シスコのSDN戦略がSDN戦略でなく、クラウド戦略がクラウド戦略でない理由Cisco Live! 2014

米シスコシステムズは、5月第4週にサンフランシスコで開催したイベント「Cisco Live! 2014」で、同社のSDN、クラウド、Internet of Everything(IoE)、セキュリティに関する戦略を説明した。同社の戦略の核心は、これらすべてが緊密に絡み合う部分にある。

» 2014年05月26日 13時50分 公開
[三木 泉,@IT]

 米シスコシステムズが5月第4週にサンフランシスコで開催した「Cisco Live! 2014」ではっきりしたのは、同社がSDN(Software Defined Networking)やクラウドに、一般的な考え方でアプローチしていないということだ。それを、「話をそらしている」と批判する人もいるだろうが、シスコは自社のこれまでのビジネスのやり方に沿った形で、SDNとクラウドをようやく位置付けることができたと考えているに違いない。

「ナンバーワンIT企業になれるチャンス」?

 シスコが考えていることは、次の言葉に集約されている。

 同社の会長兼CEO、ジョン・チェンバーズ(John Chambers)氏は、「考えると夜眠れなくなることがあるとしたら、それは何か」というメディアの質問に、「今起ころうとしているIT業界の地殻変動の先に見えるアーキテクチャを、もう少しで現実のものにでき、それによって次の時代のナンバーワンIT企業になれるチャンスが目の前にある。これを逃してしまうとしたら、情けないことだ」と答えた。

米シスコの会長兼CEOであるジョン・チェンバーズ氏は、ナンバーワンIT企業になれるチャンスを逃すとしたら、「情けないことだ(shame on us)」と話した

 なぜチェンバース氏は、「ナンバーワンIT企業になれるチャンス」があるとまで言うのか。同氏は今回のCisco Live!の基調講演で、IT業界には大変革が起こりつつあり、現在の主要ITベンダのうち2、3社しか、次の世代に生き残れないと話している。これはIDCのいう「第3のプラットフォーム」の話と根本は変わらない。他の主要ITベンダも、この言葉に象徴される大変化が起りつつあることを認識している。だからクラウド、ビッグデータ、モバイル、ソーシャルに投資している。だが、シスコの切り口は異なる。

 シスコは、今起こっている変化のポイントを、「モノ、人、プロセスが現在とは比較にならない規模、密度でつながりつつあり、つながることで新たな価値を生み出そうとしている」ことだととらえる。クラウドもSDNも、それ自体が目的ではない。シスコにとっては、つながることの価値をどれだけ高める支援ができるかがテーマで、ここに膨大なビジネスチャンスが生まれつつあると考えている。

 上に引用した発言のなかで、チェンバース氏は「アーキテクチャ」という言葉を使っている。シスコは過去数年、自社の製品・サービスを「アーキテクチャ」として提供することに力を注いできた。シスコのいう「アーキテクチャ」とは、IT業界で多用される「ソリューション」という言葉を超えて、顧客の業務プロセスにどこまで踏み込めるかをテーマとした用語だ。つまり、製品・サービス自体の差別化は重要だが、その差別化は、対象となる顧客が自らの業務の価値をどれだけ高められるかによって、評価されるものだという考えがある。それはきれいごとではない。シスコにとって「面白い」、つまりマージンが高く、規模も大きいビジネスを(パートナーを活用して)獲得し続けるには、製品・サービスやその機能についても、顧客がそれによって「儲かる」ものを開発し、提供していかなければならない。

 従って、シスコにとってSDNが「技術的にはエキサイティングだが、これを使うとどう儲かるのかがいま一つ分かりにくいもの」であるなら取り組む意味がない。同社のネットワーク製品事業の根本を脅かす動きだとされるなら、なおさらそうだ。

クラウドで解決されていない数々の課題

 今回のイベントで、シスコは「自社が率先して取り組むことで、おそらくもっとも大きな果実を手にすることのできる新たな事業機会」があることを認識していると示した。さらにこの事業機会を開拓するための具体的な材料がそろいつつあることを説明した。それは、従来はあまり考えられてこなかった新たな「層」の技術やサービスが求められるようになることだ。

 シスコの考えているのは次のようなことだ。

 今後、ネットワーク接続のうえでクラウドやその上のアプリケーションを構築・運用し、ユーザー組織のビジネスや、社会サービスの高度化に生かための「環境」をどう整えるかという市場が拡大する。特にアプリケーションミドルウェアとインフラの間の「層」で、これまで実現が難しかったさまざまな機能が求められるようになり、それ自体が大きな市場になる。

 例えば次のような問題は、まだ解決されていない。

 企業がクラウドサービスの活用を進める際、クラウド上のアプリケーションやデータのサービスレベルやセキュリティは社内とは別に考えなければならないのか。いずれかのクラウドサービスを利用する際に、そのクラウドサービス事業者を100%信じて、自社のこれまでのコントロールを譲り渡し、その事業者にサービスレベルやセキュリティを依存しなければならないのか。言い方を変えれば、企業の多くが将来ハイブリッドクラウドを運用するようになるなら、望ましいハイブリッドは、具体的にはどういう形態になるのか。

