村井氏による「2020年東京オリンピック」への言及を受け、ディスカッションのテーマは「今後の25年で、Webにおいて重要なことは何か」へと移っていった。
村井氏は、ネットにおける技術発展の歴史の先にWebの未来があることを踏まえた上で「25年後に作り上げられているだろう情報環境を想像し、その上で自分たちはどんなことをやりたいかという“夢を見る”ことが大切だ」とした。
「今後、世の中のあらゆるデバイスはTCP/IPで常時ネットにつながる時代がやってきます。そして、そうしたデバイスを全ての人類が使う時代、全ての産業がネットの上に載る時代に突入するわけです。そのとき、どんなことが可能になっているといいか、そうするためには何をすればいいかを常に考えておくと楽しいと思います。
技術的な環境というのは、ボトムアップで作られてきますが、それが実際に出来上がったとき、その上でどんなシステムや仕組みが実現されるかというデザインは、先駆けてトップダウンで考えておくべきものです。“デザイン・フロム・ザ・トップ”の発想を心掛けておくといいでしょう」(村井氏)
「次の段階に進むに当たって、ネットに“これが足りていない”と思われている要素はありますか」との新野氏の問いに、村井氏は「やり忘れられていて、このまま放っておくと大変なことになりそうだと感じているのは“ユーザーの抽象化”だ」と答えた。
村井氏の言う「ユーザーの抽象化」とは、ネットのシステム上で個人の属性を表現するための「メタデータ」の標準化のような取り組みを表している。
「今どき、デジカメで撮った写真の方が、人間よりもきちんと標準化されたメタデータが付いているんです。人間については、そのような共通のフレームワーク、メトリックがまだない。それはつまり、コンピューターシステムの中で人間は抽象化されていないということです。私としては、コンピューターやネットで扱うデータを、より人間を意識したものにし、人間とシステムとの距離を近づけていきたいという夢があります」(村井氏)
夏野氏は、自身が大ファンだという『攻殻機動隊』の世界観が、今後25年で現実になるはずだとし、その世界に最適化された情報の扱い方、伝達手段について、今から考えておくべきだと述べた。
「僕は『攻殻機動隊』を読んでいないメーカーの経営者は認めていないんです(笑)。これからの25年で、人間とネットワークの“最後の1フィート”がつながる時代が来るはず。それは、人間とネットワークの接続が“脳”で直接行われる時代です。
Google Glassなどのウェアラブルデバイスは、脳に情報ネットワークが直結する前段階なのだと思います。その点、現在のHTMLは“視覚”を通じた情報伝達に最適化されたフォーマットですよね。であれば、そろそろ“脳に直接電気信号で情報を送る世界観”でのHTMLの在り方というか、そういう時代に最も簡単で効率が良い、情報伝達の手段は何かということについて考えておく必要があると思うんです。
『攻殻機動隊』の原作漫画は1989年に描かれたもので、Webと同じ25周年なんですよ。その意味で、原作者の士郎正宗氏はTim Berners-Lee氏並みにスゴイ人だと、マジで思ってます」(夏野氏)
白石氏は、「今回は“HTML5とか勉強会”のイベントなんで、そこで今後の25年で重要な技術は何かと聞かれれば“HTML5”としか答えられないんですが(笑)」と述べつつ、HTML5が、今後も長期にわたって使い続けられる「筋の良い」技術へと発展している実感があるとした。
「他の技術に比べて、“HTML”が次の25年を生き残ることはイメージしやすいですよね。標準化が行われているので、どこかの企業が無くなれば一緒になくなってしまうものではないですし、技術的にも昔のHTMLに比べるとだいぶ筋が良いものになっています。
CSSとHTMLの使い分けで、構造とデザインをしっかりと分けられるようになりましたし、JavaScriptも言語として強力なものに進化しています。しかも、JavaScriptは“強力”なだけではなく、使っていて面白い言語でもある。これらは、次の25年も重要であり続けるだろうと思っています。
