ビジネスに寄与するのは、“スペシャルなシステム”ではなく、“いま必要なシステム”特集:今、市場に求められるITアーキテクトの視点(1)

IoTやFinTechトレンドが本格化し、新しい技術、新しいアプリケーションばかりが注目されがちな状況がある中で、「ビジネスニーズに対応する上で本当に大切なこと」が忘れられがちなのではないだろうか。今あらためて「ビジネスに寄与する開発」の中身を振り返る。

» 2016年02月29日 05時00分 公開
[編集部,@IT]

開発の「目的」とは何か?

 市場環境変化が速く、およそ全ての業務をITが支えている今、「テクノロジを使っていかにスピーディかつ柔軟にビジネスニーズに応えるか」が、差別化の大きなカギとなっている。「ITのパフォーマンスはビジネスのパフォーマンス」といった認識も広がり、エンジニアにおいては、単に「要求されたものを作る」のではなく、ビジネス部門と連携し「ともにビジネスゴールにコミットする」スタンスが重視されるようになった。

 特に昨今のIoT、FinTechトレンドでは、顕在化したニーズに応えるだけではなく、センサーなどで収集した膨大なデータから潜在ニーズを分析し、例えばUberのような、従来はなかったサービス、考えもつかなかったようなサービスを企画・開発することも重視されている。こうした中、クラウドサービスが浸透したこともあり、リソースを潤沢に使って、新しい技術を進んで試行、採用し、ビジネスサイドに「でき得ること」を提案、実現するエンジニアも注目を集めるようになった。各種メディアでも「ビジネスに寄与した」事例が数多く取り上げられている。

 だが、ここで注意したいのは、そうした事例が「なぜ注目されるのか」ということだ。それは冒頭で述べたように、「ビジネスゴールにコミットした」からに他ならない。営利組織にとって「開発すること」自体は“ビジネスゴール達成のための手段”。華々しい事例を俯瞰すると、どうしても「新しい技術を導入した」「新しいものを作った」という点ばかりに目を奪われがちなものだが、真に重要なポイントは「新しい技術を使って、新しいものを作る」ことではなく、「技術の新旧を問わず、ゴール達成に最適なものを取り入れ、使いこなす」ことにあるのだ。

 ビジネスニーズにスピーディに応える上で、アジャイル開発やDevOpsが注目を集めているが、そうした取り組みにおいてもツールの使い方やプラクティスの在り方が注目され、真の目的である「ビジネスゴールを実現するために」という視点が抜け落ちてしまう傾向が強い。「新しい手法、新しい技術」も重要だが、それに惑わされることなく、今一度、「開発の目的」を見据えてみることが大切なのではないだろうか。

「目的達成」という観点では、「技術の新しさ」自体は意味を持たない

 事実、編集部でこれまで取材した中でも「成功事例」と呼べるものは、全て「ゴール」を見据えたものになっている。例えば、あきんどスシローの取り組みもその好例といえるだろう。

 同社は、すし皿の裏に張り付けたICタグから「今、どのすし皿が、どれほどレーンを流れているのか」といったデータを取得。本社をはじめ各店舗で、そのデータを使い、Microsoft Excelで販売実績や仕入れコストなどの数値管理を行っていた。だが近年は競合企業も増え、来店客のニーズも多様化していることを受け、より俊敏、柔軟にニーズに応えられるよう、本社をはじめ全ての店舗が任意の視点で自由にデータ分析できるよう、情報ポータルを築いた。

 具体的には、ウイングアークのデータ分析基盤製品「Dr.Sum EA」と、データを任意の視点で可視化できるダッシュボード製品「MotionBoard」を導入し、同社がもともと使っていたMicrosoft SQL Serverをデータウェアハウスとして活用。さらに、これらをAmazon EC2上に移行することで、運用管理と運用コストの効率化を図った。

 これにより、すし皿の裏に貼付したICタグの情報、各テーブルの注文用パネルに入力された情報など、さまざまなデータを一元管理。同時に、各店舗スタッフが任意の視点で分析可能としたことで、「いつ、どのすしが、どのくらい売れたのか」「どのテーブルで、いつ、何を、どういう順番で頼んだか」など販売傾向を可視化し、「何が求められているか」を把握可能とした。これにより、ニーズへのきめ細かな対応と、すしネタの仕入れコスト最適化の両立に成功した。

 このように書くと、至極まっとう、かつ当たり前の取り組みのように感じられるかもしれない。場合によってはIoTの好事例のように感じる向きもあることだろう。だが、これはIoTという言葉が一般に浸透していない“ビッグデータブーム”のさ中、「大量データをいかに収集・分析するか」「どのようなテクノロジが必要か」が企業の関心事となっていた2013年の事例だ。

