運用をするという従来型の「オンプレミス」は、現在でも多くの企業で利用が継続されている。多くの企業は、企業競争力の糧となる自社のノウハウや業務データを「オンプレミス」の上に保有し、それらの情報が紛失しないよう、毎年、予算を割いて運用管理を行っているのが現状である。
一方、「クラウド」を導入した企業はどうであろうか。まず、「クラウド」の最も特徴的な点としては自社でサーバを保有する必要がなくなることが挙げられる。「クラウド」を利用したい企業は、いつでも好きなタイミングで必要なだけ、それらのサービスを利用でき、購入・運用・設置のような初期作業はほぼ必要なく、その分のコストや時間を節約できることも大きな特徴といえる。
以上を踏まえると「コスト」「スピード」に関しては「クラウド」を選択する上での大きな理由になると考えられる。
また、これまで社内の情報システムを担ってきたシステム管理者であれば、「オンプレミス」のハードウェアを運用・管理することの大変さは身に染みて感じていることであろう。通常、「オンプレミス」で扱われるハードウェアは5年の保守契約を結ぶのが一般的であるが、5年の間に何事もなく償却されるハードウェアは決して多くはないのが通常だ。導入直後は初期不良などで安定稼働までに多少の時間がかかるし、その後は性能低下に伴う増強やストレージ障害による機材交換などが生じるのが普通だ。
「クラウド」を導入することはここにも大きな意味を持つ。「クラウド」ではサービスの提供事業者がすべてのハードウェアの運用管理や常時監視を担当し、バックアップや性能不足への対応など、必要なすべての作業を代わりに行ってくれる。さらに、アプリケーションのバージョンアップやセキュリティ対策といった作業もすべて事業者側が行う。そのため、ユーザーはハードウェアの購入、バージョンアップ、保守運用といった作業から解放され、ほかの業務に専念しつつも、最新のサービスを止まらない環境で利用できるのだ。
インターネット上で著名なフリー百科事典であるウィキペディアによると、2012年6月時点でグーグルが提供するGmailのユーザー数は4億2500万人にも上り、世界最大のメール・サービスであると説明されている。読者の中にもすでにGmailを使っている方が多いのではないだろうか。
このGmailに代表されるように、グーグルは一般ユーザーに対しても無償で多くのサービスを公開している。その一方で、ビジネス・ユーザーに対しては有償でのサービスも提供している。この有償サービスが「Google Apps for Business」である。このサービスは1カ月あたり1ユーザー500円で利用できる。
そのGoogle Apps for Businessに含まれるサービス・ラインナップ(詳細は後述)を見ると、一般ユーザーが利用する無償の「Gmail」と同じ名称のメール・サービスが並んでいることに気付く。実はこの両者は、使い勝手や機能もほぼ同じとなっている。これには無償版Gmailに慣れているユーザーがそのままの使い勝手でGoogle Appsを使えるように、というグーグルの意図がある。
だが、ほぼ同じ機能ならあえて利用料を支払う必要がないのでは、と疑問に思うかもしれない。しかしながら、Google Apps for Businessには有償な理由がいくつかある。ここでは代表的なサービスとしてメールを取り上げ、無償版Gmailと比べたGoogle Apps for Businessの主な違いについて触れておきたい。
無償版Gmailはメール・アドレスの形式が「xxxx@gmail.com」となる。このうち「xxxx」の部分は(ほかのユーザーが使っていない限り)ユーザーが好きなものを取得できるが、「@gmail.com」の部分は必ず固定となるため、メール・アドレスを見ただけで無償版Gmailであることが一目で分かる。一般ユーザーであればそれでもいいかもしれないが、ことビジネス・ユーザーになるとどうだろうか。一定規模以上になるとほぼ確実に独自のドメイン(例えば「@example.com」のようなもの)を利用しているし、小規模でも起業していれば、独自のドメインを保有したいという思いを持つかもしれない。
それを解決してくれるのがGoogle Apps for Businessである。Google Apps for Businessでは、利用者の独自のドメイン、またはグーグルが用意した無料のドメインを利用できる。独自のドメインは、利用者がすでに購入済みのものを持ち込めるし、もしまだ持っていなければグーグルを通じて購入できる。一方、グーグルが用意する無料のドメインは「xxxx@yyyy.mygbiz.com」のような形式となり、「xxxx」はもちろん「yyyy」の部分も任意のものに決めることができる。
Google Apps for Businessには管理者が自社のユーザーを管理するための管理コンソールが用意されているのも大きな違いである。従業員全員がITに精通しており、会社の定めたルールを100%守ってくれる場合は不要かもしれないが、多くの場合は利用者による利用ミスなども想定した環境を用意する必要がある。
それを実現してくれるのが管理用コンソールである。管理者は管理コンソールを利用して自社のGoogle Apps for Businessにユーザーを作成したり、パスワード・ポリシーなどのセキュリティ設定をしたり、ファイルやポータルの外部との情報共有の可否を設定したりできる。
