旭硝子は、約3カ月間の本格的な検討を経て、次期基幹システムの本番稼働環境としてAWSを採用すると、2014年8月18日に決定した。現在はアプリケーション関連の開発作業を進めており、2016年にカットオーバーの予定だ。
同社は他の業務システムについても、タイミングを計ってAWSに導入していく計画で、これまでに基本的な仮想環境を構築し、この上で開発環境を動かし始めている。
現時点では、仮想インスタンスを48台稼働中だ。これまでのところ、意図しない仮想インスタンスのダウンは経験していない。
現状での感想として、同社では「運用がとにかく楽になった、もう後戻りできない」と話している。オンプレミスのデータセンターでは、ハードウエアが故障すれば、部品や代替機の調達をしなければならず、時間、コスト、手間がかかる。サーバーを増設すれば、電源容量や、ラックを含めた荷重に床が耐えられるかまで考えなければならない。こうした作業から解放されたことが大きいという、インフラの構成の見直しも即座に反映できる。コスト削減に関しては、想定外の追加コストもなく、事前の試算以上の効果が得られたという。
そうはいっても、これまで外注を活用して、システム構築や運用を行ってきた旭硝子にとって、AWSの利用は、ハードルの高い部分があったという。
その一つが、「一度使うと、いろいろな部署に広がっていってしまう」ことだ。全社的に利用が広がったとしても耐えられるような設計ができるか、不安だったという。また、AWSでは新機能が次々に登場する。AWSのビジネスパートナーとしてインテグレーションを提供する企業ですら、完全には追い付けない。AWS特有の管理・構成要素(Amazon VPCやIAMなど)に関しても、ベストプラクティスが分かりにくい。さらにAWSのようなサービスでは、サーバー、ストレージ、ネットワークが高度に連携しているため、ノウハウが追い付かない部分がある。
旭硝子では、AWSを日本で運営するアマゾンデータサービスジャパンの、プロフェッショナルサービスを採用し、これらの課題を克服したという。
SAPの可用性に関するサービスレベルを、旭硝子はどう考えているのだろうか? 国内でSAPをAWS上で運用している企業のなかには、仮想インスタンスが突然ダウンし、30分程度SAPが使えなくなる経験をしたユーザー企業もいる。これを質問すると、三堀氏は、「社内向けのシステムであるため、30分から1時間のダウンは許容範囲だ」と答えた。
では、クラウドロックインに関してはどうか。AWSには、「ユーザーが望めばいつでも利用を停止できるという点でオープンであり、ロックインはない」と主張する。だが、AWS上に保存するデータが増大するほと、これを他に移行するためのコストは大きくなる。また、AWSにはユニークで便利なサービスや機能が多数用意されており、アプリケーション自体をAWSにハードコードしなくても、こうした機能を活用するほど、他には移りにくくなってくる。これはユーザーにとって、事実上のロックインだという解釈は成り立つ。
三堀氏は「インフラでもアプリケーションでも、利用することだけである程度はロックインされてしまう」と話す。また、旭硝子 電子・基盤技術グループリーダーの大橋数也氏は、「業務システムのほうが、ロックインは気になる。インフラについてはそれよりも、コストダウンを積極的にしていくことを考えたい」と答えた。
冒頭で述べたように、旭硝子では、2020年までに基幹システムからOAシステムまで、大半のシステムをクラウドへ移行する予定だ。ただし、全てのシステムについて、無理に移行することはせず、ハードウエア更改のタイミングで個別に進めることになるという。
旭硝子 情報システムセンターは、グループ全体のITを管轄しているため、基幹システムだけをとっても10程度のシステムがある。2015年にカットオーバーするのは一事業部門を対象としたシステム。残りはオープンシステム上で、オンプレミスで運用されているが、2018年中にはこれら全てがクラウドに移行する計画となっている。
その後にOAシステムの移行が計画されている。一般的なクラウド移行のパターンとは逆だが、OAシステムはハードウエア更改が実施されたばかりだからだという。
旭硝子は、全てのシステムについて必ずAWSを使うとは断言していない。3年後にクラウドサービスの見直しと再検討を行う予定だ。AWSを採用した当時は、日本にデータセンターがあり、企業による利用に耐えられる、しかもコスト効率の高いクラウドサービスの選択肢が、他になかった。だが、その後、IBMの「SoftLayer」やマイクロソフトの「Microsoft Azure」が日本国内でのサービスを強化。「今では多少状況が違ってきている」(三堀氏)。これらのグローバルなクラウドサービスも検討するという。
一方で、「オンプレミスに残るシステムについても、社外データセンターの活用を検討していく」と、旭硝子 基盤技術グループリーダーの大橋数也氏は説明する。「商用データセンターの利用価格は低下してきている」。こうしたデータセンターに移行することで、社内データセンター運用関連のコストを積極的に低減していくという。
旭硝子のAWS利用事例は、クラウドサービスへの移行が、大きなコスト削減につながらないとしても、一般企業におけるIT担当部署のリソースを、事業活動へのより積極的な貢献に振り向けられるきっかけになることを示すものとして、注目できる。
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