プライベートクラウドとパブリッククラウドを適材適所で使い分けるハイブリッドクラウドは、最も現実的なクラウド形態といえる。ただし、ハイブリッドクラウドを“一元的なシステム”として効率的に活用するためには、ビジネスニーズに合った適切な構成が必要になる。では、いまハイブリッドクラウドはどのように実践されているのだろうか。
ハイブリッドクラウドは、クラウドコンピューティングの最も現実的な配置モデルとして急速に普及しつつある。米国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology:NIST)では、ハイブリッドクラウドをプライベートクラウドとパブリッククラウドの混合形態と定義している。
「ハイブリッドクラウドを一元的なシステムとして積極的に導入・活用していただくために、マイクロソフトは“Intelligent Cloud Platform”という考え方を提唱しています」
日本マイクロソフトの廣野淳平氏(サーバープラットフォームビジネス本部 シニアプロダクトマネージャー)は、ハイブリッドクラウドに対する同社の基本姿勢をこのように説明する。
マイクロソフトが推進する“Intelligent Cloud Platform”では、オンプレミス、プライベートクラウド、パブリッククラウドを共通の管理インターフェースから一元的に管理できるようになる(図1)。また、エンドユーザーは1つのID/アカウントで全てのリソース/サービスを利用することができるようになる。開発者には、各サービスを連携させるためのAPI(Application Programming Interface)と開発環境が提供される。
それでは、ハイブリッドクラウドを一元的なシステムとして利用することで、ユーザー企業とクラウドサービスを提供している企業は、どのようなメリットを享受できるのだろうか。
クラウド利用者となるユーザー企業にとってのメリットとして、廣野氏は「今までできていたことを早く、安く、簡単に実現する」ことと「今までできなかったことを実現する」の二つを挙げる。例えば、物理サーバー上で稼働していたシステムは、クラウドに移行することで、より早く、安く、簡単に“今までできていたこと”を実現できるようになる。また、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)や機械学習(Machine Learning)といった、クラウドならではのサービスを活用することで“今まではできなかった”新しいビジネスを立ち上げることも可能になるわけだ。
一方、ユーザー企業にクラウドサービスを供給する情報システム子会社、ホスター事業者、システムインテグレーター(SIer)は、既存で自前のサービスにクラウドを組み合わせ、さらに独自の付加価値を付けて顧客に提供できるようになるというメリットがある。顧客のビジネスニーズにピタリと合った“テーラーメイド”のシステムを提供できることで、ウィンウィンの関係を築くことができるのである(図2)。
マイクロソフトが推進するハイブリッドクラウドの具体的な実践形態としては、「クラウドアタッチ」「SIオンクラウド」「ハイブリッドデータセンター」の3つがある。
一つ目の「クラウドアタッチ」は、新規システムの構築や既存システムを拡張する際、Microsoft Azureのクラウドサービスを活用するという形態だ。
例えば、新潟市のSIerであるティーケーネットサービスは、業務用かつお節メーカーのフタバ(新潟県三条市)が構築した仮想デスクトップ基盤(Virtual Desktop Infrastructure:VDI)に、BCP/DR(事業継続計画/災害復旧)対策として「Microsoft Azure Site Recovery(ASR)」を追加導入することを提案。クラウドを活用して、顧客のオンプレミスのITシステムの可用性を高めることに成功した(図3)。
フタバが本社と工場を置く新潟県三条市は、2004年7月の新潟・福島豪雨で大きな被害を受けている。このような背景から、フタバでは仮想サーバーの複製を拠点間で持ち合う仕組みを2011年に構築し、2012年には150台のPCをVDIに移行。2013年には仮想サーバーの複製方式を「Hyper-Vレプリカ」に切り替える、といった災害対策を進めてきたという。
しかし、フタバの拠点は全て三条市内にあるため、大規模な水害が発生した場合には、システムの複製も含めて全てのデータが失われる可能性があった。
そこで、ティーケーネットサービスは、データの複製も拠点間で持ち合うことに加え、ASRでシステムをクラウドに複製することを提案。「Microsoft Azureのデータセンターで稼働するASRでシステムとデータを保護すれば、例え三条市内にあるフタバの全拠点が停止したとしても、国内各地の営業所や出張所で業務を継続できる」と訴えたのである。
フタバはこの提案を高く評価し、Hyper-VレプリカとASRを併用してシステムとデータを保護するハイブリッドクラウド環境を2014年9月から稼働させている。
二つ目のハイブリッドクラウド実践形態である「SIオンクラウド」は、Microsoft Azureのサービスを商材として仕入れ、自社のマネージドサービスとして提供するというものだ。サービスメニューを短期間で充実させたいホスターやSIerに特に有効な形態になる。
そのSIオンクラウドを積極的に展開してビジネスを急速に拡大させている1社が、多様なICTサービスのワンストップ提供に強みを持つソフトバンク・テクノロジーだ。
同社は「クラウド」「セキュリティ」「デジタルマーケティング」の3分野に注力している。デジタルマーケティング分野では、ECサイトの運営や、Webサイトの構築から運用・監視、データ解析などを一気通貫で提供しており、顧客のニーズに応じてカスタマイズするには機能や価格が異なるさまざまな“部品”を用意しておく必要がある。しかし、全ての部品を自社だけで用意することは難しいため、「低コストでシンプルな運用管理を」といった要望に対応できない場面もあったという。
そこで、ソフトバンク・テクノロジーでは、顧客のニーズを満たすサービスがないところについては、Microsoft Azureを利用したクラウドサービスを用意する戦略で対処することにした(図4)。
例えば、ユーザー企業のWebサイトを運用するサービスには、「Sitecore」(コンテンツ管理システム)、SQL Server用のサーバー、アプリケーションサーバー、Webサーバーを全てMicrosoft Azure上で稼働させるとともに、データベースとコンテンツ配信に「Azure SQL Database」と「Azure CDN」の2つのサービスを利用している。
また、システムへのログインやアクセス制御を行う認証サービスには、複数のクラウドサービスの認証を一元化できる「Microsoft Azure Active Directory」を採用。同社経由でMicrosoft Office 365を導入している企業は、「Office 365認証連携サービス」を併せて契約することで、Office 365とその他の業務システム間でのシングルサインオン(SSO)を容易に実現できる。
三つ目のハブリッドクラウドの実践形態は、顧客に提供するシステム内にMicrosoft Azureのサービスを組み込む「ハイブリッドデータセンター」だ。“部品”としてMicrosoft Azureを利用する点ではSIオンクラウド(第二形態)と同じだが、自社のデータセンターと専用線で結び、インフラレベルで一体化して提供する。
例えば、関西電力とそのグループ企業のIT設備は、関西電力の情報システム子会社である関電システムソリューションズのデータセンターに集約されており、グループ各社がハウジング、コロケーション、ホスティング、プライベートクラウドなどの形で利用している。
そうした中で、運用コストを削減するために、関電システムソリューションズではグループ企業のWebサイトをMicrosoft Azureへと移行し始めた。ただし、Microsoft Azureを利用するための手続きは全て関電システムソリューションが行っているので、グループ各社にとっては従来と何も変わっていないように見えるはず、と廣野氏は説明する。
また、関電システムソリューションズでは、Microsoft Azureのデータセンターが東日本と西日本の2カ所にあることに着目し、Microsoft Azureを災害対策用設備としても位置付けた。関西電力グループは東日本に大きな拠点を持っていないが、Microsoft Azureを活用することで、東西数百キロも離れたBCP/DR対策を低コストで実現している(図5)。
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