Google Apps for Businessは管理者向けの技術サポートも提供している。Google Apps for Businessの中で管理者として設定されているユーザーは、これらのサポートは24時間いつでも「メール」「電話」「オンライン」の3つの形態で利用できる。なおグーグルは外資系企業だが、ユーザーはいつでも日本語で問い合わせができる。
上記のほかにも、無償版サービスにはないがGoogle Apps for Businessだと提供されるメリットはまだまだあるので、次回の記事でより深く解説する。
「オンプレミス」と「クラウド」の違い、無料のGmailとGoogle Apps for Businessの主な違いについてはご理解いただけたと思う。次にGoogle Apps for Businessそのものの「いつでも、どこでも、どんなデバイス(端末)からでも」というサービス・コンセプトとその効果、さらには良い点・悪い点を含めた特徴についても触れていきたい。
Google Apps for BusinessはWebブラウザだけで100%の機能を利用できる「クラウド」であるため、利用端末へのソフトウェアのインストールやその運用管理は不要だ。また、PCやスマートフォン、タブレットといった端末による大幅な機能の差異などは発生しない。
一方で、PCにインストールして利用するソフトウェアのように、オンライン/オフラインなどユーザーの利用環境に関係なく豊富な機能を活用したいという要望には、いくつか制限が入る可能性がある。
Google Apps for Businessは99.9%のSLA(Service Level Agreement: サービス品質保証契約)を保証している。例えばメール・サービスにおける2012年度の稼働率実績は99.983%だった。また計画メンテナンスなどによるサービスの停止はないため、サービスへの接続性は極めて高く、災害対策についても高い効果を上げることができる。
とはいえ、サービス提供者側での障害によりサービスが一時使用できなくなるリスクもあるという点は事前に確認しておく必要がある。
前述のとおり、4億人を超えるGmailユーザーがいる現在、その環境をビジネスでそのまま使えることには大きなメリットがある。例えば、これまで他社のメール・アプリケーションなどを利用するメール環境であったとしても、多くのユーザーが自宅でGmailをすでに利用している可能性があり、その場合には導入時のユーザー教育などのコストが大幅に削減できる傾向がある(これはGmail以外のサービスにも当てはまる)。
ただし、グーグルから提供されるサービスが常に同じ画面構成(UI)で利用し続けられるわけではない。少なからず機能拡張とともにUIも変化していくことは想定しておく必要がある。
Google Apps for Businessに含まれるサービスはもちろんのこと、Googleには多数のWebサービスが存在する。そのため、例えばGmailで送受信するメールの内容はGoogle翻訳を使ってすぐさま翻訳したり、GoogleカレンダーとGoogleマップが連動して予定の場所からその地図情報を呼び出したりできる。
また、Google Apps for Businessに含まれるGmailやGoogleドライブ、Googleサイトのデータについても横断的な全文検索が可能だ。メールやファイル、グループウェアはそれぞれ別々に検索しなければならない、という従来のオンプレミスによくある「常識」を超えることができる。
Google Apps for Businessを利用するユーザー企業の多くは、もともとExchange ServerやLotus Notesなど別のシステムを利用していることが多い。グーグルはそれらのユーザーに対して、無償の移行ツール(Google Apps Migration for Microsoft Exchange、Google Apps Migration for Lotus Notesなど)を提供しているため、データの移行も含めたGoogle Apps for Businessへの置換えも比較的容易である。
またMicrosoft Office(Word、Excel、PowerPointなど)を利用しているユーザーが、同種のサービスであるGoogleドライブやGoogleドキュメントへ乗り換えをする際、その違いになるべく困らないような工夫や配慮もなされている。例えば既存のMicrosoft OfficeドキュメントはGoogleドキュメント形式に変換できるほか、Excelのワークシート関数がそのままGoogleドキュメントでも利用できる。
とはいえ、OfficeからGoogleドキュメントへの変換の精度については現時点では完璧ではないため、公的文書などドキュメントの体裁やフォーマットが非常に重要なものについては注意が必要である。
Windowsユーザーにとって非常になじみのある情報の1つにマイクロソフトのサポート技術情報(KB:Knowledge Base)があるが、Google Apps for Businessにも同様にサポート情報が多く用意されている。また、バグを見つけた場合の報告なども常時受け付けている。
ただし、一般ユーザーからの問い合わせには対応しないため、必ず管理者を経由してサポート窓口を利用しなければならない。
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