 また、ユーザー組織のニーズを考えたとき、クラウドサービスはそれぞれがばらばらに運営されている状態でいいのか。クラウドサービス同士がつながるべきだとしたら、具体的にはどうつながればいいのか。ユーザー組織が自社のさまざまなアプリケーションに最適なクラウドの組み合わせを選択し、その時々の状況に応じてアプリケーションやデータの運用に関する最適解を得られ続けるようにするには、具体的にどうしたらいいか。

 例えはクラウドサービス事業者が共通にOpenStackを採用したとしても、それだけでユーザー組織が喜ぶような形での相互連携ができるわけではない。また、OpenStackを使わないクラウドサービスや企業内データセンターとの連携はどうしたらいいのかという問題もある。

 刻々と構成が変化するような、ハイブリッドクラウド環境において、ユーザー組織は一貫した運用ポリシーおよびセキュリティポリシーをどう確保できるのか。そもそも、さまざまなモノや人が大規模につながるときに、セキュリティが二の次でいけないとしたら、どうすればいいのか。

 これらの課題は、本質的に異質なもの同士が、大きなスケールで連携することから生まれるため、単一のツールではなく、多様な関係者が参加できるフレームワークが求められるようになっていく。

シスコは技術要素からソリューションを超えた部分まで、自社の製品やサービスを多様な形で付加価値とともに提供できる体制をつくってきた。だから実は、シスコの「ネットワーク製品のマージンが高い」というのは的外れな指摘だ。「ネットワーク製品事業のマージンが高い」というのが正しい。同社は今後も、高いマージンを維持できる事業に、高いマージンを維持するための付加価値を付けて提供していこうとしている

 シスコは今回のイベントで事実上、上記のような問題の直接的な解決に向けて走り出したのは自社だけだとアピールしている。それもコンセプトや意向表明にとどまるのではなく、具体的な製品やサービス、他社との連携などの取り組みが進展していることを証拠として提示している。

 このことが、冒頭のチェンバース氏のコメントにもつながってくる。上記のクラウド利用における課題は、他の主要ITベンダにとっては解決しにくい。これに真正面から取り組めるユニークな存在だから、IT業界における生き残りとナンバーワンの地位獲得も可能なのだと言おうとしている。

SDN、クラウド戦略の進化

 チェンバース氏はメディアに対し、「昨年のCisco Live!に参加した人は、当社の言っていたことが大きく進展したと実感してくれるはずだ」と話した。大きく進展したというより、昨年は外から見ている者に想像できなかったパズルをシスコが考えていたということが、ようやく明らかになったというのが筆者の実感だ。

 SDNに関していえば、昨年6月の「Cisco Live! 2013」では、シスコのスピンイン企業であるInsieme Networksが、ハードウェアを使いながら、アプリケーション志向のインフラを実現する技術を開発したという曖昧な表現にとどまっていた。筆者は形を変えてさまざまな質問を投げかけたが、具体的な答えはまったく引き出せなかった。その後同社は2013年11月になって、Nexus 9000とACI(Applicatiion Centric Infrastructure)を発表した。

 今回のCisco Live!では、ハイブリッドクラウド、マルチクラウドの利用における、一貫した運用ポリシー、セキュリティポリシーの適用を、ACIのもっとも重要なユースケースと考えていることが明確になった。つまりSDNでデータセンター内のネットワークを論理分割するのもいいが、ユーザー企業が複数のデータセンターを臨機応変に使いながら、自社のデータやアプリケーション、ITリソースのサービスレベルとセキュリティを自らコントロールするためのツールとしての価値を追求していくというのが、シスコのSDN戦略の核心だ。

 クラウド戦略はどうか。昨年のCisco Live!では、サーバとネットワーク製品(および運用ツール)を、企業およびクラウドサービス事業者にどう売るかがシスコにとってのテーマだった。WebExなどのサービスがあるにはあったが、クラウド戦略=データセンターインフラ製品戦略だった。それが2014年3月に突然「Intercloud」を発表。これにはACIも活用していくとしていたが、具体的な中身ははっきりしないままだった。

 今回明らかになったのは、複数の異種クラウドサービス(単一のクラウドプラットフォーム間だけではない)同士が、あたかも1つのサービスであるかのように、統合的に運用するための技術、ツール、枠組みを提供するのがシスコのクラウド戦略の核心だということだ。シスコは自社ブランドのクラウドサービスも提供するが、それよりも、他のクラウドサービス事業者間を円滑に連携させることに主眼がある。

 SDNとクラウドはどちらも、企業とクラウド事業者の双方を顧客に想定しており、この2つは相互に絡み合って、多様な利用モデル、利用形態に対応可能な1つの解決策を提供する。つまり、SDN、クラウドをそれぞれ市場としてとらえることは可能だが、最も面白いのは、この2つの市場の交差する部分に、シスコが最大の事業ポテンシャルを見い出していることにある。

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