まず、クラウド化に向いている業務(システム)とはどのようなものでしょうか。主に非機能要件側面から以下のような観点が挙げられます。
このようなシステムがあれば、すぐにでもクラウド化を検討した方がいいでしょう。
では、一般的に基幹業務はどのような特徴を持っているでしょうか。上記に対比した形で列挙すると、下記のようになり、基幹業務はクラウド化には向いていないように思われます。
実際、このような特徴から「オンプレミスのまま運用した方がいい」と判断されるユーザーも少なくはないでしょう。これら非機能要件の厳しさが基幹業務のクラウド化における大きな課題の1つといえます。
ではなぜ、昨今基幹業務のクラウド化(検討も含む)が増加傾向にあるのでしょうか。
その大きな要因として、図4にあるようにIaaS提供方式のバリエーションの増加が考えられます。
当初、クラウドベンダーのサービス提供形態は、図4-【1】のマルチテナント方式のサービスしか選択肢がありませんでした。マルチテナント方式とは、1つのハードウェア筐体の中で、仮想化された区画を複数立ち上げ、ユーザーにその仮想区画を提供する形態です。この形態の利点は、規模の経済が働きやすく、ユーザーに安価でコンピュートリソースを提供できる点にあります。またストレージに関しても、同様に仮想化された領域がネットワークデバイスのイメージでユーザーに提供されます。
このようなマルチテナントの環境では、基幹業務での利用を前提に考えると、以下のようなリスクが考えられます。
先に述べたクラウド化に向いているとして列挙した観点は、このマルチテナント方式での提供形態が前提として働いています。
現在では、マルチテナント方式に加えて、ユーザー占有方式のIaaSサービスが登場しています。これらには、図4-【2】や【3】の方式があります。どちらもサーバ筐体単位でユーザー占有の環境を提供するサービスとなり、パフォーマンスを正確に予測できるメリットがあります。このことにより、前述した【リスク3】の性能面でのリスクはほぼ払拭されます。
残り2つの【リスク1】【リスク2】に関しては、どうでしょうか、図4-【2】の方式では、【リスク1】【リスク2】はほとんど変わりません。しかし、図4-【3】のベアメタル方式では、以下の観点から、【リスク1】【リスク2】が緩和・低減されることが見込めます。
これらの観点から、近年、ユーザー占有方式のIaaSサービスを活用することにより基幹業務のクラウド化へのハードルが低くなっていると考えられます。
また、基幹業務に関しては、非機能側面でのクラウド化のハードルとは別の視点として、レガシーシステムという側面もあり、以下のような課題を抱えていることも多く見受けられます(図5)。
これらの課題は一朝一夕で解決できるものではないですが、基幹業務のクラウド化を検討する場合は、これらの課題も同時に考えていく必要があります。これらレガシーシステムの課題への対応に関しては、連載第4回で取り上げます。
前述したクラウド化後に問題が生じるリスクの1つに運用管理が挙げられます。これは、特にSaaSやPaaSを利用する場合に観点として見落とされがちな項目であり、クラウド化の課題の1つと考えられます。
基幹業務では特に重要となりますが、安定稼働を実現するためには、運用関連の機能(監視、問題管理、障害対応、バックアップ、リリース管理など)を確実に機能させる必要があります。
また、既存の運用機能との一体化を図るのか、オンプレミス環境とクラウド環境で別管理とするのか。ユーザーとしては選択が必要になります。一体化する場合は、既存の運用機能に統合するために追加でツールの導入や開発が必要になります。別管理にした場合も、ユーザーは、クラウド側の運用に関するスキルを習得することが必要となり、運用コストは上昇する傾向にあります。
これらのコスト上昇を低減するソリューションとして近年、クラウドベンダーやSI業者が「マネージドサービス」と呼ばれる管理サービスを提供しています。これらマネージドサービスの話題に関しては、連載第3回で詳しく取り上げます。
では、全ての業務をクラウド化することは可能でしょうか。実際に実現されている企業や、取り組まれている企業の事例がありますので、不可能ではありません。
しかし、銀行や社会インフラを支えている企業の基幹業務などは、求める非機能要件のレベルは最高と考えられます。また、セキュリティの観点でも秘匿すべき情報(企業・個人)も最高レベルのものと考えられます。これらに加えて、ビジネス戦略上自社内で運用すべきと考える業務も存在するでしょう。
可用性や耐障害性、セキュリティ対策など、クラウド上でもアーキテクチャを工夫することにより、レベルを高めていくことは可能ですが、上記のような、企業内での規定や、戦略的、心理的な要因から企業内で運用すべき業務は残ると考える方が現実的と考えます。
ここまでの考察から、企業のIT環境の現実解は、どのような形態が最適と考えられるでしょうか。
プライベートクラウド、パブリッククラウド、これらを組み合わせたハイブリッドクラウドとありますが、クラウド化されない業務も現実解としては残ると考えられます。このような環境を「ハイブリッドIT」と呼びます。ガートナーが下記のように定義しました(出典:ガートナー、2014年10月「ハイブリッド・クラウドとハイブリッドIT:次なる未開拓領域」)。
クラウド・コンピューティングと従来型のコンピューティングの両方のスタイルを使って、全てのITサービス(IT部門と社外プロバイダーが提供するサービスを含む)を提供する、信頼の置けるブローカー/プロバイダー
ガートナーの定義では、最後にブローカー、プロバイダーという言葉が付いていますが、IT環境の形態の定義として解釈し、この「ハイブリッドIT」環境が、現在の企業におけるIT環境の最適解であると考えます。
今回は基盤視点を中心に考察してきましたが、クラウド化を検討する場合、基盤視点に加えアプリーション視点での分析も同時に行い、戦略的にクラウド化を計画・実施することが重要となります。
次回の連載では、「クラウドマイグレーション&モダナイゼーション」をテーマに、アプリケーション視点の分析も加味したクラウド化検討の手法や、重要となる観点、それらを実現する「ハイブッドIT」アーキテクチャについて考えていきます。
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