 同社は、年間15億件(2013年取材当時)にも上る“ビッグデータ”を活用しようと考えながら、当時注目されていたHadoopを使ったわけでもなければ、NoSQLを使ったわけでもない。「何のために分析するのか」「そのためにはどのような分析環境が必要か」という目的が先にあり、その実現に最適なアーキテクチャと、必要な技術を組み合わせることで成果を獲得した。決して“新しい技術”で対応したわけではないのだ。

 IoTが社会一般の関心事となっている今、「いかに大量データを収集・分析するか」については多数の情報があり、各種センサー技術やApache Sparkなども注目されている。だが肝心の「集めたデータをどう生かすか」については、各社個有の目的、業務プロセスに応じて、各社が考えなければならない。そこでは個々の「技術の新しさ」自体は意味を持たず、「自社のビジネス目的、業務プロセスに最適なアーキテクチャは何か」「そのために、どのような技術を組み合わせ、業務プロセスに組み込むか」といったITアーキテクトの視点こそが意味を持つ。

 かつてのビッグデータブームから現在のIoTトレンドまでを見渡してみると、この本質的な課題は、多くの企業においていまだ解決されているとは言い難いのではないだろうか。また、こうした傾向は「データ分析」に限った話でもないはずだ。

ITアーキテクトに求められる4つのスキル

 では市場環境変化が速い中で、「ビジネスニーズに応えるシステム」「業務にしっかりと組み込んでいけるシステム」をスピーディに開発する上で必要となる「ITアーキテクトの観点」とは、どのようなものなのだろうか? @ITの連載「あらためて見直す、ITアーキテクトの役割」から、求められるスキルを抜粋してみよう。

 1つはアーキテクチャ設計。「システムの基盤、または骨格部分をどのような技術を活用して構築するか?」を設計する作業。システム要件を分析して、機能の実現に必要なミドルウェア(アプリケーションサーバーなど)や処理方式(オンラインやバッチなど)を選択し、処理方式ごとの詳細な設計を行うことを指す。

 2つ目は設計技法。アプリケーション設計者、インフラ設計者など、各関係者の誤解を防ぎ、正確にリードするためには、アプリケーションの全体構造がひと目で分かるような図を作成するスキルが必要だ。具体的には、「静的なデータの構造図」(ER図やクラス図)と「動的な処理シーケンス図」(DFDやUMLのシーケンス図など)を 読み書きできるスキルが求められる。

 3つ目は標準化と再利用。ビジネスは継続するものである以上、システム基盤を設計し提供するだけではなく、開発ツールやドキュメント類などを標準化し、既存資産を再利用しやすくする。これにより「提供した基盤の上で、その後も必要なシステムを効率よく開発するための仕組み」を用意する必要がある。

 そして4つ目はコンサルティング技法だ。ビジネス部門に対してコンサルティングを行い、「ITを活用して経営上の課題を解決する」「IT投資におけるROIや顧客満足度などの評価軸を設定し試算する」などのスキルが求められる。

※「あらためて見直す、ITアーキテクトの役割」(@IT)より引用・抜粋

 すなわち、ITアーキテクトとは「業務要件に基づいて開発プロジェクトの指針を導き出し、正しい方向に向かってプロジェクトをリードする人材」ということになる。無論、全てのエンジニアが実際にITアーキテクトになる必要はないものの、移り変わるビジネスニーズへのスピーディな対応が求められている今、こうした視点を持てるか否かが重要であり、「新しい技術を学び、取り入れること」自体は、「ニーズに対応」する上での手段の一つにすぎないことが、あらためて理解できるのではないだろうか。

 では、上記のような視点を持ち、真にビジネスに役立つシステムを開発するとは、より具体的にはどのような姿勢を指すのだろうか?――本特集「今、市場に求められるITアーキテクトの視点」では、事例を通じてその具体像を追う。IoTやFinTechトレンドの中で何かと「新しい技術、新しいシステム」が注目されがちな中でも、エンジニアとしての真価を見失わず、着実に発揮するためにはどのようなスタンスが必要なのか、あらためて確認してはいかがだろうか。

関連特集:今、市場に求められるITアーキテクトの視点

クラウドによって誰しもが大量のコンピューティングリソースをすぐに使える時代になり、開発・運用エンジニアにおいても新たな技術を自ら試して取り込むことが重要視されている。しかしここで注意すべきは、「新しい技術を使用して、新しいものを作るだけで価値が生み出せるわけではない」ということだ。重要なのは「それを実際のビジネスサイクルの中でどう効率良く、かつスピーディに生かすか」である。そのために必要な技術や手法にも目を向けることによって、エンタープライズにおける、あるべきアーキテクチャ設計が見えてくるのだ。

あなたは「とにかく新しい技術を」と思い込んで、話題のソフトウェアやツールの利用方法にばかり目を向けてしまっていないだろうか? 企業が求めるエンジニアとしての本質を忘れていないだろうか?――本特集は「市場に求められる」「本当の価値を持つ」エンジニアであるために必要な考え方や、手法を詳しく解説。あらためて“エンジニアとしての自分の価値”に気付ける@ITからの処方箋だ。



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