こうした研究開発部門としての戦略技術センターが、いま特に力を入れて取り組んでいるのは、AIの技術をどうエンタープライズシステムに取り入れていくかだ。油谷氏は、2015年11月に新設された「AI技術推進室」の室長も兼務している。
「基本的なコンセプトとして、サイバーフィジカルシステム(Cyber-Physical Systems:以下、CPS)を掲げています。CPSを構成・実現するための要素技術には、機械学習、自然言語処理、IoT、SDI&オーケストレーション、ネットワークロボティクスなどがあり、この5分野で具体的な施策を実施しています」
CPS:制御対象の状態を収集した「デジタルデータ」を蓄積・解析してフィードバックすることで、それまで「経験と勘」でしたか分からなかったさまざまな知見を引き出す仕組みを指す概念(TIS資料より)
例えば「自然言語によるドキュメントの活用」が挙げられる。製造、流通、サービスなど、各業種にはコールセンターでの会話ログ、問い合わせ履歴など、十分に活用されていない自然言語のドキュメントが大量に蓄積されている。これに対し、自然言語処理と機械学習を活用することで、ドキュメントを自動的に分類、分析して顧客向けサービスの開発・改善や、ビジネスプロセスの改善に生かすことが考えられる。
「企業内システムのマスタデータ自動メンテナンスへの活用」も多くの企業から期待されている分野だ。顧客向けサービスや企業内システムにおいて、現在は人手でメンテナンスしているマスタデータがある。このうち「一定のルールに基づいて人が判断しているデータ」については機械学習を用いることで「ルールの実装」「ルールそのものの抽出」を自動化することができるという。
この他にも、活用シーンとしては「AIによる分類・識別の技術を使ったソーシャルメディア上でのマーケティング施策」「大手金融機関のコールセンターにおける質問応答システムや、多言語対応したバーチャルオペレータ」などがある。IoT分野においても、「スマートファクトリー」と呼ばれる設備稼働分析システムを使った、自動監視、故障検知・予測の取り組みが想定されるという。先に挙げた「Pepperと独自アプリケーションによる集客支援」は、こうしたAI技術とネットワークロボティクス、IoTを組み合わせた事例となる。AIについて、油谷氏は次のように語る。
「AIというと、エンタープライズシステムから遠いところにあると思われがちです。しかし、本当に知能のある『強いAI』と、人間の知的活動の一部と同様のことができる『弱いAI』は明確に違います。世間一般では、この認識が曖昧なままAIが論じられる傾向にありますが、ここは重要なポイントです。弱いAIをエンタープライズシステムにいかに有効な形で取り込んでいけるかは、今後、企業が競争力を高め、差別化を図る上で大きなポイントになると考えています」
油谷氏は「中期戦略技術コンセプト」として、「CPS――環境に埋め込まれた情報ソースを用いた知覚/環境内の複数ロボットによる協調行動」と、それを実現する基盤となる「エッジ・クラウド・オーケストレーション――エッジ(デバイスおよびフォグ)とクラウドを結び付け、エンタープライズシステムのインフラとしてインテグレート/オーケストレートを行う」の2つを掲げ、2018年のビジネス企画化をメドに検証に取り組んでいくという。
ただ、このように「先を読み、先に投資する」取り組みを見ると、「体力のある大組織にしかできないこと」と受け止めてしまいがちなことも事実だ。だが油谷氏は、「今SIerに求められていることの本質は、組織の規模を問わず同じであり、また規模や体力を問わず、実現できることでもあります」と指摘する。
「国内企業においては、全てが内製化され、全エンジニアが一般企業に集まるといったことは構造的に考えられません。従って、SIerという業態は今後も不可欠です。だからこそ、『単に求められたシステムを納品して終わり』ではなく、お客さまと共に考え、共に作るスタンスが大切なのです。また、一緒に取り組んで獲得した成果を、お客さまの強み、自社の強みとしてどんどん対外的に情報発信していく。これによって、また新たなお客さまが表れ、自社の取り組みもさらに発展していきます。各種メディアなどで“SIビジネスの危機”とはよく指摘されていますが、まずは自社の強みを振り返ることが大切ではないでしょうか。その強みを生かしながら、お客さまと共に作るスタンスで取り組む。これによって、SIビジネスに大きな可能性が開けてくると思います」
クラウドの浸透などを背景に、「SIビジネスが崩壊する」と言われて久しい。だが顕在化しない“崩壊”に、かえって有効な手立てを打てず不安だけを募らせているSIerも少なくないようだ。そこで本特集ではSIビジネスの地殻変動を直視し、有効なアクションに変えたSIerにインタビュー。SI本来の在り方と行く末を占う。
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