2016年5月24、25日に開催されたde:code 2016で、多くの参加者の印象に残ったであろう『黒船襲来! 世界DevOpsトップ企業×マイクロソフトによるトークバトルセッション』。そのポイントを、今あらためて振り返る。
日本においてはまだ、ウオーターフォールに代表される従来型の開発スタイルが主流となっている。これには日本企業やIT部門の慣習、ビジネス部門とIT部門、IT部門とSIerとの関係性など、さまざまな背景と必然的な理由がある。しかし、「全ての企業はソフトウェア企業になる」と各方面で指摘されているように、ソフトウェアがビジネスの成果に直結するケースが増え、開発・改善の「スピード」が差別化の要件とされている今、もはやウオーターフォールだけで戦うことは難しくなっているのが現実だ。
だが、いよいよDevOpsの「黒船」が来航した今、日本も夜明けは近い――2016年5月24、25日に開催されたde:code 2016において、日本企業の開発をめぐる状況をこのように幕末期になぞらえ、DevOpsの本質やそのメリットを議論した『黒船襲来! 世界DevOpsトップ企業×マイクロソフトによるトークバトルセッション』。多数のセッションの中でも、このセッションに強い印象を受けた参加者の方は多かったのではないだろうか。
別記事で紹介した基調講演からも伝わってくる通り、マイクロソフトとオープンソースソフトウェアやコミュニティとの関係は大きく変わりつつあるようだ。このスペシャルセッションもその変化を象徴するかのような内容で、会場にもこれまでLinuxやJava、Rubyなどのカンファレンスでしか見かけなかったような顔があった。
パネルに登場したのは、DevOpsの潮流をコミュニティと共に推進してきたChefのパートナーエンジニアリング担当バイスプレジデント、ジェームズ・ケーシー氏、Mesosphereのアーロン・ウィリアムズ氏、HashiCorp創業者のミッチェル・ハシモト氏といった面々だ。
これに、マイクロソフトのパートナーPMマネージャー、サム・グッゲンハイマー氏と、シニア テクニカル エバンジェリストとして日本のDevOpsを引っ張る牛尾剛氏が加わり、クリエーションラインの執行役員、鈴木逸平氏の司会によって進められた。イベント当日からしばらく時間がたち、参加者らが当日インプットした情報も整理されたであろうこのタイミングで、あらためてこの“トークバトルセッション”のポイントを振り返ってみたい。
セッションはパネリストそれぞれが自己紹介を兼ねて、「DevOpsをどのように捉えているか」を語ることから始まった。
「DC/OS」を提供しているMesosphereのウィリアムズ氏は、「DevOpsは、ITとビジネスバリューを結び付け、企業の競争上の武器を提供するものだ」と定義し、それをより効率的に、効果的に実現していくことがDC/OS提供の目的の1つだと述べた。
Chefのケーシー氏は、「Chefはグーグルやフェイスブックといったイノベーターと共にDevOpsを歩んできた」とした上で、「DevOpsは、ビジネスを加速させ、より迅速に、しかも安全に展開できるようにする。それには、クラウドと自動化、そして文化という3つの要素が必要だ。アプリケーションと同じようにインフラもコードとして扱えるようにすることで、コンプライアンスもコードとして扱えるようになる」と語った。
ハシモト氏も、「DevOpsはアプリケーションデリバリプロセスをより迅速に、効果的に、そして安全なものにできる」と指摘。「それを実現するために、VagrantやPacker、Terraformといったツールを提供している」と語った。
「インフラをソフトウェアとして扱えるようにし、その上にスケジュールやセキュリティといった要素を追加する。これによって蛇口をひねれば水が出るのと同じように、スケールするインフラを提供していきたい」(ハシモト氏)
これに対し、日本での状況はどうだろうか? 牛尾氏によると、アジャイル開発の導入率は、ワールドワイドでは95%であるのに対し日本は31%にとどまっているという。