個人的には、デバイスの枠も、ネットワークの枠も越えて、あらゆるユーザーインターフェースにHTMLが入り込んでいく姿を想像しています。新たなプラットフォームが生まれれば、その中でまた“ネイティブか? HTMLか?”みたいな議論を巻き起こしながら、適した部分にHTMLが使われ続けているんじゃないでしょうか」(白石氏)
小松氏は、これからの25年で起こる「技術のコモディティ化」と、その「コモディティ化した技術が組み合わされたときに何が起こるか」を考えることが重要だと述べた。
「さまざまな技術を内包するデバイスや、ネットそのものがどんどんコモディティ化していく。Webが現在の隆盛を迎えたのは、ネット、デバイス、ハードウェアがコモディティ化し、コストが下がったから。そうした要因が、複数、偶然に組み合わされたときに本当のイノベーションが起こるのではないでしょうか。
例えば、インフラ技術者としては、今年以降、HTML 4に代わってHTML5が、IPv4に代わってIPv6が本格的に使われ始めると思っています。こうした重要な技術要素が同時に次の段階へとステップアップするのは、単純な偶然なのだろうかなどと考えてしまいます。
インフラ部分の技術が大きく変わると、その上で動くものも急速に変わってきます。IPv6でアドレス空間が広がることによって、例えば、これまでの村井先生や夏野さんのお話に出てきたような、MtoM、ウェアラブルデバイス、3Dプリンタなどの分野はさらに発展していきます。従来の時間と空間の制約を越えた新しい世界が生まれる可能性が広がるわけです。
そういった世界を支える技術として、IPは丁寧に革新を続けていく。それをユーザーに届けていくための底辺のような部分に、HTMLが作用していくのではないかと思っています」(小松氏)
最後に新野氏は、村井氏、夏野氏の両名に対して「今後、インターネットやWebは人間の社会そのものにどのような変化を起こすか」についての意見を求めた。
両氏の意見に共通したのは、ネットやWebは「個人のパワーを大幅に拡張し、新しい物を生み出す技術」であるという点だ。
「一般論として、ネットワークという技術は、本来、縦に分かれているものを“横でつなぐ”ためのものです。例えば、行政についても、全く分野が違うところを横につなげていきます。ネットを使う人の数や、属する社会のセグメントがどんどん広がれば、果ては人類全員、さらには国が“横につながって”いくわけです。
そのつながったユーザーの思いから、新しいものを生み出すためのとてつもないパワーが生まれるでしょう。パワーの源は“個人”としての人間です。個人の力を合わせることから、無限の可能性が生まれます。それを実現するためには、“ネットには誰でも参加できる”という前提を真剣に捉えて、きちんとしたアーキテクチャを作っていくことが必要になるでしょう」(村井氏)
「ネットやWeb、検索やソーシャルメディアという技術の誕生は、20世紀までの“個人”と“組織”のパワーバランスを圧倒的に変えてしまいました。以前はどこかの組織に属さなければ触れられなかった情報に、個人でアクセスできるようになった。以前はどこかのメディア企業に属さなければできなかったような影響力を持った情報発信が、個人でできるようになった。これが極めて大きな変化だと思います」(夏野氏)
夏野氏は加えて、Web誕生から今までの25年は、100年後の未来において「劇的な変化が起きた25年として振り返られるものになる」とした。
夏野氏は「われわれがこれから起こしていく変化も、歴史によって見られているのだという意識を持ってください。幸い、日本には、優秀なコンシューマー、優秀なユーザーが厳しい目で作り手に対してプレッシャーを掛け、作り手もそれに応えていこうとする風土があります。後世がわれわれの時代を振り返るときに、恥ずかしい思いをするようなものを決して作らないという誇りを持って、がんばっていきましょう」と述べ、ディスカッションを締めくくった。
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