基幹系もいよいよクラウドの時代へ――日本企業のIT環境としての最適解は、どのような形態か基幹業務のSoRはどこまでクラウド化できるのか(1)(1/2 ページ)

「基幹業務をはじめとする既存アプリケーションを、どのような観点でクラウドプラットフォームへ移行すべきか」を探る連載。初回は、昨今のクラウドトレンドを踏まえた上で、基盤視点(非機能側面)を中心に「企業のIT環境における最適解は、どのような形態か」を考察する。

» 2017年04月24日 05時00分 公開
[渡海浩一, 徳山衛日本アイ・ビー・エム株式会社]

クラウド時代の企業のIT環境としては、どのようなアーキテクチャが最適となるのか

 今般、新規事業やビジネスを開始する際に、ビジネス実現のスピード、柔軟性・機敏性、コスト最適化、最新テクノロジーの取り込みなどの利点から、クラウドプラットフォームを前提としたクラウドファーストを掲げる企業が増えています。これら新規業務(アプリケーション)開発にはアジャイル、DevOps、マイクロサービス、API、さらにはAIといった、クラウドプラットフォームと親和性の高い手法やテクノロジーの利用が適しており、代表的な業務として、「SoE(Systems of Engagement)」と呼ばれるユーザーや取引先との「絆」を深めるアプリケーション開発のプラットフォーム・手法としての活用事例が多く見られます。

 一方で、SoR(Systems of Record:「記録」するためのシステム)の典型である基幹業務や、SoEアプリケーションでも過去にオンプレミス環境で開発されたアプリケーションやデータは、いまだオンプレミス環境で稼働するものが多く残されています。

 「クラウドファースト」を掲げる企業にとっては、「これら既存アプリケーションをクラウドプラットフォームへ移行するのか、またはオンプレミスで運用した方がいいのか」を見極めることが、大きな課題の1つとなっています。

 企業にとっての基幹業務をクラウド化する動機としては、基幹業務で利用している基盤の資源や運用コストが他に比べ高額であることから、「TCOの削減」という観点が強いです。一方で、クラウド化するメリットとしては、基盤だけに限定されるものではなく、新たなビジネス実現や新たなアプリケーション実装に伴う価値もあります。それも含めて移行について考えることが重要となります。

 本連載では、下記のように4回の連載を通じて、「基幹業務をはじめとする既存アプリケーションを、どのような観点でクラウドプラットフォームへ移行すべきか」「クラウド時代の企業のIT環境としては、どのようなアーキテクチャが最適となるのか」について探っていきます。

  • 第1回 基幹系もいよいよクラウドの時代へ(今回)
  • 第2回 クラウドマイグレーション&モダナイゼーション
  • 第3回 クラウドに求められるシステム運用・保守サービス
  • 第4回 レガシーマイグレーション

アプリケーション視点でのクラウド化検討

 第1回では、基本的な事柄を整理する目的も兼ねて、昨今のクラウドトレンドを踏まえた上で、これまでの議論と同様に、基盤視点(非機能側面)を中心に「企業のIT環境における最適解は、どのような形態か」を考察します。

 基幹業務に限らず、既存業務のクラウド化プロジェクトの現場では、「インフラの切り替え」という認識が強く働く傾向があり、可用性や性能など基盤的な非機能側面の分析を主軸にした「基盤重視」のアプローチになりがちです。このアプローチは、クラウド化後に下記のような問題を生じるリスクが存在します(参考資料:IDCレポート「2016年パブリッククラウドサービスとオンプレミスITインフラの連携利用:IT部門トップが抱える課題」)。

  • オンプレミスとクラウド間のデータ連携の検討不足
  • アプリケーション連携におけるレイテンシの考慮不足
  • 運用管理の効率化観点での検討漏れ

 これらのリスクを払拭するには、クラウド化計画段階で、基盤視点でのアプローチに加え、「アプリケーション視点での分析」も同時に行うことが重要となります。

 具体的には、企業内の業務全体をアプリケーションポートフォリオとして可視化し、下記の項目を評価、決定します。

  • アプリケーション間の結合度評価(データ連携規模やデータベース共有の有無など)
  • クラウド化への親和性評価(OSやミドルウェアの調査とクラウド化難易度評価)
  • アプリケーション自体の複雑度、規模を考慮し、「アプリケーションがどの稼働環境(IaaS/PaaS/SaaSもしくはオンプレ)に向いているか」の評価

 その上で、稼働環境間を跨ってもアプリケーションが滞りなく稼働するIT全体のTo-Beアーキテクチャを策定します。

 加えて、それぞれのアプリケーションに対して、「クラウド化に掛かるコスト」と、「クラウド化で得られる効果」を試算し、「ROIがどの程度見込めるか」というビジネス視点も入れた「トップダウン」のアプローチで臨むことも重要となります。上述したようなアプリケーション視点を取り入れたクラウド化アプローチに関しては、第2回で詳しく取り上げます。

クラウド化のトレンドと動向

クラウド化のトレンド

 日本におけるクラウド利用は図1に示す通り、年々増加してきており、「利用する予定がある」という回答も含めると、約6割の企業が何らかのクラウドサービスの利用を実施、予定しています。

図1 クラウドサービスの利用状況(企業) 出典:総務省 平成27年通信利用動向調査

 図2で、クラウド利用の内訳を見てみると電子メールやファイル共有に代表されるグループウェアの利用が目立ちますが、「給与、財務会計、人事」「営業支援」「生産管理、物流管理、店舗管理」といった基幹業務での利用も着実に伸びてきています。これらの基幹業務では、SaaS利用によるクラウド化が中心になっていると思われます。企業形態にあまり依存しない、バックオフィス系の業務を中心に近年SaaSの機能・サービスが充実傾向にあり、採用する企業が増加してきていると考えられます。

図2 利用したクラウドサービス内容(複数回答可) 出典:総務省 平成27年通信利用動向調査

 これらの傾向の中で昨今注目すべきは、図3から分かるように売上高1兆円を超える大企業によるクラウド利用がクラウド市場全体をけん引していることです。図3中の項目「プライベートクラウドの構築」をはじめ、「既存システムのIaaSやPaaSへの移設(マイグレーション)」「新規システムのIaaSやPaaSへの展開」「SaaSの活用」の全てのカテゴリーにおいて、大企業によるクラウド利用の割合が非常に高いことが見て取れます。

 一般的に、クラウドを利用しない理由として、下記などが挙がっています(出典:総務省 平成26年 通信利用動向調査)。

  • 情報漏えいなどセキュリティに不安がある
  • メリットが分からないから判断できない

 一方で、クラウドサービスの導入理由として上位に挙がった下記のような要素の方がより企業(大企業では特に)にとって重要性を増してきています(出典:総務省 平成26年 通信利用動向調査)。

  • 資産、保守体制を社内で持たなくていい
  • 既存システムよりもコストメリットがある
  • どこでもサービスを利用できる

 また、クラウドベンダー側におけるセキュリティ面のサービスや、各種セキュリティ基準への対応(J-SOX(財務報告に関する内部統制)やISO 27001、27017、27018など)の充実もその側面として挙げられます。

SaaS化が期待できない基幹業務

 基幹業務でのクラウド利用が伸びている要因として、バックオフィス業務のSaaS利用が着実に伸びてきていることを挙げましたが、SaaS活用が難しい基幹業務のクラウド利用についてはどのようになっているのでしょうか。

 ほとんどの企業では基幹業務は企業内で既に構築済みですから、基幹業務のクラウド利用を考えた場合、SaaSの活用が困難であれば、図3の「クラウド(IaaS、PaaS)への移設」という手段を検討することになります。

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