次に白瀬は「与信枠登録画面」を開いて、箱根銀行と取り引きのある「宮ノ下観光バス」を検索し、正常に画面が開くことを確認した後、融資限度枠を設定してみた。結果は正常終了し、白瀬の入れた「1000万円」という数字と、既に貸し出している「400万円」を引いた「600万円」が枠残として正しく表示された。
白瀬は小さくうなずき、今度は会社名の項目に「アフロディテ化粧品」と入れてみた。アフロディテは箱根の取引先ではない。
すると画面に異変が起きた。入力を終えてEnterキーを押した途端、画面には訳の分らない文字が大量に表示され、それきり動かなくなった。
「これは?」
白瀬は赤倉に尋ねた。
「ああ、バグね。間違った検索をするとこうなっちゃうみたい。こういうエラーが他にもいっぱいあるわ。正しいことをやっている限りは動いているけれど、ちょっと文字を間違えたり、おかしな数字を入れると、すぐにこうなっちゃうの」
白瀬が画面を立ち上げ直して、数字項目に英字を入れたり金額欄にマイナスの数値を入れたりしてみたら、確かに同じような異常画面が表示された。実際の業務でこんな画面が出たら、オペレーターはさぞ混乱することだろう。
「要するに、ちゃんと動くのはユーザーが正しい操作を行ったとき、つまり『正常系』だけですか。これは、まだまだ時間がかかりそうですね」
白瀬は顔をしかめた。
「そうね。これじゃあ入力をちょっと間違えたり、通信上のエラーが発生したりするたびに立ち上げ直しになるし、そのタイミングで中のデータも壊れるかもしれないわ」
赤倉が首を傾げた。
「コンピュータのプログラムは、実は8割が、ユーザーがおかしな操作をしたり不意のエラーが発生したりしたときのための、いわゆる異常系に対応するための記述だと言われてますから、こいつの出来栄えはまだ2割ってとこですかね……」
「確かにねえ」
白瀬の言葉に赤倉も同調した。
「しかし、どうしてこんな、正常系ばかり作り込んだんでしょうか。普通は、正常も異常も含めて1本のプログラムを完成させてから、次に行くもんじゃないんですか?」
「よく分からないわ。その辺はベンダーに任せていたから」
白瀬は、違和感を胸に残したまま赤倉に礼を言い、箱根銀行を後にした。
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