「ジャーナルスタンダード」など50ブランドを展開するベイクルーズで取締役 ICT統括を務める村田昭彦氏は、オムニチャネルマーケティング実践に向けた具体的な取り組みを披露した。
「ベイクルーズが提供する価値は、良質な顧客体験」と語る村田氏は、そのビジョンを体現するため、会員データベースの統合、EC/実店舗の在庫システム統合、サービスの統合、コミュニケーションの統合という「4つの統合」を推し進めている。
村田氏によると、同社の会員データベースは、これまでブランドごとにバラバラに管理されてきたこともあり、ポイントの付与率や特典の仕組みが統一されていなかった。実店舗とECサイト間でも同様の問題を抱えていたという。
村田氏は「“実店舗のみの利用者”と比べると、“実店舗とECサイト併用者”ではARPU(Average Revenue Per User:ユーザー当たりの利益)が2倍になるというデータを得られたこともあり、オムニチャネル戦略の観点からも顧客基盤の統一は非常に重要だった。現在はどのブランドをどのチャネルで買っても同じサービスが提供できるようになっている」と、4つの統合を推進した背景を語る。
実店舗〜ECサイト間の在庫情報の統合についてはファッション業界特有の問題を解決するために必要不可欠だったと話す。
「ファッション業界は多品種少量生産の世界。在庫情報の不備による機会損失がもたらす収益への影響は大きい。そのため、最後の1点までオムニチャネルを駆使して売り尽くせる体制構築は顧客満足の観点でも、店舗運営の観点でも非常に重要な施策」(村田氏)
既に自社で運用するECサイトの在庫情報と他社モール内ECサイトの在庫情報を一元管理できる体制が整っているという。現在は、実店舗の在庫情報の統合を推進しており、既に首都圏を中心に導入テストが進んでいる。
顧客データベースや在庫の統合をしたことで、サービスとコミュニケーションの統合も進めて行くことができる。例えばオンラインで見た商品を店舗で取り置いてほしいといった、オンラインとオフライン(実店舗)の枠を超えた顧客のニーズにシームレスに応えることが可能になった。また、自社ECサイトやモール、実店舗ごとにバラバラだった顧客とのコミュニケーションも統合されることで、精度の高いパーソナライゼーションなどの施策も取れるようになるという。
「顧客の購買情報などを活用することで、パーソナライズされた情報を適切に届けることができ、これは結果的に良質な顧客体験につながる。DMP(データマネジメントプラットフォーム)を活用して顧客に最適な情報をメール配信することで、全体の売上に占めるメール経由の売上比率が20%から30%に増えたという実績が出てきている」(村田氏)
三越伊勢丹の特命担当部長である北川竜也氏は、部門横断でIT活用を推進する特設部門を担当しているという。
北川氏は「百貨店業界は2000年には約9兆円あった売上が現在では約6兆円にまで縮小している」と、百貨店業界が置かれる状況を紹介する。しかし、「百貨店は新たなアイデアやプロダクト、サービスを世の中に紹介し、次のクリエーションが生まれる資本の環流を生み出す機能を長年提供してきた。このような機能がなくなってしまうことは日本にとって大変な損失であると考えた」
現在、三越伊勢丹では、3Dプリンタによる縫い目がない服の展示や、テレビ会議システムなどを活用した生産拠点のクラウドソーシングなど、生き残りを懸けて実験的な取り組みを始めている。
マーケティングには、人工知能を搭載したアプリSENSYを活用したレコメンデーションサービスやデジタル試着室、3Dスキャニングなどのテクノロジーを続々導入している。また、前述のABEJAの技術を採用した実店舗の動線の最適化も実験中だ
先端なテクノロジーの導入・活用は、過去に事例がない分、失敗も多い。
例えば伊勢丹のモバイルアプリは現在2つ存在してしまっており、顧客視点で考えれば好ましくない状態だ。しかし、それでも北川氏はトライ&エラーできる風土を推奨する。
「三越伊勢丹は340年以上も続く企業。そこで培ったものに非常に自信を持っているし、そのルール上でやりたいと考えている。しかし、やってみて初めて、どこが悪かったのかが分かる。改善していくことができる。新しいことを実現していくには、トライ&エラーしていくしか方法はない」(北川氏)
テクノロジーによるマーケティングの高度化はさまざまな業界で巻き起こりつつある。顧客情報の整備、非構造化データの分析、基本的な情報基盤の統合など、情報を活用する上で乗り越えなければならない課題はファッション業界に限らず、共通だ。今回のイベントで登壇した2社のユーザー企業の事例を見ても分かる通り、いずれの業界でも、テクノロジー活用に積極的にチャレンジする企業が登場していることがお分かりいただけたかと思う。業界×テクノロジーのトレンドに対して、ITエンジニアが技術力で支援できることは、今後も広がり続けるのではないだろうか。
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