東京高等裁判所 IT専門委員として数々のIT訴訟に携わってきた細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、正式契約なしに着手した開発を、ユーザーが「契約成立」と主張し、ベンダーが「契約不成立」と反論し争った裁判を紹介する。通常とは逆パターンの本事件、果たして何が起こったのか?
IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。前回は、ユーザーが要件の変更を申し出てベンダーが見積もりを提示したが、合意に達しないまま作業だけが継続したために起きた紛争の事例を紹介した。見積もり合意のないまま作業をしていたとしても、ベンダーの作業継続を知りながらユーザーが特に止めることもしなかったことから、ユーザーに支払い義務があると判じられた例だ。
今回も、同じようにユーザーとベンダーの間で、見積もり合意も正式な契約もないまま作業を開始したプロジェクトが中断した例を取り上げる。だが、今回の話は少し変わっている。
正式な契約のないまま開始したプロジェクトがトラブルなどによって中断した場合、ユーザーが「正式な契約がないから支払いの義務はない」と主張し、対するベンダーが「実質的には発注を受けており、掛かった費用は払ってもらう」と反論するのがよく見る例だ。しかし、今回取り上げる事件は、ベンダーが「契約は成立していない」と言い、ユーザーが「実質的に契約は成立している」と主張している。
まずは、事件の概要から見ていただきたい。
ある地方自治体(以下ユーザー)が、ソフトウェア開発業者(以下ベンダー)に財務会計システムなどの導入を委託した。ベンダーは自社の持つパッケージソフトを基に、これを開発して機能別に順次導入していった。
これと同時に、ユーザーの税務課が同じパッケージソフトを利用した税務システムの導入を企画し、同じベンダーに打診したが、ベンダーからの見積もり金額が大きかったことから、これを認めることができなかった。
結局、両者は合意に至らず、開発プロジェクトは、財務会計、税務システム共に中止となった。ユーザーは、二つのシステム導入のために費やした費用を損害として、ベンダーにその賠償を請求し、裁判となった。
少し補足をする。本件の財務会計システムと税務システムは、同じパッケージソフトのサブ機能ともいうべきもので、不可分の関係にある。つまり、税務システムが頓挫すると、財務会計システムの開発にも大きな影響を与えるものであったようだ。
だからこそ、ユーザーは二つの開発は一つの開発契約で行うことを予定していたのだろうし、片方が中止になるのならば、もう片方も中止にせざるを得なかったのだろう。
とはいえ、判決文から見る限り財務会計システムには問題はなかったようだ。よって、ベンダーは、財務会計システム分も含めた全体の損害賠償など認められるものではなかったのではないだろうか。
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