「日本はまるで鎖国しているような状態で、少なくない企業がメインフレームの時代と同じようなスタイルにとどまっている。例えるならば、ちょんまげがウオーターフォール型開発、刀はExcel文化だ。DevOpsを採用し、マイクロサービスをギークカルチャーで推進する米国とは非常に大きな違いだ」
同氏はこのように述べた上で、「だが、当時も坂本龍馬のように変化を引き起こそうとした人物はいた。同じように、今、楽天やKDDI、NECソリューションのように、SIerやエンタープライズのカルチャーからDevOpsへの変化を進めている企業もある。幕末の人々が黒船を見て『あれには勝てない』と感じ、新たな技術や文化を学んで成長したのと同じように、日本のIT業界も今この瞬間、変わりつつある。その黒船が今、皆さんの前に並んでいるこの4人です」と力説した。
続けて話題は、「DevOpsの本質はどこにあり、それを推進するために必要な要素は何か」に移った。
まずグッゲンハイマー氏が会場に向けて「スクラム開発を実践している人は?」と問い掛けたところ、上がった手はぽつりぽつりといった程度。同氏によるとDevOpsで重要なのは、スクラム開発でタスクを展開しつつ、設定した目標がどの程度達成できたのかを計測することだ。
「スプリントで定めた目標に対して前進しているのか、それとも後退しており軌道修正が必要なのかを知ること。つまり継続的フィードバックを得ることがポイントだと考えている」(グッゲンハイマー氏)
ケーシー氏は、「ツールや技術といった事柄よりも、まず第一に企業の変革、組織の変革が重要だ。ITを『コストセンター』から『ビジネスバリューを提供するもの』と捉え、ソフトウェア駆動型の企業へと変わっていくことが第一だ」と述べた。
ウィリアムズ氏もこの意見に同意。「DevOpsはテクノロジを導入して終わりではない。組織文化やプロセスの変革こそが必要だ。テクノロジは、使いやすいインタフェースなどを通じて変革を手助けしてくれるが、大事なのは組織自体が変化することだ」と強調した。
ただ、ケーシー氏とウィリアムズ氏は、「ひと口に組織を変革するといっても非常に困難であり、時には混乱ももたらす。パートナーやコミュニティによる適切な手助けも必要だろう」(ケーシー氏)、「会社として、企業としての取り組みだけではなく、個々人がイベントなどの機会を活用してオープンなコミュニティとつながり、参加することも重要」(ウィリアムズ氏)と付け加えた。
こうした組織変革の例として、グッゲンハイマー氏が挙げたのが、小売業の米Targetのケースだ。同社は2013年に顧客のクレジットカード情報の漏えい事件を引き起こし、CEOなど経営層が辞任する事態に陥った。古典的でスタティックなインフラ上でウオーターフォール型で運用していたシステムが、高度な技術を持つハッカーによって侵入された結果、大きな被害につながったという。そこでTargetは、問題を迅速に修正し、より安全・安心なシステムを構築する手段としてDevOpsを採用した。
「Targetでは、組織の壁を壊して『DevOps Dojo(道場)』を開いた。そこにいくつかのプロジェクトを持ち込んでDevOpsを実践し、結果をそれぞれの現場に持ち帰り、DevOpsの文化をTarget全社に広げようとしている」(グッゲンハイマー氏)
グッゲンハイマー氏は、「この『DevOps Dojo』もそうだが、実はDevOpsの世界には、『カイゼン』や『カンバン』のように、日本語から取り入れられた言葉がたくさんある」ことも紹介。
参考リンク:米国でDevOpsが浸透している「本当の理由」(@IT)
「トヨタをはじめとする日本の製造業には、リーンマニュファクチャリング(リーン生産方式)の文化がある。より早く、より安全にものを生産するにはどうすべきかを考えるすばらしい方法だ。そう考えると、DevOpsの基本的な精神は日本にもある。DevOpsはその日本のものづくりにおける成功体験をITの世界に持ってこようとするものとも表現できる。とても日本的だ」(ハシモト氏)
参考リンク:「アジャイル開発」と「リーン」の関係(@IT)
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