2014年1月に正式な規格として承認された「IEEE 802.11ac」は、理論最大速度6.9Gbit/sと、ギガビットイーサネット並の高速な通信を可能にする無線LAN規格だ。その概要を解説。
「IEEE 802.11ac」は、802.11nを高速化した無線LAN規格。2014年1月に正式に規格化された。5GHz帯の電波を使い、理論的には最大で6.9Gbit/sという高速な通信を実現可能とする。無線LANで、有線のギガビットイーサネット並のパフォーマンスを実現するべく開発された。すでに802.11ac対応製品が多数発売されており、高速な通信や、比較的利用率が低い5GHzという混雑の少ない電波帯(IEEE 802.11b/gが利用する2.4GHz帯は電子レンジやBluetoothも利用しており、混雑が激しい)を使用するということもあり、今後の急速な普及が見込まれている。
802.11acで利用している技術は、基本的には802.11nをベースにさまざまな強化を図ったものである。主な仕様を次に示しておく。
規格 | IEEE 802.11n | IEEE 802.11ac |
---|---|---|
制定時期 | 2009年9月 | 2014年1月 |
使用周波数帯 | 2.4GHz帯(2.4〜2.5GHz) 5GHz帯(5.15〜5.35GHz/5.47〜5.725GHz) チャンネル表記:J52/W52/W53/W56(屋外使用はW56のみ可) |
5GHz帯のみ(5.15〜5.35GHz/5.47〜5.725GHz) チャンネル表記:W52/W53/W56(屋外使用はW56のみ可) |
変調方式(主要なもの) | OFDM/64QAM | OFDM/256QAM |
チャンネル幅 | 20/40MHz | 20/40/80/(オプションで160MHz) |
ストリームごとの伝送速度(チャンネル幅ごとの最大値) | 72.2M/150Mbit/s | 86.7M/200M/433.3M/866.7Mbit/s |
MIMOストリーム数(アンテナ数) | 1〜4本 | 1〜8本(1クライアントに対しては最大4本) |
理論最大伝送速度(伝送速度×最大ストリーム数) | 600Mbit/s | 6.9Gbit/s |
IEEE 802.11acの概要 |
802.11acの高速化は次のような技術によって実現されている。
802.11nでは2.5GHz帯と5GHz帯の両方が利用できたが、802.11acでは5GHz帯のみに特化して最適化している。802.11b/gなどでも利用する2.4GHz帯は、電子レンジやコードレス電話、Bluetooth、(一部の)コードレスマウス/キーボードなどでも利用されているし、昨今は無線機器の普及により混雑が激しい。また使えるチャンネル数も13chと限定されており(実際には4chずつまとめて使うので、使えるチャンネルはかなり限定される)、次で述べるような帯域幅の拡大を行える余地はほとんどない。そこで802.11acでは5GHz帯だけに限定している。
無線LANで利用される通信チャンネルの基本的な帯域幅は20MHzであるが、これを複数まとめて帯域幅を拡大すれば高速化できる。これをチャンネルボンディングという。802.11nでは最大2つのチャンネルを束ねて倍速化することができたが(帯域幅は20MHz×2=40MHz)、802.11acでは4つもしくは8つ束ねてさらに高速化している(帯域幅は80MHzもしくは160MHz。ただし160MHzはオプション)。
802.11nでは64QAMという変調方式を使っていたが、802.11acでは256QAMという方式を使って、より多くのデータを送信している。「QAM(直角位相振幅変調)」を簡単に言うと、基準となる信号の位相と振幅を調整してデータを送信する方法である。64QAMでは1つのシンボル(シンボル=位相と振幅の組み合わせ)で64種類(6bit)のデータを送信できるが、256QAMでは256種類(8bit)のデータを送信できる。同じ帯域幅でより多くの情報を送信できる(単純計算で8÷6=1.33倍)。
MIMO(Multiple-Input and Multiple-Output)とは、同時に複数のアンテナ(ストリーム)を使って通信を並列化し、高速化する手法である。802.11nでは最大4本までのアンテナをサポートしていたが、802.11acでは最大8本までサポートして高速化している。
ビームフォーミングとは、アクセスポイント側が複数本のアンテナを使って通信する場合に、子機(ステーション)の位置(方向)に基づいて各アンテナの出力を調整し、各子機に最適な信号を送信する技術である。アンテナごとに信号の位相や振幅を少しずつずらしながら送信すると、向きによって、各アンテナからの信号が合成されて強くなったり、打ち消し合って弱くなったりする。この原理を使って、特定の子機の方向へ向けて強い信号を送るのがビームフォーミングである。802.11nでもオプション仕様として用意されていたが、802.11acではより実装しやすい仕様に変更されている。ビームフォーミングに対応した機器であれば、通信品質やパフォーマンスが向上する。また複数台のアクセスポイントが設置された環境において、電波干渉を低減することを可能にする。なお、ビームフォーミング機能を利用するためには、子機の側でも対応が必要になる。通信に先立って、アクセスポイントと子機の間で信号の伝達状況を確認するためのやりとりが必要だからだ。
MU-MIMOはMIMOを改善して、同時に複数の子機へ送信できるようにする機能である(ダウンロード方向の多重化のみ可能)。MIMOでは、アクセスポイントがある子機に送信している間は、他の子機へは通信できない。MU-MIMOではこれを改善し、マルチアンテナとビームフォーミングの技術を使って複数の子機へ同時に送信できる。802.11acでは同時に送信可能な子機は最大4台まで、子機ごとに最大4ストリームまで、総ストリーム数は最大8つまで、となっている。無線LANのステーションが急速に増えつつある昨今、同時に通信可能な子機の数が増えるのはありがたい。
802.11ac対応製品はすでに多く販売されており、すでに利用しているユーザーも少なくないだろう。802.11acの仕様では、理論的には最大6.9Gbit/sの通信が可能となっているが、実際にはそのような最大構成をサポートした製品はまだ出回っていない。現在利用可能な主要なアクセスポイント製品の仕様は次のようになっている。
最大通信速度の違いによって、3種類の製品があるが、これは扱えるストリーム数(簡単に言えばアンテナの数)によって分類される。安価な製品は1ストリームのみの対応で、433Mbit/s(チャンネル幅80MHzの1ストリーム)の速度を実現している。2ストリーム対応だと866Mbit/s、3ストリーム対応だと1300Mbit/sとなるが、2ストリーム以上の通信を行うには、子機の側も複数ストリーム対応が必要になる。
以下に802.11acと802.11nで通信した場合の例を示す。802.11nでは平均60Mbit/s程度の速度だったが、802.11acでは平均で250Mbit/s程度になっている。最大理論速度には届かないが(これはファイルサーバーとしてアクセスした場合の速度なので、純粋に無線LANの速度を測定しているわけではないが)、それでも802.11nよりは十分高速である。
Copyright© Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.